【Day 7 ラブレター】

「とうとう、ブラックボックスを開く時が来たか……」


 日曜日の夜遅くのこと。なんの変哲もない茶色いダンボール箱を目の前に、茜はパジャマ姿で腕を組んでいた。仁王立ちである。

 ただのダンボール箱をブラックボックスと呼んだのは、中二病などではない。ちゃんとした訳がある。この中には、茜の思い出の品々……もとい、黒歴史の象徴が詰め込んであるからだ。

 このアパートへ引越ししてきた時、実家の自室にそのまま置いておくのも恐ろしく(家族に見られるのは絶対に回避したかったのだ)、嫌々ダンボール箱に詰めて新居へ持ってきた。


 この箱さえ片付いてしまえば、荷解きは全て終わったことになる。引越しして二ヶ月近く放置していたダンボール箱を、茜は恐る恐る開けた。順番も何も考えず、手当たり次第に物を詰めたブラックボックス。開封して最初、視界に入ってきたのは、


「う、うわぁ……。汚い字……。我ながら引くわぁ〜」


 茜が人生で初めてしたためた、ラブレターだった。小学二年生の当時、バレンタインデーに意中の男の子へチョコと一緒に渡そうとして──結局、渡せたのはチョコだけだった。二十年前のことを思い出して、茜は羞恥心から身悶える。

 チョコを渡してる時点で告白してるようなものなのに。なぜこのラブレターは渡さなかったのかと、あの頃の自分へ問いかけたい。


 このまま破り捨てるか、中身を確認してから破り捨てるか、茜は悩んだ。思い出の品として保存しておく、という選択肢は微塵も無い。

 こんな、羞恥心の塊であるラブレターなんて……。とっておけるか!見る度に呻いてしまうわ!


 十分近く悩んだ末、茜は思い切って封を開けることにした。どんな文章を綴ったかなんて、覚えちゃいない。一応、サラッと読んでから捨てよう。恥ずかしい文面だったら、速攻で記憶から消去して、見なかったことにしよう。

 自分に言い聞かせて、茜は封を開けた。小さなシール(よりにもよってハート型だ)を剥がして、便箋を出す。封筒も便箋も、淡いピンク色だ。便箋に書かれた文字は、子供が書いたとすぐに分かるくらいには汚い字だった。


【一年生の時から好きでした。今も好きです。よかったら、私とつきあってください。】


「……これだけ?」


 何度読み返しても、便箋に書かれていたのはそれだけだった。随分とあっさり風味のラブレターに拍子抜けだ。たったこれだけの文面にこんなにも片付けの手が止まっていたのかと思うと、自分のことだが笑えてきた。


「ふふっ。あははっ。いい大人が、なにやってるんだろ」


 小学二年生の私、お疲れ様。黒歴史は誰にも知られないように、闇に葬っておくからね。

 茜は笑いをこらえながら、ラブレターをシュレッダーにかけた。

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