第6章:光明
季節は移り、穏やかな春の日差しが図書館の窓から差し込んでいた。
「琉花、そこの本を取ってくれる?」
美憂の声に、琉花はにっこりと笑顔を見せた。
「はい、美憂さん」
琉花は周りを確認し、こっそりと能力を使って高い棚の本を取り出した。
「ありがとう。相変わらず器用ね」
美憂は愛嬌のある目配せをしながら琉花に笑いかけた。二人の間には、秘密を共有する者同士の絆が感じられた。
琉花が美憂の養女となってから、半年が過ぎていた。最初は戸惑いもあったが、今では立派な図書館スタッフとして働いている。
「ねえ、美憂さん」
「なに?」
「私、この前のことを考えてたの」
琉花は少し照れくさそうに言った。
「どういうこと?」
「私の力のこと。美憂さんが言ってくれたように、人を助けるために使いたいって」
琉花の瞳には決意が宿っていた。美憂は優しく微笑んだ。
「そう。それはとても素晴らしい考えよ。どんなことを考えているの?」
琉花は少し考え込むように目を伏せた後、ゆっくりと話し始めた。
「例えば、災害が起きたときに、がれきの下敷きになった人を助けたり、高いところから降りられなくなった人を安全に地上に降ろしたり……」
美憂は琉花の言葉に、胸が熱くなるのを感じた。かつて孤独と苦しみの中で力を持て余していた少女が、今は人々を助けることを真剣に考えている。その成長に、美憂は深い感動を覚えた。
「琉花ちゃん、それはとても素晴らしいわ。でも、あなたの力を使うときは十分注意しないといけないわね」
「はい、分かってます。誰にも気づかれないように、そっと……ね」
琉花は小さくウインクした。その仕草に、美憂は思わず笑みがこぼれた。
「そうそう。それと、もし何か困ったことがあったら、必ず私に相談してね」
「はい、約束します」
二人は親子のように寄り添い、図書館の窓から差し込む陽光を浴びていた。
その後、琉花の能力は図書館の中で密かに、しかし確実に人々を助けていった。高齢者が重い本を持ち上げようとしているのを見かけると、そっと本を軽くしてあげたり、子供が手の届かない高い棚の本を欲しがっているときには、こっそりとその本を子供の手の届く位置まで移動させたり。
そんな些細な「奇跡」が図書館で起こるたびに、来館者たちは不思議そうな顔をしながらも、どこか幸せそうな表情を浮かべていた。
ある日、美憂は琉花に尋ねた。
「ねえ、琉花ちゃん。あの時、どうして盗みを働いていたの?」
琉花は少し悲しそうな表情を見せたが、すぐに答えた。
「私……両親が亡くなってから、誰からも必要とされていないって感じてたの。だから、何か特別なことをして、自分の存在を誰かに気づいてもらいたかった……」
美憂は琉花の頭を優しく撫でた。
「分かるわ。でも、もう大丈夫よ。あなたは大切な存在なの。私にとっても、この図書館にとっても、そしてここに来る人たちにとっても」
琉花の目に涙が浮かんだ。
「美憂さん……ありがとう」
その夜、琉花は自分の部屋で小さな紙袋を開けた。中には、かつて盗んだ品々が入っていた。琉花は決意を固め、それらを匿名で元の持ち主に返却することにした。
翌日から、町のあちこちで「奇跡的に見つかった」という噂が広まった。美術館の絵画が突如として戻っていたり、盗まれたはずの貴重品が持ち主の元に戻っていたり。
美憂はそんな噂を耳にするたびに、琉花の成長を感じ、誇らしい気持ちで胸が一杯になった。
図書館では、琉花の能力によって本が宙に浮かぶことがあっても、もはや誰も恐れることはなかった。むしろ、それは町の人々に愛される「小さな不思議」となっていった。
「ねえ、美憂さん」
ある穏やかな午後、琉花は美憂に声をかけた。
「なあに?」
「私ね、今、本当に幸せなの」
琉花の笑顔は、かつての寂しげな表情からは想像もつかないほど明るく輝いていた。
「私も幸せよ、琉花ちゃん」
美憂は琉花を優しく抱きしめた。
図書館の窓から差し込む夕陽が、二人を柔らかく包み込んでいた。それは、新たな家族として歩み始めた二人の、輝かしい未来を予感させるかのようだった。
(了)
【短編小説】幽霊少女と司書の秘密 ―異能と孤独の彼方から― 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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