第7話

 荷物を置き、釣り道具をもって、俺たちは宿を出た。


「夜釣りに行ってきます」


 もちろん、釣りに行くわけじゃない。道具はそこら辺の草むらに隠し、


「行くか」


「だね」


 懐中電灯をつけて、爆発騒ぎが起きたとされるゴルフ場へと向かう。


 そのゴルフ場――大平おおひらカントリークラブは、バブル期につくられたものらしく、現在ではあまり使われていないらしい。

 夏ともなればそれなりに賑わうものの、閑散としているときには、ウシが放牧されることもあるとかないとか。


「今は自衛隊が見回ってるんだっけ?」


「部長が言うには、特殊部隊が警察のふりしてだが」


「そういうことするんだ、特殊部隊さん?」


「…………」


「じょーだん。怒らないでよ、胃に悪いよ」


 胃がキリキリするのは、絶対、なにがなんと言おうと、このおんなのせいだ。


 夏になろうとしているとはいえ、夜風はひんやりとしている。あたりは真っ暗で、空を見上げれば、都会では見れないような星々のがまたたいている。


 そんな星々を、一夏は見上げながらリズムよく歩いていた。


「何がそんなに楽しいのやら」


「いつか星辰せいしんがそろうのかなーって」


「……意味わからん」


「グランドクロスとかあるでしょ。その時、なにか起こるんだよ」


「なにかって?」


「さあ。世界滅亡なんじゃない」


 そんな中味があるようでないような話をしている間に、前方がぼんやりと明るくなってくる。


 赤い光だ。そこに照らされているのは、紺色の制服を着た警察官。


「あれ、どう見ても警察の制服じゃない」


「ああ。借りてるのかパクってるのか……。それこそ一夏は知ってるんだろ」


 俺が言えば、一夏は肩をすくめて。


「公安と自衛隊は仲がよくないから」


「だろうと思った」


 俺も、警察のことはよくわからない。興味がないだけなんだけど、張り合ってるやつらはちらほら見たことがある。


 警察と自衛隊の関係性については置いといて。


「どっから入る」


りつくんって、武術の心得とかある?」


「あるが苦手だ。それに、やめといたほうがいい」


「どうして?」


「相手が本物の特殊部隊だったら、迷わず撃ってくる」


「撃ってきたら撃ちかえせばいいじゃない」


「俺たち、丸腰、オーケー?」


 俺たちの職場では銃の携帯は許可されていない。それどころか逮捕権だって基本的にない。


 あくまで、調査が仕事。テロリストの対処とか治安維持とかは、警察とか自衛隊にでも任せてればいい。


「といってもどうしたもんか……」


「バレずに忍びきむしかないよ」


「そう簡単にいけばいいんだが」


 ため息をついた俺のそばで、一夏はあっけらかんと笑っている。





 俺と一夏は、ゴルフ場の周辺をぐるりと歩いてみる。懐中電灯をつけ、いかにも夜の散歩中のカップルをよそおって。


「もっとくっついてきてもいいよ」


「…………」


 俺の腕は、とうに一夏と一体化してるみたいだ。もうくっつきようがないし、暑っ苦しい。


 だが、そのおかげで俺の――俺たちの正体に気がついたものはいなかったらしい。一瞥して、鋭い眼光が飛んできたくらい。


 ――お前らはいいよなあ、こっちは徹夜なのにいちゃいちゃしやがって。


 そんな邪念が感じられて、別の意味でヒヤヒヤさせられたが。まあ怪しまれてないからセーフだ。


「わたしのおかげですね」


「わかったからいい加減離れろよっ。アイツらもういないぞ」


「どこから見られているからわからないじゃん。あと声を小さく。聞かれているかも」


「だからって、手をつなぐくらいでいいだろ」


「うっとおしいくらいがいいんですよ」


「うっとおしいってわかってるんかいっ」


「そんなことより、どうです」


 こっちを見て、一夏が聞いてくる。視線をそむければ、夜の闇とそこに溶けこむようなかっこうの黒塗りの車。


「広範に監視網がひかれてる。本気だな」


「ふうん。元特殊部隊が言うなら、間違いないよねえ」


「ネズミ1匹入れないかもな」


「そこをなんとか入れてほしいんだけど」


 光のとぼしいなかを、俺たちは歩いていく。


 前方にまたしても、ヒトの姿が見てくる。濃紺のユニフォームに身を包んでいても、そのピりピロとした警察官らしからぬ雰囲気はまったく隠しきれていない。


「ないなあ、完璧だ。指揮している人間にも現場の人間にもゆるみがない。おい一夏、今日はやめとい――」


 と。


 スッと、一夏が俺の腕を離れていく。突然だった。


「あっおい!」


 返事はない。かすかに、うわごとのような言葉の羅列が聞こえただけだった。それも、なんて言っているのかわからないやつ。


 だというのに、どこか恐怖を感じずにはいられない。


 そのまま一夏は、監視員とおぼしき男へと近づいていく。


 止めようかと思った。だが、そうしなかった。相手が、なにか攻撃的な態度を見せてきた場合に、不意をうてるように。


 男は何もしなかった。警告も、声を荒げることもなく、まるでマネキンのように棒立ちし、抱きつかれ、何事かをささやかれていた。


 すべては1分にも満たない短い時間のことだった。


 すぐに、一夏が戻ってきて、俺の腕に抱きついてきた。


「じゃ、行こうか」


「何事もなかったかのように歩き出そうとすんな」


「ほへ?」


「今のはなんだ、今のは」


「いまのってなんのことかなーわたしにはわからないなー」


「嘘つけ」


「と、とにかく。行こうよ。あの人が正気になる前に」


 一夏がちらりと男を見る。直立不動する彼は、確実に正気を失っているのだろう、どこか遠く、明後日どころか明々後日の方を向いていた。


「……いやホントになにしたんだ」


「なんでもいいじゃん、ほらはやく」


 一夏は、俺を引っ張るようにしながら、ゴルフ場へと進んでいく。


 誤魔化されているということは、俺だってわかっていたが、千載一遇のチャンスであることもまた、事実だった。

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