#2 地下への逃避行

 俺たちは、廃墟と化した学校の前に立ち尽くしていた。焦げ臭い空気が鼻を突く。校庭の一角には燃え盛る炎、そしてその周囲には見慣れたはずの教室が瓦礫の山と化していた。


「川島さん、急いで!」

 俺は川島さんの手を引き、最寄りの地下鉄に向かって駆け出した。地上には空爆の爪痕が生々しく残り、道端には人々の命が無残に散っていた。心臓の鼓動が耳元で炸裂するように響き、遠くから銃撃戦の音が聞こえてくる。


「ここまで来れば……。少しは安全だろう」

 息を切らしながら、ようやく地下鉄駅の構内に到着した。ほっと胸を撫で下ろした。しかし、この場所は、異様な光景を呈していた。駅の構内には、多くの一般市民が身を寄せ合い、恐怖に怯えていた。

 この駅は『緊急一時避難施設』として指定されており、防災備蓄倉庫には非常食や飲料水、毛布などが備蓄されていた。しかし、ここに避難している人々の数が多すぎて、すでに食料は全てなくなってしまっていた。空腹を抱えた人々の顔には絶望の色が浮かび、子供たちの泣き声が響いていた。


 数時間が経過し、疲れ果ててその場に座り込んでいた。川島さんは、両親の安否のことが頭から離れず、涙が滲むのを抑えられなかった。

 

 突然、地下鉄の出入口から一人の男が現れた。身長180センチメートルほどの精悍せいかんな男で、20にいまる式5.56mm小銃を構えていた。鋭い目つきと鍛え抜かれた体つきが、その男のただならぬ経歴を物語っていた。

「自衛隊?」

 彼は川島さんを見つけると、すぐに銃を下ろし、力強い声で言った。

「春華、無事でよかった……。助けに来たぞ!」

 男の声が地下鉄構内に響き渡ると、川島さんは堰を切ったように涙を流し、彼の胸に飛び込んだ。

「和也叔父さん……」

「叔父さん?」

 俺は驚きながら目を丸くした。彼は一体どういう経緯でここに来たのだろう。

「でも、どうしてここにいることがわかったの?」

 男は微笑しながらスマートフォンを取り出し、それを川島さんに見せた。

「春華がインストールしていた位置情報アプリのおかげで、ここまで来れたんだ」

 そのアプリは、大災害の教訓から「一人でも多くの人を救いたい」という想いで開発された見守りアプリだった。主に緊急地震速報をトリガーとして、災害発生直前の位置情報を設定されたグループメンバーに自動で瞬時に通知する優れものだ。

「空爆も発信のトリガーになっているとは……」

 俺は独り言のように呟いた。

「キミ、名前は?」

「えっと……。町中大輔です」

「町中大輔……? ああ! 君が、あの大輔くんか? 春華から、よく君の話を聞いてるよ」

 男はニヤリと笑みを浮かべた。川島さんは照れたように頬を赤らめ、軽く男を叩いた。

「もう、叔父さん!」

「ええっと、お名前は……」

「ああ、俺の名前は川島和也かずや。彼女の叔父で、陸上自衛隊の2等陸曹だ。目黒駐屯地から敵の攻撃を潜り抜けて、ここまで来たんだ——」

「——じゃあ、和也さんと呼びますね」

 和也さんに地下鉄構内の状況や空爆のことを伝え終えると、不安げな表情を浮かべた。

「そうか……。やはり、この地域も空爆を受けたのか」

「自衛隊は今、どんな状況なんですか?」

 和也さんは厳しい表情で言葉を絞り出した。

「正直に言うと、俺がいた部隊は全滅した。俺が唯一の生き残りだ。ここに救援は来ないし、地下鉄の構内に留まっても助かる見込みはない。幸い、今は敵の空爆が一時的に終了している。逃げるなら今しかない」

「全滅……」

 俺と川島さんの顔が青ざめる。

「そういえば、叔父さん……。お父さんは……? 一緒じゃないの……?」

 和也さんの表情が一瞬硬直し、涙ながらに答えた。

「ごめんな、春華……。お父さんを救えなかったんだ」

 和也さんは優しく春華の背中を撫で、力強く抱きしめた。

 和也さんはここに来る前に川島さんの自宅を訪れたが、家は大破しており、瓦礫の中から両親の遺体が見つかったと言う。

 空爆の日に亡くなった。そう聞かされた胸には、締め付けられるような痛みが走った。

「そんな……」

「春華、今は生き延びることが第一だ」

 銃を肩にかけ直した。視線が鋭くなる。

「もう、ここには長く留まれない。さあ、行くぞ!」

 地下鉄の構内から地上へと向かうことを決意した——。

 

 和也さんは慎重に見渡し、「ここから先は危険だ。敵が潜んでいる可能性がある」と警告した。彼は銃を構え直し、後をついてくるよう指示した。

 地下鉄の構内から地上へと向かう道中、突然、周囲に銃声が鳴り響いた。反射的に銃を構え、二人を壁際に伏せさせた。

「敵だ、伏せろ!」

 和也さんは壁越しに状況を把握しようと試みる。敵の姿はまだ見えないが、銃声の方向からして近くに潜んでいることは確実だった。鋭い目で周囲を観察した。

 突然、敵の兵士が地下鉄の入口付近から姿を現し、こちらに向けて発砲してきた。弾丸が和也さんのすぐ横をかすめ、火花が散る。和也さんは冷静に狙いを定め、発射音が響く。敵兵士に命中して地面に倒れ込んだ。

「急げ、今のうちに!」

 和也さんは叫び、俺たちを先に進ませた。

 だが、敵は一人ではなかった。次々に現れる敵兵士たちが、こちらに向けて弾丸の雨を降らせる。

 和也さんは銃を巧みに操り、素早く射撃ポイントを変えながら応戦する。敵の弾丸が壁を貫通し、和也さんの腕をかすめた。痛みに顔を歪めながらも、彼は射撃を止めることなく、次々に敵を撃退していった。

「春華、大輔、早く車に乗れ!」

 叫びながら、銃を構えたまま、SUVの鍵を投げ渡した。

「わかった!」

 川島さんは鍵を受け取り、俺と共に急いで車に駆け込んだ。


 和也さんは最後の敵兵士を撃退し、素早く車内に飛び込んだ。彼は一瞬の隙も逃さず、SUVのエンジンを掛け、アクセルを踏み込んだ。バックミラーで確認しながら言った。

「港区に行くぞ。そこに核シェルターがある——」

 闇に包まれた街を疾走するSUV。爆撃の跡を縫うようにして進むその車内で、心の中で祈った。無事に、ただ無事に、安全な場所へ辿り着けることを——。

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君が生きている街 TAKAHIRO | Vlogger @takahirovlog

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