第3話
港から海岸線に沿ってしばらく歩く。
すぐ隣には白波を上げながら流れる海。パッと見は川みたいだが、これでもれっきとした海である。
泳いで渡れそうなほど近い距離に、対岸はある。が、
ちょっと前をいく
「なあ、どこまで行くつもりなんだよ。30分は歩いたぞ」
「そりゃあ釣りができそうなところまで?」
「なら、その辺をかき分けて海に出れば」
「そんなこと女の子にやらせるつもり?
立ち止まった一夏が、腰に手を当てこっちを見た。都会からやってきた観光客って感じのすがたで
「別に、
「そんなことしたら、島の人たちに変な目で見られちゃうでしょ」
「見られたらいけないのか」
「当たり前じゃん」
とっとっと。俺に近づいてきた一夏は、つま先立ちしたかと思えば、
「えいっ」
デコピンしてきた。
「私たちは潜入してるんだよ。だから、目立つようなことは
一方的に言って、一夏はくるりとひるがえる。そして、再び歩きはじめた。
その小さな背中を見ながら、俺は考える。
一夏の言いたいことはわかる。俺たちは仕事であることを隠して、ここまでやってきているのだから、注目を浴びるようなことは控えた方がいいってことだろう。
だが、なぜそうしなくちゃいけないのか。
足元の石ころを蹴っとばす。くるくる回転しながら左にそれた石ころは、手すりの隙間をすり抜けて、渦潮の中へとぽちゃんと沈んだ。
さらに三十分は歩いただろうか。
ゆるやかな坂道を頂上まで登れば、キラキラ輝く砂浜がみえてくる。
「うわあ」
一夏の口から歓声がこぼれた。くりくりした瞳は、砂浜と同じくらいキラキラとしていた。
「綺麗な砂浜……」
「誰もいないが」
足元にひろがる砂浜には、人っ子ひとりいない。シンと静まりかえった海の家の屋根にはウミネコが整列している。遠くに見える高い脚の椅子が、寂しげに立っていた。
下り坂を歩いていけば、ガラ空きの駐車場がある。砂浜の手前にのびるぼうぼうの芝生には傾いた看板が突きささっていた。
「『大平海水浴場』ねえ」
「こんなに綺麗なのに、ヒトがいないなんておかしいよ」
「そりゃ、この前のことがあったからだろ」
俺が、ゴルフ場の方を指させば、一夏はべーっと舌を出してきた。
なんだこの
ちなみに、ここからはゴルフ場は見えない。この海水浴場は入江のようになっているから、山が邪魔なのだ。
その山さえ越えれば、ゴルフ場も見えるかもしれないが、マツやらなんやらでいっぱいの急斜面を上りたいとは思わない。
俺がまわりを見ている間に、一夏は砂浜へと駆けだしていた。波打つような砂に足を取られ、すってんころりんと転がり、それから、邪魔になったサンダルを蹴っ飛ばして、生足になっている。
「なにやってんだか……」
「おーい、こっちおいでよ。折角海にきたんだから水の掛けあいっこしよ」
向こうから声がする。なんで、夏でもないのにそんなことをしなくちゃいけないのか。五月とはいえ海はつめたいだろうし、濡れるなんてごめんだ。
声がしなくなったので、波打ち際まで歩いていく。途中ひっくり返ったダンゴムシみたいに転がっているサンダルを拾いながら。
一夏は、しめった砂浜で立ち尽くしていた。その真っ白なつま先を、波が濡らしていくのも気にせずに。
彼女がじっと見ている先には、
「なにか見えるのか?」
言葉は返ってこない。
かわりに返ってきたのは水しぶきだった。
ひゃっと冷たいものが、ズボンを濡らし、冷気が
隣を見れば、生足が、波を蹴りあげていた。
脚にそって視線をあげれば、一夏はにっこりと笑みを浮かべていた。やーい引っかかった、と言わんばかりの笑いが、
だから、水をすくって、一夏に浴びせた。
「わっつめたっ!」
「仕返しだ」
「争いは何も生まないんだよ。えいっ」
「やってんじゃねえか!」
そうやって、俺は一夏と水の掛けあいっこをしていた。なんてバカップルみたいだろう。仕事の都合でやってるんだから、虚無以外のなにものでもなかったが。
どうしてこんなことをしてるんだろう。
そんなことを思いながらも、相手を濡らすために、つめたい海水に手を突っこんでいる俺がいた。
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