【Day 19 トマト】

 夜、一人暮らしの茜のアパートへ、クール便で荷物が届いた。差出人は、母方の祖父の名前になっている。


 白い発泡スチロール箱を開けると、中には緩衝材とともに、夏野菜がぎっちりと詰められていた。祖父母は隣の市に住んでいて、趣味で畑を借りている。その畑で収穫できた野菜を送ってくれたようだ。

 小さな茶封筒も一緒に入っていた。祖母からの手紙だった。


【茜ちゃん、おじいちゃんへ電話してくれてありがとう。「あーちゃんが気にかけてくれてた」と、とても喜んでいましたよ。一人暮らしは何かと大変でしょう。たまには周りを頼ってね。おじいちゃんと畑で育てた野菜、食べてください。】


 手紙に書かれている通り、祖父とは一昨日、電話したばかりだ。後でお礼の電話を、今度は祖母へかけてみよう。

 茜は祖父母へ感謝しながら、野菜を取り出して確認していく。


 トマトにナスに、きゅうりやピーマン、とうもろこしや枝豆まであった。どれも状態の良いものだった。きっと傷の少ない、形の良いものを選んで送ってくれたのだろう。

 趣味の一つとはいえ、二人とも畑仕事が上手なようだ。


 それにしても。


「量、多くないか……?」


 全ての野菜を取り出したところ、なかなかの量だった。冷蔵庫の容量にも限りがある。一人では消費が追いつかず、傷ませてしまうかも。

 同じアパートの住民へおすそ分けしようかな、とも思ったが……。入居からまだ二ヶ月、知り合いと呼べる人もいない。


 野菜をもう一度見たところ、トマトが一番れていた。これは先に消費しよう。


「トマト、トマト……。トマト料理?」


 茜がスマホでトマトを使ったレシピを調べていると、


「この時期なら冷やしトマトだろう。シンプルに、塩だけかけて食べるのが一番うまい」


 聞き慣れた声がした。振り返ると、白狐のハクがいる。


「……そうだね。梅雨も明けて夏本番だし。冷やしトマト、おいしいよね」

「お、人の娘はワタシに驚かんのか。良い行いだな」

「もう慣れましたー!ハクさん達にいちいち驚いていたら、心臓が保たないよ」


 いつのまに部屋へ入ってきたのか、とか、そもそもどこから入ってきたのか、とか。聞きたいことは山ほどあったが、この狐がマイペースな奴だと、茜は既に知っている。質問したところで納得できる答えは返ってこないだろう。

 だったら、スルーだ。スルースキル発動だ。


 ハクは鼻先で、ローテーブルの上の野菜をつつく。


「ふむふむ、なるほど。確かに、この中だとトマトを先に食べるべきだろうな。今から冷蔵庫で冷やしておけば、明朝にはよく冷えているだろう。他の野菜も、順番に調理すればよい。では、明日の朝を楽しみにしているぞ」

「…………。一緒に朝ご飯、食べるつもりなのね。冷やしトマトを用意しておけ、と」

「あ、ナスは油揚げとともにみそ汁にするのがおすすめだ。ワカメと小ネギもあると、さらに良いな」

「ウチ、定食屋じゃないんですけど!」

「あっはっはっ!」


 耐えきれなかった茜のツッコミに、ハクは楽しそうに笑うのだった。

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