【Day 27 鉱物】

 土曜日の夕方のこと。傘を差しても濡れるようなゲリラ豪雨の中、茜は帰宅した。

 居室に入って最初に目に入ってきたのは、


「よっ!おかえり。思っていたより早かったな」

「…………」


 一人暮らしの茜の部屋に、白狐のハクがいた。


「……今日はハクさんの分の夕飯は無いからね」

「なんと!?それは残念だ」

「で、今回は何の用事で来たんですか?」


 雨で濡れてしまった通勤鞄をタオルで拭きながら、茜は訊ねた。すると、ハクは何故か得意げに語る。


「先日はうまい桃をご馳走になったからな。お礼に、ワタシが贔屓ひいきにしている店へ案内しよう」

「……さいですか」


 マイペースな狐によって、大雨の中でのお出かけが決まった。



   ◇◇◇



 丈夫な傘に替えて大雨の路地裏をジグザグに歩き、ハクに連れて来られたのは……こじんまりとした質屋だった。店主は和服姿の猫の獣人だ。茜とハクが店内に入ると、灰色の猫耳を外側へピンと張り、眉をひそめた。


「お客かと思ったら、ハクの旦那かい。ここに人間を連れてくるなんて、マナー違反だよ」

「まあまあ、そう怒るな。我があるじ様もお目にかけているのだ。それに茶の助も、な」


 茶の助、という単語が出て、店主は「やれやれ」とため息をついた。


「茶の助の人間好きは今に始まったことじゃないだろうに。……しょうがないねえ。何が欲しいんだい?」

「今日は石屋の方に用があって来たんだ」

「旦那、ウチの副業は鉱物屋、だよ。せめて宝石屋と言っておくれ。で、どんなものをお望みで?」

「この娘へ守り石を用意してくれんか」

「はあ……。そういうこと。お嬢ちゃん、誕生月は?」


 不機嫌そうな店主に訊ねられて、茜は臆しながらも答える。


「十月生まれ、です」

「分かった。見繕ってくるから、ちょっと待ってな」


 一度、奥へ引っ込んだ店主は五分と経たずに戻ってきた。木製のトレーを持ってきて、そこには天然石がついたヘアゴムが七つ、載っている。どれも白っぽい石だが、角度によってユラユラと、虹色が揺らいでいるように見えた。どことなく、オーロラを連想させる。

 店主はトレーをカウンターへ置いた。


「これは十月の誕生石のオパールだよ。お嬢ちゃん、アクセサリーはあまり着けなさそうだが、これなら仕事中も着けていられるだろ?好きなものを一つ選びな」

「え」

「大丈夫。この食えない狐、氏神様の命でここに来てるんだから。代金はお嬢ちゃんじゃなくて、旦那からしっかり貰うつもりだよ」


 店主はため息を吐きつつ、そう言った。足元のハクは、店主の言葉に頷く。


「主様が、ワタシが世話になっている礼と、この前は急に呼びつけてしまった上、手ぶらで帰してしまった、と気にかけておられてな」

「つまり……私にお礼をしたい、と?」

「そういうことだ。主様のご厚意、受け取ってもらわないとワタシが叱られてしまうのだ」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 茜はトレーの上へ再び目を向ける。オパールはどれも幻想的な色合いで綺麗だったが、茜から見て一番右側の楕円形のものに惹かれた。店主に「触っていいよ」と促されて、ヘアゴムを手に取る。角度を変えると表情が変わるオパールに、茜の表情は明るくなった。


「綺麗!これにしてもいいですか?」

「もちろん。……なんだ、あんた笑うと愛らしいじゃないか。もっと笑ってた方がいいよ」


 店主がふっと口元を緩ませて、微笑を浮かべてそう言うから、茜は少し驚いてしまった。この店主、言葉の節々から人間嫌いの怖いヒトかと思っていたが……。それだけではないらしい。

 足元のハクがジャンプしてカウンターへ乗る。


「女将が怖がらせるから顔が強張こわばっていたんだろう。この娘、普段はもっと笑っているぞ」

「なんだい、アタシがおっかないって言いたいのかい?それに旦那、土足でここに乗るなと、何度も言っているだろう!」

「はて、そうだったかな?」


 目をつりあげて怒る店主に、すっとぼけるハクの姿が、なんだか面白くて。茜は吹き出して笑うのだった。

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