第6話

 コール音ののちに、電話は繋がった。


『はい、本部の彩都さいと


「一夏だけど」


千秋せんしゅうさんですかっ』


「俺もいるぞ」


『……篠木しのぎさん』


 スキップどころか月面宙返りしていた声が、すっとフラットになった。この18歳の〈こども〉は、うちの情報収集を担当している。変人だけど腕は確かだ。


「海の民についてわかったことはあるか」


『そのことならとっくの昔に。でも、篠木さんは自衛隊員――』


「元だ。それにテロリストのことを部外者に話すと思うのか。阿呆アホらしい」


「まあまあ。とにかく、なにがわかったの?」


『海の民は国際的テロリストグループで、CIAとかMI6とかには結構マークされてたらしいです』


「ふむん。有名テロリストってことね。構成員とかは……?」


『そこまではさすがに。ハッキングしても出てきませんでした。すんません、ザコで』


「そっか、ならしょうがない」


『あ、海の民について調べてたらわかったこともあるんすよっ』


 と、彩都が捨てられた子犬みたいな声で言った。


『この世界を浄化するために、みたいなことをお題目にしているらしくて』


「報告書にもそんなことが書いてあったな」


「テロリストがつぶやいていた言葉を、聞いていた隊員がいるんだっけ」


 神の力で、汚れきった世界を洗い流すとかなんとか。


 俺と一夏いちかの言葉に、彩都がしょんぼりとした声をあげる。


『役に立てなかった……』


「裏付けをしてくれているだけで助かってるよ。それに、調べてもらいたいこともあるしね」


『ほんとですかっ』


大平島おおひらじまのゴルフ場のある場所に、昔、何があったか調べてくれ」


『ちょっと待ってください』


 カタカタというキーボードの小気味いい打鍵音がしばらく続く。あまりにも早くて、ひと続きになっているように聞こえた。


 最後にカターンと大きく鳴りひびいて。


『明治の地図と参照したんですけど、小さな漁村があったようですね』


「漁村……」


『それが人手不足で廃村になり、国の土地となったものを、ゴルフ場の経営者が買いとったらしいですね』


 地図、添付しますから、という言葉の次の瞬間には、俺のスマホにメールがやってきた。くだんの地図と、どうでもよいホラー画像が添付されている。


「おい、余計なもん入ってるぞ」


『さあなんのことだか』


「口笛下手だから吹くな」


『よけいなお世話です』


 なんか文句の一つでも言ってやろうと思った矢先、一夏が手を差しだしてくる。スマホを渡せば、ありがと、と返ってきた。


 彩都の恨みがましい視線が、画面の向こうから届いてくるかのようだった。


 ハンカチを噛んでそうな彩都のうめき声を一夏は無視し、俺のスマホを操作する。表示された古い地図と、自らの最新版地図と見比べる。


「ゴルフ場ってここだから」


「確かに古い方だと村があるね。うん、漁村というだけあって、ちっこい港がある」


 その地図は手書きのもの。現在のものと比べると、かなり見づらいし、地図記号なんてものもない。


 それでも、大渡村という文字はかろうじて読み取れる。いくつかの建物と舟が描かれているから、漁村であることもわかる。


「じゃ、この鳥居みたいなマークは」


「おそらくは、そこに御神体が眠ってるのかも」


 一夏が指す先は、ちょうどふっとばされたばかりのゴルフ場のど真ん中であった。






 神社を離れ、下山し終えたころには、カラスの鳴き声が空をこだましていた。港の方からは『とうりゃんせ』のひび割れたメロディがかすかに聞こえてくる。


「これからどうする」


 現在時刻は午後5時。最終便が出るのは、午後6時だ。これを逃すと、島から出られなくなる。


 一夏はすこしの間、腕を組んで考えていたが、


「宿にいこう」


「ってことは、今日は泊りか」


「うん。野宿ってわけにもいかないし、そんなことしたら、滅茶苦茶あやしいから、フリだけでも宿には行きたいよね」


「フリってことは……」


 一夏がにやりと笑った。そんな表情をしたときのコイツは、ろくなことを考えていない。


「夜は本格的な調査の時間だよ。待ちわびてたでしょ」


「まさかと思うが……事件現場に乗りこむつもりじゃないだろうな」


「え、そのつもりだけど」


「バカっ。そんなことできるわけないだろ。あそこ、いまどうなってるのか知ってるのか」


「そりゃあもちろん。自衛隊の特殊部隊によって証拠隠滅が行われてる真っ最中」


 えへんと胸をはって一夏がいった。先生の問いかけに意気揚々と答える小学生みたいだった。


 特殊部隊は、テロリストへ発砲している。その痕跡をなくそうと、必死こいているのだ。血痕とか銃弾の処理。それが終わるまで、ゴルフ場は封鎖されているはず。


 そんな中に入ろうとしたやつがどうなるかなんて……考えたくもない。


「わかってるなら、なんで」


「うーんと、やっぱり現場百遍げんばひゃっぺんっていうじゃない? すくなくとも上司からはそういわれてきたんだよ」


「で、爆破されたと思しきゴルフ場を見たい、と」


「というより、その下の、神様がまつられていた場所っていうのを見てみたいの。だって、無関係なようには考えられないし」


「そりゃそうかもしれないが――必要なのか」


 俺は一夏を見た。彼女の瞳は、いつだって笑っている。まるでチェシャ猫みたいに。


 一夏がおおきく頷いた。


「全部わかってないと、考えられるものも考えられないじゃん」

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