第5話

「餌付けって言い方はどうなのかですか? えーと、何か抗議をされているようですけど、その理由が分かりませんね。まったく、ちっとも」


「はあ。餌付けというのはペットに食べ物を与えるときに使う言葉ですか。そうですね。私とあなたとの間に認識の齟齬は全くないです」


「黙りこくってどうしました?」


「はい。あなたは私のペットです。そんなものになったつもりはないですか?」


「あれ、話をしませんでしたっけ? ギュギュターブス人全体に対する措置は措置として、被験者であるあなたは私の所有物になります」


「聞いてない? まあ、聞いていなかったとしても、それで結論は変わらないんですけどね」


「いやあ、だってこの体験の記憶を持ったままギュギュターブスに戻られても困るんですよ。あなたが頭のおかしい人になっちゃいますし」


「ピカッて光る機械で記憶を消せばいいですか? 私たちの機械のことを良く知ってますね。うーん、でも、選別して記憶を消すのは難しいんですよ。多めに消すとあなたの日常生活に悪影響が出ちゃうかな」


「それに私と出会った記憶を消しちゃってもいいんですか……?」


「その聞き方はズルい?」


「それで、どうなんです?」


「そうですか! 私もこの出会いは大切にしたいと思ってます」


「話ながら食事が終わりましたね。じゃあ、このカプセルも飲んでください」


「そんな顔をしないでください。あなたに不足している栄養素を補充するためのものです。健康で長生きをしてもらわなくてはなりませんから」


「はい。あなたに選択肢はありません。それとも、……そんなに嫌ですか?」


「うにうに言ってないではっきりしてください」


「んふふ。いいですね。はっきりしたお返事を頂きました。催促される前に言えればもっと良かったんですが、まあそこは良しとしましょう。人生の別れ道での決断ですから」


「どのみち選択権はなかったんだろ、ですか? 分かってないですね。私の気持ちが全然違います。たとえばほら」


「これは何かですか? 私の尻尾です」


「気に入ったものを触るのに使うんです。あ、でも、触られるのは嫌なんで気をつけてくださいね」


「だって、すごく触りたそうな顔をしているじゃないですか。でも、触ったらこうですよ。……がおっ!」


「立派な牙ですか? えへへ。褒められてしまいました。しつこいですけど、尻尾はNGです。ダメ絶対」


「それじゃ尻尾以外はいいのか、ですか? え? 何を考えているんですか。このドスケベ、変態、色情狂」


「そうじゃない? 単に他にダメなところを知りたかっただけですか? 当面は頭以外禁止です」


「何をニマニマしているんですか?」


「頭をモフモフできるのが嬉しい?」


「そんなに気に入ったんですか。本当にどうしようもないですね。まあ、ペットの精神安定のためですからね。どうしてもというなら、仕方ないですね」


「早速モフらせて欲しいですか? さっきさんざん触ったでしょう。今はダメです。真面目にお話しをする時間ですよ」


「あ、今さらですけど、本当に良かったんですか? 基本的にもうギュギュターブス人とは接触できなくなりますけど」


「はあ、別れを惜しむほどの相手もいないから問題ないですか。ジャコラが居れば十分? なんかいきなり激重な彼氏ができた気分です」


「何を微妙な顔をしているんですか。それでは私のペットとしての権利と義務の説明をしますよ。いいですか、よく聞いてくださいね」


「私有財産は完全に保護されます。さっきも言ったように生命・身体も同様です。チョクルンティーバ連合の公職に就くことはできませんし、公職を選ぶ資格を得るには審査を受けなくてはなりません」


「ここからが大事なところですよ。あなたは私以外の人にどんな場所においても、あなたの言うモフモフという行為をしてはいけません。あなたは私のものですから」


「知っているペットの概念とちょっと違う? そうでしょうね。文化的な背景が違うので」


「それと、恐らくですが私のレポートが共有された後は公共の場では手袋の着用が義務付けられるはずです」


「意味が分からない? あなただって衣服で覆っているでしょう? それと同じです」


「ええ、そうですよ。あなたの手はヤバいです。禁止薬物のアーレイファイ以上ですね。歩く禁制品です。ひょっとすると普段はこんなふうに拘束しておくような決まりができるかもしれません」


「なんですか。その目は。ちょっと虚ろになってますよ」


「仕方ないじゃないですか。そんな破廉恥な手をしているのがいけないんです。しかも、妙に慣れた手つきですし。有罪です」


「でも、公共の場にいるときだけですから。まあ、この宇宙船にいる間は、手袋なしでいることを私が許可します」


「色々と教えておくべきことで大事なことは伝えたかしら。それでは……」


「何に驚いているんですか? 手だけじゃなくて足と腰の拘束もとれたから? いいから、早く立ちなさい」


「あのですね。あのシートはリアルタイムであなたの生理パラメータを監視しています。これ以上モフモフしているところのデータを取られたくないでしょ」


「何を喜んでいるんです? そうですよ。ペットの精神安定の時間です、ほら、モフっていいんですよ。……あひゃ、やっぱ、ちょっと……、いったんストップ~」



-完-

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