【Day 2 喫茶店】

 昨日と同様に蒸し暑さの残る夏の夕暮れ時、茜は喫茶店を訪れた。店内へ入るとドアベルがカランカラン、と音をたてる。茶色いエプロンをつけた初老の女性が出迎えて、四人がけの席へ通された。

 店内が空いているとはいえ、おひとりさま、なんだけど。いいのかな、と思いつつも席についた。


 昨日が定休日だったこの店は【喫茶とまり木】という店名で、昭和レトロをそのまま現したかのように、落ち着いた雰囲気だった。


 木製のテーブルに、イスに、カウンター席。カウンターの向こう、オープンキッチンの壁側は棚になっていて、ずらりとコーヒーカップとソーサーのセットが並んでいる。どれも色や柄がそれぞれ異なっていた。

 店内には観葉植物がところどころに置かれている。BGMは耳心地の良いジャズが流れていて。照明はあたたかさを感じる淡いオレンジ色。壁紙も、床も、年季は入っているが掃除が行き届いていて清潔感のある店内。

 どこもよくお手入れされているんだな、と察しがついた。


 店員は先ほどの女性と、オープンキッチンに初老の男性が一人だけ。夫婦で営んでいるんだろうか。

 とりあえず席に置かれたメニュー表へ手を伸ばす。コーヒーの種類は様々あり、簡単な説明は書かれているものの、どれが自分の好みか、さっぱりわからない。茜は、コーヒーは好きだが普段飲んでいるのはインスタントばかりで、言ってしまえばこだわりはなく舌も繊細ではない。

 無難にブレンドを頼もうか、とも思ったが……。ブレンドだけで四種類あった。いったい何を注文すればいいのやら。悩みはじめてしまった茜を見かねてか、店員の女性が微笑みながら声をかけてきた。


「ご注文、お決まりですか?」

「あ、えっと……。このコーヒーとケーキのセットにしたいんですけど、コーヒー、よく分からなくて」

「ケーキセットですね。ケーキの方はお決まりですか?」

「レアチーズケーキにしようと思っていました」

「それでしたら、こちらのコーヒーがおすすめです。レアチーズケーキの酸味と、相性が良いので」


 広げていたメニュー表の一点を指で示されて「じゃあ、それで」と注文した。

 コーヒーとケーキが届くまで、店内を見渡す。ちょうど店内奥、隅の席だったので、観察するにはうってつけだった。


 初めて入った喫茶店なのに昭和レトロな雰囲気ゆえか、やたらと懐かしくて落ち着いてしまう。いや、茜は平成生まれなので、その時代は体験してないけど。

 駅の近くにこんな店があったなんて、全然知らなかったなー。なんて思いながら、オープンキッチンで黙々と作業しているマスターを眺めていた。一瞬、ほんの一瞬。


 マスターの顔が、狐に見えた。


「え?」


 驚いてまばたきをした次の瞬間には、もう狐の姿はなく、先ほどと同じように初老男性のマスターがコーヒーを淹れているところだった。


 なんだ、今のは。白昼夢??


 頭の上に疑問符をいくつも浮かべているうちに、女性店員がコーヒーとケーキを持ってきてくれた。コーヒーの酸味と苦味のバランスがちょうど良く、レアチーズケーキと合っていた。うん、とてもおいしい。


 白昼夢のことなどすっかり忘れて、茜はコーヒーとケーキを味わった。

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