#5


 ──あんなバケモノ、オレのんでいた世界には、いなかったな。

 ──オレのんでいた世界には。


 昨日きのうから、ボクの頭のなかを、おなじ言葉ことばがぐるぐるとまわっている。

 きゅう六号線ろくごうせん──ルート6からの、逃走とうそう最中さいちゅうだった。

 みみもとでれくるうイジワルなかぜが、あいつの声をかきしてしまったけど。

 ボクはたしかにいたんだ。

 オレのんでいた世界。こことはちがう、べつの世界──。

 ひょっとして、あいつは、そこからたのだろうか?

 もし、そうだとしたら……。


「リーダー。どうしたんスか? ぼうっとしちゃって」

 はなしかけられて、ハッとわれにかえる。

 ワンダラーズのメンバーが、不思議ふしぎそうな顔でボクを見ていた。

 ここは久慈町くじちょうにある、車両しゃりょう整備工場せいびこうじょう

 今日は、半年はんとしにいちどのバイクの点検てんけんで、朝早あさはやくからエンジンをバラしてなお作業さぎょうをしていた。いまは、おひるやすみだ。

 ごはんをべたあと、ボクはどうやら自分の世界にはいってしまっていたらしい。

「ずっとうわのそらっすね、リーダー」「らしくねえなぁ、ホント」

 ワンダラーズのみんなは、そういってわらう。

 たしかにそうかもしれない。

 生命いのちをあずけるバイクの点検日てんけんびなのだから、もっと気合きあいをいれなくてはならない。だというのに、今日のボクは、どこかおかしい。

 ──それもこれも、あいつに出会であってしまったせい。

 ミハラ・ナツオ。

 ボクのまえにとつぜんあらわれた、あぶないフンイキのある少年しょうねん

 そして、もしかしたら、べつの世界からたかもしれない少年しょうねん

 あいつに、もう一度会いちどあいたい。って、はなしをしてみたい。昨日きのうからずっとモヤモヤしているのは、結局けっきょくは、そういうことなのだ。

 そんなボクのねがいを、かみさまはかなえてくれたのだろうか。ミハラ・ナツオとはなしをするチャンスは、すぐにおとずれた。

 おひるきゅうけいも、そろそろわりにしようかというころ──、

 ふたりの少年しょうねん整備工場せいびこうじょうにやってた。ひとりは、ジュンタという名まえで、以前いぜんにワンダラーズの入団にゅうだんテストをけたことのあるだった。

 そして、もうひとりが、あいつだった。

「オレは、ミハラ・ナツオ! 最近さいきんこのあたりにっこしてきたモンだ。ま、ひとつヨロシクたのむぜ。センパイ?」

 ボクらの見ているまえで、ナツオは、挑発ちょうはつするような自己じこ紹介しょうかいをした。

 オドオドしたジュンタくんとは対照的たいしょうてきで、そのふてぶてしい態度たいどのせいで、なかまたちはカチンときたみたいだ。

 生命いのちをかけて町をまもっているだけあって、なかまたちは、乱暴らんぼうなところがある。

 それを知っているのか、それとも知らないのか、ナツオはわざとみんなをおこらせるような態度たいどつづける。

「今ヒマだからさ、おまえらのワンダラーズにはいってやってもいいぜ?」

「ああバイク? 4さいのころからってたよ。ま、うではプロきゅうだぜ!」

 ……いったい、どうしちゃったんだろう?

 なぜケンカをふっかけるような態度たいどばかりするのだろう。ボクにはナツオのことがわからなかった。

 もし、ほんとうにチームにはいがあるのなら──チームのみだすようなことはしてほしくない……。

 とがめるような気持きもちでカレのことを見つめてみたが、ナツオは視線しせんったのに、ふいっと顔をらした。

 そして、整備せいびしたばかりのバイクにちかづくと、いきなりシートを手でたたいた。

「オレの地元じもとじゃ200まんなんてたりまえだったんだが? おまえらのバイクはかわいいもんだなぁ! てっきりデカい自転車じてんしゃかと思ったぜ!」

 なかまたちはみんなわらっている。でも、ボクはわらえなかった。

 常識じょうしきかんがえて、最大出力さいだいしゅつりょく200まんのバイクなんてあるはずがない。

 そんなものがあれば、宇宙うちゅうまでべてしまうだろう。

 そうなのだ、きっとこれはジョークなんだ。

 自分にそうかせてみても、こころのどこかで、もしかして、と思ってしまう。

 オレの地元じもと。……それって、まさかナツオのんでいた世界?

 と、そんなことをかんがえていたら、怒鳴どなごえがした。

「てめー。もういっぺんってみろ! おれのバイクをバカにしただろう!」

 なかまのひとりがちあがって、ナツオのむなぐらをつかんでいた。

 バイクのシートをたたかれたから、頭にきてしまったのだろう。

 ……いけない!

 こそナツオはおんなみたいだけど、ほんとうは、とてつもないきょうぼうせいかくっているんだ。ワンダラーズのなかでいちばん腕力わんりょくつよいボクですら、あやうくけそうになったほどのきょうぼうせいを……!

 ……だ、だめだ、ナツオにをだしたら!

 ワンダラーズのなかまは、ボクがまもらなきゃ!

「やめろ!」おもわずこえげてしまった。

 だが、その大声おおごえにおどろいたのか、ナツオはピタリとうごきをめる。ギリギリでったのだ。

「よせ。このケンカはあずからせてもらう」

「だ、だけどよ。リーダー。こいつ、オレのバイクをブジョクしたんだぜ?」

「わかっている。でも、あとはまかせてくれ」

 ボクはナツオになおる。

 ナツオは、ケンカを邪魔じゃまされて不満ふまんそうな顔をしていた。

 いまにもなぐりかかってきそうで、心臓しんぞうがキュッとちぢこまったけど。

 ボクはいてみたかったことを、質問しつもんしてみる。

「ひとつだけきたい。コンビニって知ってるか?」

 コンビニ。それは別世界べつせかいのざっかのことだ。

 いつだったかとうさんにいたはなしでは、別世界べつせかいにも日本にほんがあって、そこから女の人がまよいこんできたことがあったんだって。

 こことはちがう、べつの世界。

 いつのころからか、ボクはその世界にあこがれをいだくようになっていた。

 もしかしたら、ボク自身がまれわりたいからかもしれない……。

「コンビニ? なんのことだか知らねえな。コンビーフなら知ってるんだがな」

 ナツオは、質問しつもんにこたえた。

 でも、そのひとみがわずかにらいだのを、ボクは見のがさなかった。

 カレはウソをついている。

 ……そうか。ウソをつくんだね。でも、それならそれで、ボクにもかんがえがある。

「ナツオ。勝負しょうぶしろ」

 ボクは、ナツオにバイクの勝負しょうぶもうむ。

 本物ほんもののバイクりは、バイクにウソをつけない。

 これもとうさんがいっていたことだ。

 それをいたときは、正直しょうじきピンとこなかったけど、しんじてみるしかない。

 ナツオは、何からなにまで、わからないことだらけの少年しょうねんだけど。

 バイクで勝負しょうぶをすれば、ココロがすこしは見えるかもしれない。

 ──それにけてみよう。


 それから、10分後。ボクらは全員ぜんいん整備工場せいびこうじょううら移動いどうした。

 そこには、なおしたバイクをチェックするためのテストコースがある。

 うねうねしたみちや、坂道さかみちなど、たくさんのコースがあるけれど、ボクらの目的もくてきは、ながさ500メートルの直線ちょくせんコースだ。

勝負しょうぶは、チキンレースでおこなう」

 まると、ボクは宣言せんげんした。

 ナツオは、ふざけているのか「チキンライス? ああ、ウマイよね」という。

「ライスじゃない。レースだ。あれを見てくれ」

 そういって、コースのはるか前方ぜんぽうを、ゆびさす。

 コースのさきまりになっていて、ブロックかべちはだかっている。そのすぐ手前てまえに、ちいさなはたがあって、そよかぜらめいていた。

「ナツオ、あのはたが見えるか? あそこがゴールだ。バイクで同時にはしっていって、はたのゴールをさき通過つうかしたほうちだ」

はたがゴール?」ナツオはほそめた。「でも、すぐそこがかべじゃん?」

 そうだ、とボクはうなずく。「スピードをしすぎていると、ブレーキがわなくて、かべにつっこんでしまう。だが、スピードをさないと相手あいててない、というわけだ。理解りかいしたか? チキンレースがどういう勝負しょうぶなのか」

 つまりは度胸どきょうだめしだ。

 ビビって、さきにブレーキしたヤツが、けとなる。

 ワンダラーズの伝統的でんとうてき決闘方法けっとうほうほうである。

 そしてボクは、このチキンレースでいちどもけたことがない。

「へえ。オモシロソーじゃん?」ナツオはにやりとする。「ああっでも。……しまったぁ、そういえば、オレのバイク、修理しゅうりにだしているんだったー。めちゃくちゃオモシロソーな勝負しょうぶだけど、ざんねんだなぁ。バイクがないんじゃ……」

安心あんしんしてくれ。この勝負しょうぶは、おなじ条件じょうけんでやらないと意味いみがない。こちらで用意よういしたミニ・バイクをつかう」

 ボクがいうと、ナツオは何かをむような顔をした。

 なかまたちが、2だいのミニ・バイクを倉庫そうこからはこんできてくれる。

「え。電動でんどうキックボードじゃん?」とナツオは目を見開みひらいた。

「これはミニ・バイクだが?」

電動でんどうキックボードだよ。ていうか、オレの地元じもとではそうんでいたんだ」

 オレの地元じもと……。ナツオがいうからには、そうなのだろう。

 きっとべつの世界では、モノの名まえがことなることもあるんだ。

電動でんどうだかキックだか知らないが、このミニ・バイクは改造かいぞうしてある。フルスロットルなら500メートルを、35びょうはしることができる」

「へえ。たのしそうじゃん」

「ああ。まあな」

「ふーん。なあなあ、ちょっとためりしていいか?」

 どうぞ、とうなずくと、ナツオはうれしそうにミニ・バイクにった。

 ワンダラーズのメンバーに、操縦そうじゅう方法ほうほうをあれこれいているのだけど、ひとみがキラキラしていて、ほんとうにバイクがきなんだなってカンジ。

 ボクには理解りかいできないけど。

 おとこはみんな、メカがきってことになっている。

 でもボクは、おしゃれな洋服ようふくとか、きとおったガラスびんとか、24しょくのえんぴつとか、ドライフラワーのポプリとか、そういうモノのほうきだ。

 子どものころからずっと。

 なぜボクは、ほかのおとこちがうんだろう?

 そう思いながら、いままできてきた。

 キャッホーとナツオがたのしそうにミニ・バイクにっているのを見ると──

 うらやましいような、くやしいような、気持きもちになった。

 ワンダラーズのみんなとも、いつのまにかけていて、バイクをとおして仲良なかよくなれてしまうなんて、ズルい、とすら思う。

 ボクはたまらなくなって、こえをかける。

「もういいだろうナツオ。勝負しょうぶ時間じかんだ」

「──ああいいぜ。ミニ・バイク、大体だいたいわかった」

 ナツオはにやりとわらった。「龍之介りゅうのすけ、チキンライスで勝負しょうぶだ」

 ……だから、ちがう。チキンレースだってば。


 2だいのミニ・バイクがスタートラインの白線はくせんならぶ。

 勝負しょうぶ開始かいしちかづいていた。

 ボクとナツオは、ハンドルをにぎりながら、おたがいを意識いしきしている。

 いてもわらっても、1かいきりのチキンレースがはじまる。

「ゲット・レディ!(かくごを決めて)」

 スタートやくのかけごえが、緊張きんちょうしている。

 ボクのおでこにあせがつたう。

 何度なんど勝負しょうぶしてるけど、この瞬間しゅんかんはいつもあせにじんでしまうんだ。

 500メートルさきのゴールのはたを、じっと見つめる。

スリーツーワン。……GOゴー!」

 スタートやくが、りおろされた。

 ボクもナツオも、地面じめんりながら、バイクをスタートさせた。

 ウイィーンとモーターが、電気でんきちからでもうれつに回転かいてんをはじめる。

 ナツオのバイクが、ボクよりもすうメートルさきはしっていく。

 体重たいじゅうちがうから、スタート直後ちょくごはどうしてもボクが不利ふりだ。

 だけど、あせることはない。

 チキンレースは、いつブレーキをかけるかの勝負しょうぶだからだ。

 ビビってはやめにブレーキしたほうけだ。

 500メートルをはしるのに、およそ35びょう

(5……6……7……8……9びょう、……10びょう

 いつものように、ボクはこころのなかでかずをかぞえる。

 目安めやすとしては、20びょうか21びょうでブレーキをするのが、ちょうどいい。

 それよりおそいと、かべにぶつからずにまるのが、むずかしくなる。

 そしてデッドラインは、30びょうだ。

 30びょうぎると、たとえブレーキをかけたとしても、かなりの速度そくどかべにつっこむことになってしまう。ほぼ確実かくじつに、おお怪我けがだ。

(12……13……14……15びょう

 15びょう経過けいかしたけど、ナツオとの距離きょりちぢまらなかった。

 おくびょうものなら、そろそろブレーキしはじめるタイミングなのに。

 さすが、といったところか。

 はじめてなのに、たいした勇気ゆうきだ。

(16……17……18……)

 エンジン全開フルスロットル。ミニ・バイクはついに最高速度ターミナルベロシティ

 リミッターをはずしてあるから、時速じそく50キロは出ているだろう。

 かいかぜをダイレクトにめるため、いきをすることもむずかしい。

 ナツオはまだブレーキしないのだろうか?

 さすがに不安ふあんになってきた。(19……20……)まだしないのか、ブレーキは?

「う、うわぁああああああああっっ!!!」

 とつじょ、ナツオが、雄叫おたけびをあげた。

 まっすぐまえを見つめながら──しかし、ブレーキをする気配けはいはない。

 ……なに!? どうしたの!?

 そんなことをかんがえているあいだにも、

 ゴールのさきにあるかべが、ぐんぐんとちかづいてくる……!

(21……22……23びょう! ……24びょう!!)

 このままじゃマズイ! かべにフルスピードでつっこんでしまう!

「ナツオッ!」ボクはさけぶ。「ブレーキしろッ! 死ぬかッッ!?」

「うわぁあああああああぁん、まれないっ、まれないっ!」

「ナツオォッッ!」

まれないっ、まれないぃぃっ!」

 

 ナツオは、そうさけんでいた。

 ほんとうに死ぬか。死んでもいいと思っているのか。

 なぜ、そこまでして、

 キミははしつづけるんだ────

まれないぃいいいい、と、と、まれないんだよぉおおおっ!!!」

 かべが。

 ちかづいてくる。

「──くっ!!!!!」

 ボクは、跳躍んだ。

 バイクで体当たいあたりするようにして、ナツオを強引ごういんめた。

 うでばして、きしめる。

 そしてカレをつつみこむようにしながら、地面じめんとの激突げきとつに、そなえた。

 ガッ!

 まえがホワイトアウトした。

 ゴロゴロゴロゴロッ!とすさまじいいきおいで、地面じめんころがる。

 そのあいだ、ボクは夢中むちゅうでナツオをきかかえていた。

 からだがバラバラになってしまいそうな激痛げきつう何度なんどもおそってきて、こえをあげることすらできない。

 頭はたなかったけど、さすがのボクも、いっしゅん気絶きぜつしたみたいで。

 がついたら、あおむけになって、そら見上みあげていた。

 ──よかった、きている。しんじられない。

 最初さいしょに、そう思った。そして、つぎにこう思った。

 ──ああ。なんてきれいな、かぎりなくきとおった青(ブルー)なんだろう。

 きようとしたけど、うごけなくて、ボクはそのままそらを見つめる。

 地上ちじょうのちっぽけなボクとくらべれば、そらはどこまでもひろくて、見ているだけで、どこへでもけそうながしてくる。

「く、くるしい……」

 むねのあたりからこえが聞こえた。

 そうだ、ナツオをきつくきしめたままだった。

「あ。ああ。わるい」

 いていたゆるめて、がり、ボクは地面じめんにあぐらをかく。

 ナツオもがると、「げほごほ」とせきをする。

 かべを見ると、2だいのミニ・バイクがからまるようにたおれ、うえいたタイヤが回転かいてんしていた。ぶつかったショックが、それほどはげしかったということだ。

「ごめん。キックボード、こわしちまったな」

「ン……ああ。ミニ・バイクのことか。にするな。それよりケガはないか?」

「お、おう。ぜんぜん平気へいきだ……ぜっ」

 ナツオは「へへっ」とわらった。もしかしたら死んでいたかもしれないのに、まるで何事なにごともなかったかのような、無邪気むじゃき笑顔えがお

 たかがバイクの勝負しょうぶくらいで。

 なぜそこまで本気ほんきになる、……いや、なれるのだろう。

「あっ。龍之介りゅうのすけ、ケガしてる!」

 ナツオがゆびさすので見ると、手首てくびがすりむけて、が出ていた。

 あれだけのことをして、よくぞこれだけのケガでんだものだ。

「まあ平気へいきだ。たいしたことない」

「だ、だめだ。がでてるよ! 見せてみろよ!」

「ナ、ナツオ……」

 ボクはおどろいた。ナツオがきそうになっている……?

 ……なぜ?

 自分の生命いのちは、あっさりとてようとするのに。

 他人たにんのケガでは、こんな悲哀かなしそうな顔をするなんて。

「そうだ。オレ、バンソウコウもってるんだ!」とカレはショートパンツのポケットにをつっこんだ。「しょっちゅうケガするから、おやにいつもポケットにいれておくようにって、いわれててさ!」

 ナツオは、バンソウコウをってくれた。

 ボクは心臓しんぞうまりそうになる。

 なぜって? バンソウコウが、とってもかわいかったからだ。

 うさぎのキャラクターがプリントされていて、パステルカラーで。サンリオっていてあるから、このうさぎがサンリオちゃんっていうのかな?

「……あ、わりぃ。そんなモンしかなくて。ちょっと女物おんなものみたいだよな」

「……いや。べつに」

らなかったら、ててくれ」

「……いや、これでいい」

 ボクは、わざとぶっきらぼうにいう。

 内心ないしんではドキドキしているのが、バレないように。

 顔をそむけて、こっそりと手首てくびのバンソウコウを見る。

 やーん……かわいい! なんだか、自分の手首てくびじゃないみたい……!


「リィダァーアア!」という、みんなのこえこえてきたのは、そのときだった。

 みんな、顔をあせなみだでゆがめて、まっすぐにこちらにはしってくる。

「リーダー! 無事ぶじですか!」「ケガはありませんかっ?」「リーダー!」

 あっというにボクのまわりをかこみ、しゃべりはじめた。

「つうかすげえッ、すげえ勝負しょうぶみちゃったよ!」「感動かんどうしました!」「ふたりともマジでやばかった! だって、どちらもブレーキしなかったんだからな!」「ああ。こんなことは前代未聞ぜんだいみもんだぜ! 最後さいご最後さいごまでブレーキしなかったんだ!」

「で、でもよ」とひかえめなこえがいう。「そうすると、勝負しょうぶはどうなるんだ。だって、結果的けっかてきに、どちらもゴールしていないんだぜ?」

 ……ああそうだ。そういえば勝負しょうぶしてたんだったな。

 ボクはぼんやり思う。

 勝敗しょうはい、どうしようか。もう、どうでもよくなってきちゃったんだけど。

 そう思っていたら、同じ感想かんそうだったのは、ボクだけじゃなかったみたいだ。

関係かんけいあるか? おれらのなかに、最後さいごまでブレーキしないようなイカレたクソ野郎やろうはいるかよ?」「そのとおりだ! 勝負しょうぶなんてどうでもいいぜ!」 「ああ!」

 なかまたちは、口々くちぐちにいいながら、ナツオをかこむ。

 かたをつぎからつぎへとたたくのは、称賛しょうさんのあかしだ。

「ケッ。さいしょはオンナみたいなヤロウがたと思ったけど、コゾー、おまえなかなかやるじゃねーか?!」

 バイクをブジョクされたといきどおっていたあいつも、ナツオをみとめるしかないようだ。

 みんなは、真剣しんけん表情ひょうじょうでボクになおった。

「リーダーおねがいします!」「リーダー!」「ナツオの加入かにゅうゆるしてください!」

 アツ眼差まなざしが、さってくるようだった。

 まさか、ここまでチームのこころうごかしてしまうなんて。

 フッ、とボクは思わずわらってしまった。「……どうやらワンダラーズのメンバーに、トンデモないくわわったようだぜ!」

 ボクがそういうと、みんなは「ワッ」と歓声かんせいをあげる。

 そして祝福しゅくふくするように、新入しんいりをたたきはじめる。

 ナツオもうれしそうだ。「いたいッ、いやマジでいたいですって!」とわらっている。

「やれやれ……」

 ボクはかみをかきあげた。

 さいしょに出逢であったときの、けもののような顔。危険きけんたのしむかのような顔。

 そして、再会さいかいしたあとは、挑発ちょうはつするような顔や、こころからバイクをたのしむような顔と、くるくるとまぐるしくナツオが見せる表情カオわっていく──。

 どれがほんとうのカレなんだろう。

 ボクには、ナツオのことがわからなかった。

 でも、今は、それほどわる気分きぶんじゃない。

 そんなことをかんがえていたら──

「あれぇ、リーダーどうしたんすかそのバンソウコウ! カワイイじゃないすか!」

 と、なかまのひとりがそうって、

「ば、バッカヤロウッッ!」

 と、ボクはあわててバンソウコウをった手首てくびかくした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る