第26話 26 戦争が、始まった

 その第三分隊の二人も同じように武装を解除して木に縛り付け、迫撃砲の撃針を取り去って先を急いだ。

 脚は自然に小走り気味になる。

 一時間も行くとそこはもう暗い夜空を焦がすほどに赤々と燃え上がっていた。

 レオン少尉の攻撃によって防塁が崩され、防護柵が燃え上がり焼け落ちようとしている第四軍団の宿営地。攻撃による死傷者はどれほどになったのだろう。

「ここから先は向こうも演習名目じゃない! 相手は本気で撃ってくる『反乱部隊』だからね。みんな、気を引き締めてね!」

 リーズルもアランも真剣な面持ちで黙諾した。

 第三の兵はあと一人いるはずだったが、本隊の攻撃が始まったら別命あるまで待てとでも言われ、その辺の森の奥に潜んででもいるのだろうが、もうどうでもいい。本隊の攻撃が始まった以上、追っても意味がない。だから黙殺した。先を急いだ。

 ポンテ中佐の命令に従えば、南の哨戒線に向かっているはずのレオン少尉の本隊を捜索すべく、ヤヨイもまた森の中に入り、アランを先頭に周囲に警戒しつつ南に向かうべきだ。

 背後で信号弾が上がった。遊撃部隊の合図だ。

「遊撃部隊の連中、第五宿営地を抑えたようだ」

 と、中尉が言った。

「たぶん、宿営地に足場を置いてそこを軸にしてこの軍用道路沿いに南に向かって翼を広げて来ると思う。第四軍団も包囲網を形成する一翼を作るだろうね。なにしろ雪辱戦だから、気合が入ってるだろうね。たった一個小隊に宿営地を全滅させられたなんて、司令官のメンツ丸潰れだからね。まさかあそこまでやるとは、思ってなかっただろうからねえ・・・。

 もし、我々の想定通りなら、西から来る遊撃部隊の翼と第四の線と南の大隊司令部前の前哨線との三角形の中にレオンたちを囲い込めるはずだね」

 中尉が意味ありげな言い方をしたのが気になった。

「想定通りなら、・・・ですか」

「こりゃあ、事実上戦争だからねえ・・・。戦争では想定通りに行かないこともあるし、むしろその方が多いんじゃないかなあ。しかも相手はあの、歴戦のレオン少尉だからねえ・・・」

 深刻な状況にまるで似合わない、気の抜けたような軽いボヤキに聞こえた。

「すると中尉は彼女が想定通りではない、なにか別の、違う手を使ってくるというんですか。どんな手を使ってくるか、中尉にはわかるのですか?」

「いや。まったくわからない。だけど、いくさ上手の彼女が一個小隊に満たない兵力で、みすみす包囲されるとわかってる輪の中にのこのこ入ってくるとは、とうてい思えないんだがねえ・・・。

 すでに第四軍団の宿営地攻撃は終了した。きみの調査報告を上回る規模でねえ。これで彼らは第一の目的は達したと考えるんじゃないかなあ・・・」

 リヨン中尉は顎を摘んで、呟いた。

 言われてみればその通りだった。

 あの楽師に扮したウリル少将が便乗して来た補給部隊。一小隊には多すぎるほどの弾薬の、ほぼ全量を使用したのではないかと思われるほどの破壊力。第四軍団の宿営地の上は文字通りの火の海に見えたからだ。

「もし、ぼくが彼女なら、南には拘らない。拘って、彼女の最終目的であるリンデマンとの合流を危うくしたくないよねえ・・・。もしかすると、すでに次の行動に移っているかも、知れないねえ・・・」

「どうしてそう思うんですか」

「いやあ、なんとなく。カン、かな。むしろ、キミのほうが彼女をよく知ってるんじゃないのか? レオン少尉なら、どうするか」

 リヨン中尉は笑って頭を掻いた。

 ヤヨイはウリル少将や13軍団の参謀やポンテ中佐らに自分が見聞きしたすべてを報告した。彼女の当初の仕事はその時点で終わっている。今回の討伐作戦はヤヨイがもたらした情報をもとにしてはいるが、作戦立案と配置を決めたのは討伐司令部であり、レオン少尉に対する作戦は全て大隊司令であるポンテ中佐の幕僚が考え中佐が裁可して実施されている。だからもちろん、ヤヨイの責任ではないし、ヤヨイが思い悩む必要はない。

 だが、何かが腑に落ちない。


 ヤヨイは出来る限り少尉の言葉を思い出そうとした。その中に、このモヤモヤする思いへの回答があるのではないかと思ったのだ。

 初めてパトロールに出た時、ハンスが国境沿いで歌を歌った。そんなことをして敵を怒らせないだろうかと心配したヤヨイに、レオン少尉は、

「そうなったら渡河した敵を背水の陣に追い込んで包囲殲滅戦に持ち込めばよい」と言った。

 また、カンター中尉と会った陣営地から第四宿営地へ向かう時も、

「包囲された場合に備えて森の木を伐採するように」と指示していた。

 彼女は常に包囲された場合のことを想定していた。

 ならば、今も包囲されることを前提にして行動しているはず。

 仮に包囲されても、目的を達成する算段が、彼女にはあるのだろう。そうとしか考えられない。

「出来るだけ多くの部隊を連れて来い」と彼女は言った。

 デモンストレーションなら、リヨン中尉の言うように、もう十分すぎるほど達成できている。第十三軍団だけでなく、隣の第四軍団まで巻き込んで、たった一個小隊を包囲するのに大隊400と複数の中隊、第三十八連隊が総力を挙げて、総計1000近い兵が動員され、しかもこれから第四軍団の兵力までがそれに加わろうとしている。双方とも火器を持つが、鎮圧側は重火器の規模と量が桁外れ。長射程の大口径榴弾砲まで持ち出している・・・。

 ひとつだけ確かなことがある。

 レオン少尉は、西に向かおうとしている。

 だが、それらの包囲を全て蹴散らして、たった一個小隊のレオン少尉がリンデマンと合流するなどということが本当に可能なのだろうか。

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