第28話

 俺たちは、いつもどおりダンジョン内を進んでいく。


 戦力としては、変わっていないはずだった。


 ルーニャが加わったものの、彼女は戦闘に参加しない。荷物を持って、敵のアイテムを回収する。それは戦力に関わらない。



 だが、荷物を持ってもらっていることによる身の軽さ、アイテムを回収しても身体が重くならないのは随分と快適だった。


 これは、荷物持ちがパーティに必須と言えるのも頷ける。


 


「あとは、治癒術師がいれば完璧なんだけどね……」



 しばらく三人で危なげなくダンジョンを進んでいたが、俺が敵の攻撃を喰らってしまい、右腕を負傷してしまった。


 ルーニャはおろおろとしていたが、リアが慣れた様子で治癒魔法をかけてくれている。


 


「リアが回復魔法を使えて、俺はすごく助かってるけど」


「これは使える、って言えるほどのものじゃなくてさぁ……。まぁいいけど……。とにかく、わたしには大きなケガは治せないし、速度も遅い。早いところ、治癒術師を入れることが、一番の目的ね」



 それは同意見だ。


 リアの回復魔法は頼りになるものの、実際の治癒術師の回復速度はおそろしく速い。そして、どんな大ケガでもすっかり治してしまうのだ。


 もし、このパーティでさらに奥に進み、俺が大きな負傷をしたら、死の危険性がぐっと高まってしまう。


 荷物持ちが入ってくれたので、あとは治癒術師さえいれば長期間探索も難しくはないだろう。



「ご飯、できましたよ」



 俺がリアに魔法を掛けてもらっている間、ルーニャが簡単な食事の用意をしてくれていた。


 それをありがたく頂きながら、この日はここで寝泊まりすることに決まった。



「随分と、奥まで来たな……」



 俺はパンにかじりつきながら、ぼんやりと言う。


 ダンジョン内は案外と静かだった。


 魔物が急に現れても対応できるよう、見通しのいい場所で食事をしているので、気は休まらない。が、それでも食事は心をほっとさせた。



「案外、ほかのパーティとは会わないもんだね」


「そうね。ダンジョンも広いし。入り口付近はそれなりに会う頻度も多いけど」



 リアはスープをすすりながら、こちらもぼんやりとした様子で答えた。


 女神アリスがパタパタと上空に浮かび、遠くを見据えているようだが、『ほかの冒険者はいませんねえ』と告げる。


 ルーニャが「おかわりいかがですか?」と尋ね、リアが「お願い」と答えながら、こちらを見た。



「ここはもう、第一階層のかなり奥。明日には第二階層に辿り着けるでしょう。第二階層からは景色が変わる。出現する魔物も変化する。わたしたちは第一階層で苦戦することはなくなったけれど、油断はできない。覚えておいて」


「う、うん」



 頷く。


 俺がここまで戦えているのは、リアが先陣を切ってくれること、そして知っている魔物だから、というのが大きい。


〝観察眼〟で観た弱点は変化することなく、クラフトの力にも慣れてきて、俺も何とか戦えている。


 しかし、明日からはそういった情報が意味をなさなくなるのだ。緊張しないほうがおかしい。



 そのまま身体が固くなりそうだったので、ルーニャのほうを見た。



「でも、ここまでスムーズに来られたのはルーニャがいてくれたおかげだ。助かったよ、ありがとう」


「い、いえ、そんな……」


「謙遜しなくていいわよ。本当に助かってるんだから。荷物持ちがいるのもありがたいけど、あなたが荷物持ちっていうのもとても助かる……。もし魔物に襲われても、何もできないってことはないでしょうし……」



 遠い目をするリア。


 どうも荷物持ちというのは戦えない人間がやるものらしいのだが、言うまでもなく魔物はこちらの事情を慮ってはくれない。


 もしかしたら、ダンジョンの奥でうっかり荷物持ちがやられてしまう可能性も大いにあるわけだ。


 なので、荷物持ちが狙われた場合は泡を食って守らなければならないのだが、人によっては命を狙われることをパーティメンバーのせいにすることもあるようで、「荷物持ちのくせに偉そうにすんな」「お前らが俺を守るまでは役目だろ」と関係が悪くなることもあるようで……。



 そういう意味では、ルーニャは戦うことはできないものの、その力のおかげで魔物に一方的にやられることはない。自己防衛もしてくれるというわけだ。 


 案外、本当にいいパーティかもしれない。



『クラフト師いる? と思いはしましたけど、口に出さない良心はわたしにもあります』


「聞こえてるし言ってるんですよ、アリス様」



 俺は小声でそう窘めながら、残りのスープをすすった。


 その日は、ここで寝泊まりすることになった。


 


 ひとりは見張りにつかなくてはならないので、この日は俺が起きている。


 リアは鎧を外して、身軽になった状態で敷いた布の上で眠っていた。上に掛けた毛布が、呼吸とともに上下している。


 ルーニャも重い荷物を置き、リアのそばで横になっている。さすがに眠っているときは帽子を外していたが、彼女は幸せそうな寝息を立てていた。


 なんだか、仲のいい姉妹のようだ。


 ここがダンジョン内とは思えない和んだ空気に、ふっと笑みがこぼれる。



 目の前に顔を向けると、暗いダンジョンが続いている。


 だれもいないせいで、眠気がやってきて、くわっとあくびを噛み殺した。



『眠そうですねぇ、クウさん』


「まあ。でも、アリス様がいるおかげでだいぶ気が紛れてありがたいですよ。アリス様は寝なくても平気なんですか?」


『いえ。適当に眠くなったら寝ます』


「大学生みたいな返事……。俺に気を遣って起きてくれるわけじゃないんですね……」



 肩を落としてしまう。


 女神の存在がありがたいのは事実だが、あまりにも俗っぽい答えが返ってきたときにはどうにも脱力する。


 ただ、伝えたいこともあった。



「アリス様」


『なんでしょう?』


「俺、この世界に来てよかったです。ありがとうございます。転生させてくれて」


『……そういうお礼は、ラスボス前か、死ぬ間際に言うものですよ』


「やめてください。縁起でもない。それに、ラスボス前だったら随分先のことになっちゃうでしょ」


『女神としては、そう遠くない未来にしてほしいですけどねえ』



 そんなゆるい会話をいくつか繰り返してきたところだった。


 魔物が襲ってくる気配もなく、とても平和な時間が続いていたのだが――。


 突然、ドン! と凄まじい音と振動がダンジョン内を襲った。



「な、なになになに、敵襲ッ!?」



 さすがなのはリアで、彼女は飛び起きてすぐさま剣を握っていた。


 

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ハズレ職業のクラフト師、最強の仲間たちとダンジョン探索する! 西織 @tofu000

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