境界線のない町

うたた寝シキカ

【Day 1 夕涼み】

 自分自身は秋生まれだけれど、秋の夕方よりも夏の夕方が好きだな、と茜は思った。

 秋の夕暮れはあまりにも早くて、かされているような気分になるから。夏の夕暮れの方がゆっくり、のんびりと、時間が流れているような気がして。だから、夏の夕方は好きだ。


 実家を出て、二十八歳にして一人暮らしを始めた。周囲と比べると遅めの自立だったかもだけれど、おかげで貯えは多少あるので不満はない。

 最寄駅から徒歩十五分のアパートで、小さなベランダで洗濯物を取り込みながら空を見上げる。そこには夏の夕焼けがあった。


「ちょっとくらい、夕立があればいいのに」


 茜が子供の頃には、夏の夕方といえば夕立があって、短時間のほど良い雨が日中の熱を冷ましてくれていた。ここ数年は異常気象のせいか、夏に降る雨といえばゲリラ豪雨だ。時には雷までついてくる。

 そんな過剰サービスのような天候、誰も注文していないはずだが。


 よく乾いた洗濯物をステンレス製のカゴに入れて、エアコンの効いた室内へ戻る。洗濯物を畳みながら、ふと思う。

 あれ……?休日らしいこと、ここのところ何もしてないぞ??


 思えば五月の大型連休後にこの部屋へ引っ越ししてきてから慌ただしい日々だった。実家でも家事はやっていたが、人生初の一人暮らしとなるとハードルの高さは上がる。

 仕事が接客業ということもあり月曜日と火曜日に固定休をもらっているが、休日は疲れも祟って昼近くまで寝ていることが多い。今日だって起きたのが十一時半だった。


「夕涼みがてら、どこか行こうかな」


 近くに公園や商店街があるのは知っている。でも、散策したことは無かった。明日も休みだし、近所を知るには良い機会かも。

 洗濯物を畳み終えると、小さめのショルダーバッグを肩に斜めがけして、必要最低限のものだけ入れて外出した。



   ◇◇◇



 夕方とはいえ、今日は七月初日。夕涼みのつもりで散歩に出たけれど、暑さはまだ残っていた。公園は蚊の気配を感じたので横目に通り過ぎて、最寄駅の方向へ足を進める。昭和レトロを感じさせる、商店街を見ていくことにした。


 テレビでよく見るような、昔ながらのアーケードのある大きな商店街……ではないのだけど。

 小規模な個人経営らしき店舗が道路を挟んでいくつもある。八百屋に定食屋、不動産屋、和菓子屋、理髪店、居酒屋、ラーメン屋、薬局、他にも色々。

 こうして見ていると、やはり食べ物関係の店舗が多い。食い意地が張っている茜としては、興味を惹かれるお店が多かった。今までずっと、駅近のスーパーで買い物を済ませていたのを軽く後悔した。今度からはこっちのお店にも寄ってみよう。


 喉の渇きを感じて、お茶と甘いものでも、と思っていたら……。ちょうど良さそうなお店があった。あったのだが、


「定休日、ね……」


 シャッターが降りていて、定休日と書かれた札が提げられている。茜は肩を落として、店名と位置だけ再確認した。

 後日、出直そう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る