サプレッサー〜公安調査庁第三調査部〜

藤原くう

第9話

 後日。


 俺と一夏いちかが、防衛省のエライ人々の尋問じんもんから解放されたのは、大平島おおひらじまでの調査から実に1週間後のことであった。


「なんですか、もう!」


 そう愚痴ぎちをこぼしたのは一夏だった。


「わたしたちだって仕事でやってるんですよ? それなのに『邪魔するな』ってどの口して言ってんですか」


「まあまあそのくらいにして頂戴ちょうだい


 宥めるように言うのは、俺たちの上司にあたる『夢見の弦さん』――じゃなかった、現川弦うつつがわげん部長だ。


 弦さんのおかげで、俺たちは助けられた。部長のコネのおかげで。じゃなかったら、口にもはばかられるような拷問を受けていたかもしれない。受けていなかったかもしれない。


防衛省あっちだって、お国のためにやっているのだから」


「私たちだってそうですよ! ねえ、律くん」


「なんだ」


 俺は、スクワットの手を――や、この場合は脚か――止めて、一夏の方を見る。


 その目は、助け舟を出してちょうだい、とばかりにうるうるしている。でもだまされてはいけない。この表情のときは、十中八九、ウソ泣きだ。


「いや、バディが困ってるんだよ。なにか言ってよ」


「いやだって、不法侵入したのは俺たちの方だし……」


「呆れた、そんなこと言うなんて。前の職場をかばってるんでしょ、どっちが大事なのっ!?」


「前職は関係ない。一夏が悪いのは明らかだ」


「そういう言い方はよくないです」


 そう言ったのは、今の今まで情報攪乱――という名のネットサーフィン――をしていた樫男だ。


 その言葉に、一夏は目を輝かせ、彼の方へとすり寄り。


「だよねー。彩都さいとくんはよくわかってるねー」


 などと言っている。彩都は照れたように頭をかいてるし。


「甘やかすな」


「まあまあ篠木君、そこまでにしておこうよ」


「そうだそうだ」


「…………」


 なんだかむしゃくしゃしてきたが、部長に言われるとなんも言い返せない。


 イスに座り、ハンドグリップに憂さ晴らしする。


「さて報告書は読んだよ」


 と、部長が言うが、一夏も彩都も聞いちゃいない。いや聞いているかもしれないが、真面目に部長の方を向いているのは俺だけだ。


 このだるーんとした空気が、うちの特徴だ。


 もっとシャキッとできないのか、できないだろうなあ……。


「あ、あれえ?」


「部長が話しているのに、なんでこいつらは……!」


「怒らない怒らない。わたし、ちゃんと聞いてますから」


「ぼ、ぼくも」


 言い訳のような言葉がやってくる。ため息をつかずにはいられなかった。


 こんなんだから、公安にも自衛隊にもバカにされるんだ。


「部長、続きをどうぞ」


「あ、ああ。えっとねえ、報告書にある話を説明してもらってもいいかな」


「はいはーい」


 と手をふりふり一夏が言う。


「今回でっち上げた創作物のことですね?」


「うんそうだけど、創作物って言い方はちょっと……」


「ではミームでしょうか、あるいは都市伝説?」


「いいから続き」


「しょうがないなあ。今回のは島民が噂していたように、ガス爆発ということで処理しようと思います」


「どのように?」


「廃村を埋め立てた際に生じた空間。そこにメタンガスがたまり、あるタイミングでドカンといった、ということにします」


「メタンガスはあったのかい」


「んーたぶんありません。ホラです」


「ホラかあ。突っ込まれると弱いような気がするけど」


「確かめようがありませんからねえ。それに、素直にいうよりかは信じられるとは思います」


「神の怒りでああなった、なんて言った日には、苦情だらけだろうな」


 部屋に鳴りひびくコール音を想像すると、イヤな気分になってきた。


「いつもと違うんだな」


「ああ。大っぴらにする手もありますけど、今回はちょっと地味ですからねえ」


「宇宙人が来たんならよかったのに」


「その場合だと、オカルト掲示板に書き込めばいいもんね。でも、今回はUFOの情報もなかったので」


「わかりました。こっちで、防衛省のほうへ通達しておきます。ネットの方はどうしますか」


「情報操作は不要です。が、考古学的に価値があるものかもしれませんので、昔の漁村が発見された、ということをその手に伝達しておくべきでしょうね」


「なるほど、わかりました。大学の方にも伝手つてはありますので、そちらに報告しておきましょう」


 ほかには、という部長の声に、ないよー、という声が返ってくる。


「では今回は終了ということで」


 そのほがらかな言葉を、部長が発したところで、一夏が大きく伸びをする。


「やっと終わったー。律くーん」


「なんだ」


「飲み行かない?」


「今何時だと思ってるんだ」


「午後一時?」


「……昼間っから酒なんて飲みたくない」


「えー。わたしは好きだけどなあ、あくせく働く人たちをよそに飲むアルコールはさいっこうなんだよ?」


「帰る」


 俺は立ち上がり、部屋の外へ。一夏が追いかけてきて、俺の腕に抱きついてくるが、無視する。


「ねえ、隣でジュース飲んでるだけでいいから、ね?」


「…………」


「了承するまで、抱きついて泣いてわめいてやるんだから」


 そんなことを臆面おくめんもなくいう一夏を引きずるようにしながら、俺は部屋を出た。


 後ろ手で、ドアを閉める。


 ちらりと振り返れば、そこには公安調査庁第三調査部とある。






 公安調査庁第三調査部が取り扱うのは、超常現象だ。


 UFO、宇宙人、神、超能力……などなど。


 だが、超常現象を未然に防ぐわけでもなく、解決に導くわけでもない。


 超常現象という劇薬が、国民の目に入らないように隠蔽いんぺいする……。それが俺たち第三調査部サプレッサーの使命だ。


 

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