#9

 なぞのノイズの正体しょうたいたしかめるべく、ボクらは発信源はっしんげんとおもわれるエリアの調査ちょうさをはじめた。バイクのエンジンをサイレントモードにして、できるだけおとてないようにして、路地ろじから路地ろじはしっていく。

「…………」

 さすがに、緊張きんちょうする。

 ノイズの発信源はっしんげんは、おおまかにこのあたりとしかわからない。

 ここらは、ボロボロになった家屋かおくだらけで、むかしここでおおきなたたかいがあったことが想像そうぞうできた。きっと本来ほんらいは、おだやかな住宅地じゅうたくちだったのだろう。でもいまは、まともにのこっているいえはなく、見わたすかぎりかれたすみのようないろをしている。

 むかし、まだひとつの国家こっかだったころ、日本はユニボーンとたたかった。

 日本だけじゃなく、世界中せかいじゅうが。

 結果けっか人類じんるい判定負はんていまけで、いまのボクらはあいつらにのがされてきている。

 交差点こうさてんにさしかかると、道路どうろ標識ひょうしきに、


 霞ヶ浦 30キロ


 とあった。

 霞ヶ浦かすみがうらや、そのさき関東かんとうエリアには、もはやだれもちかよれない。

 風早市かぜはやしなんかとはくらべものにならないほど巨大きょだいなユニボーンのがあるからだ。

「リーダー、このさきはきけんです。道路どうろがふさがってます」

 なかまのバイクがちかづいてきて、ボクにおしえてくれた。

 人間にんげんんでいないエリアは、こういった通行止つうこうどめがちょくちょくある。

 道路どうろなおすひとが、もういないからだ。

「どうだ。なにつけたか?」

「なにもありませんね。あれからノイズもとだえてしまったし」

「そうだな……」

「フレンドをうってみます? むこうからてくれるかも」

 フレンド、というのは、英語えいごで「ともだち」という意味いみだ。

 ボクらのバイクには、フレンドという装置そうちがついていて、ユニボーンに信号しんごうおくることができる。

 この信号しんごうは「おれはともだちだぞ」という内容ないようで、けとったユニボーンは、味方みかたちかくにいるとカンちがいして、ちかよってくる。

 その習性しゅうせい利用りようして、まちそとへおびきだし、いはらうのだ。

「……いや。やめておこう。ここでフレンドをうつのはあぶなすぎる」

 とボクはいう。

「……ですね。どこにいるか、わかりませんし」

 なかまは、ブルッとぶるいした。

「あのって、こういう場所ばしょのことをいうんですかね。気味きみがわるい……」

 そのとき、ピッ、とおとがして、無線通信むせんつうしんがはいった。

〈リーダーたいへんです〉

「どうした?」

〈とだえていたノイズが再開さいかいしました。あれから、大幅おおはば移動いどうしています。現在げんざい、ストレンジャーは、まち中心ちゅうしんから5キロの位置いち

 ボクはクラッとめまいにおそわれた。

 くそっ。どこかですれちがってしまったのか?

 5キロの位置いち

 なんてこった、それってまちかこ防壁ぼうへきのあたりじゃないか!?

〈リーダー、どうしますか?〉

 あせりがむねにひろがっていくが、まわりにさとられてはいけない。

 すぐに返答へんとうする。

「これから全力ぜんりょくかえす。そっちは緊急きんきゅうアラームの要請ようせいしてくれ」

〈りょうかい。はやくもどってきてくださいね。通信つうしんわります〉

 あわただしく通信つうしんはきれた。

 ボクはバイクをユーターンさせると、ちからいっぱいさけぶ。

「おまえらブッばしてかえすぞ!! ケツにおもいっきりちからいれていけ!!」


      ◯


 町長ちょうちょうさんのバイクは、ハーレー・ダビッドソンという名まえです。

 いっしょにはしっていると、ドッドッドドッとめちゃくちゃうるさい。

 検問所けんもんじょたわたしたちは、外周がいしゅうコースという久慈町くじちょうのカベのまわりをぐるっとまわる道路どうろはしっていました。

〈ピコン! あらたな地図ちずデータを発見はっけんしました!〉

 わたしのAIエーアイちゃんは、たまに〈データをダウンロードしていいですか?〉って許可きょかもとめてきたりして、こっちもなかなかうるさい。

 はじめてのそと世界せかいに、コウフンしているみたいでした。AIエーアイのくせに。

 バイクにっているだけなのに、やることおおいなぁと思っていると。

 ふと、町長ちょうちょうさんがハーレーをめました。

 バイクには、タクシーみたいな無線機むせんきがついていて、それを使つかって通信つうしんをしています。わたしがとなりに三輪車さんりんしゃ停止ていしさせると、

夏生なつお。すまんがツーリングはこれで中断ちゅうだんだ」というのです。

「どうかしたんです?」

「うん。ちょっとやっかいなことになった」

「トラブルですか?」

「そんなところだ。わるいがおれかなくちゃならん。オマエひとりでかえってくれ」

「ええっ。でもみちがわからないですよ?」

「だいじょうぶ、こういうときのためにAIエーアイがある」とくびばすようにして、町長ちょうちょうさんははなしかけます。「いていたか? 夏生なつおをもとの場所ばしょおくりとどけてくれ。みちきかえすだけでいい」

 わたしのAIエーアイちゃんは〈りょうかい〉とこたえます。

 さっき地図ちずデータをダウンロードしていたけど。

 まれたばかりのヨチヨチなのに、だいじょうぶかなぁ。

 そんな不安ふあんみつぶしていると、わたしの目はミョーなものを発見はっけんします。

 50メートルくらいさき十字路じゅうじろ交差点こうさてんがあるのですが。

 そのかどから、なにかがのっそりと姿すがたをあらわしたんです。

 人間にんげんではありません。

 見た目は、アリとかハチにていました。

 おおきさは、たぶんうまとかうしくらい。

 6ほんあし器用きようにあやつるそれは、交差点こうさてんのまんなかにるとまります。しろなボディをぴかぴかと太陽たいよう反射はんしゃさせ、あたりを見回みまわしています。

 あまりにもウソくさい光景こうけいに、わたしは呆然ぼうぜんとしました。

 あのアリみたいなロボット──おぼえがある。

夏生なつおけ」

 となりを見ると、町長ちょうちょうさんはあせをおでこにかべながら、はなしかけてきました。

「いいか。おれはこれからフレンドという装置そうち使つかう。するとあいつはおれ味方みかただとカンちがいして、ちかづいてくる。時間じかんをかせぐから、そのあいだにげるんだ」

 つまり、町長ちょうちょうさんは「オトリになる」といっているのです。

 わたしをがすために。

 それは理解りかいできたんだけど──

 あれ、なんでこんなことになっちゃったんだろ?

 まちちかくにはてきがやってないんじゃなかったの?

「でも、町長ちょうちょうさん……」

「でもはナシだ。だいじょうぶ、おれのバイクならげきれる。おまえはなに心配しんぱいしなくていい。AIエーアイ自動運転じどううんてんで、まちおくりとどけてくれる」

 いいな。とコワイ顔でにらまれてしまい、わたしは仕方しかたなくくびをタテにします。

 いやな予感よかんがしました。

 おとなが強引ごういんに何かしようとするときは、よくないことがきているときです。

 もしかして、ものすごくピンチなのでは?

 そう思うと、からだがふるえてきました。 

「よしいい子だ。AIエーアイたち、準備じゅんびはいいか? 5びょうカウントする」

 町長ちょうちょうさんは、バイクにりつけられたニセモノの知能ちのうにもびかけます。

〈りょうかい〉〈りょうかい〉

 2つのこえがハモりました。

 かたほうは、町長ちょうちょうさんのAIエーアイです。

「5。4。3。2。1……ゼロ! 送信しろ!」

敵味方識別信号送信てきみかたしきべつしんごうそうしん。アカウント〝グラスホッパー〟toアカウント〝rage2;.∑p〟〉


 わたしの三輪車さんりんしゃはきゅるきゅるきゅるきゅるというすごいおとをだして急発進きゅうはっしん

 いっしゅんゴムのけるようなイヤなニオイがしたとおもいきや。

 それがまぼろしだったと思うほど、ニオイをはるか後方こうほうりにして、

 みちを、全速力ぜんそくりょくかえしはじめました。

〈マスター、しっかりつかまって!〉

 わたしのAIエーアイちゃんがいいました。

 いわれなくてもそのつもりです。

 町長ちょうちょうさんのことも心配しんぱいだけど、ぶじにかえれるのかも心配しんぱいでした。

 さっきからずっと、いやな予感よかんつづいています。

 ああ、こういうときにかぎって、予感よかんってあたるんです!

〈マスター、まずいことになりました〉

「なに? どうしたの?」

〈ちょっとうしろを見てください〉

「は?」

 ふりかえります。

 運転うんてんはすべてAIエーアイちゃんがやってくれているので、まえを見ていなくたってかまいません。ふりかえると、ドダダダ!とアスファルトをりながら、アリのかたちをしたロボットがいかけてくるのが見えました。

「えっ! コッチをいかけてきてる? ねえっいかけてきてるよねっ!?」

〈そうみたいです〉

「ちょちょ、ちょっとっ!? なんでっ? はなしちがうよおっっ??」

 町長ちょうちょうさんがオトリになるってはなしだったのに、

 どーしてコッチがねらわれているのか!

〈むこう、はやいです。このままではいつかれます〉

いつかれたらヤバいんじゃないのっ、わたしたちっ?」 

〈ルートを変更へんこうしてもいいですか? とおまわりになってしまいますが〉

「わかんないからまかせる! てか、まかせるしかないでしょっ!」

〈では、ルート変更へんこう……ピコン! あらたな地図ちずデータを発見はっけんしました!〉

 うちのAIエーアイちゃん、呑気のんきすぎる……!

 ダウンロードでもなんでもいいから、はやくしてはやく!

 そこで町長ちょうちょうさんから無線むせんがはいります。

町長ちょうちょうさんが通話つうわもとめてきています、つなぎますか?〉

 無線機むせんきをいちいち操作そうさしなくても、AIエーアイちゃんがやってくれます。

「いいよ、つないで!」

 そううと、ザッとノイズがして、

〈……夏生なつおか! どうなっている!〉

「知りませんよおっ、あいつにいかけられているんですが!?」

〈おまえ、まさかフレンド装置そうちいじってないよな?〉

「いじってません! ドレがソレか、わからないし!」

〈だよな……で、AIエーアイはなんといってる? げられそうか?〉

げるためにルート変更へんこうするって! だいじょうぶなんですかこれぇ!」

しんじるしかない。くりかえすが、いまオマエがっているのは、バリバリにカスタムされたちょうハイテクマシーンだ〉

三輪車さんりんしゃですけどねぇ……」

「とにかく、こっちでも対応たいおうかんがえてみるから、それまでげつづけろ。いいな?」

「はいぃ、がんばりますう。……でも、はやいところたのみます!」

 無線むせんはきれました。

 音声おんせいは、ふたたびわたしのAIエーアイちゃんにもどって、

〈マスター、ルート計算けいさんわりました。つぎ、左折させつしますね!〉

 というなり、交差点こうさてんをものすごいいきおいでひだりがります。

 ぎゃりぎゃりぎゃり!っと、あししたで何かがこすれるおとがしています。

 車輪しゃりん片方かたほういちゃってる!

〈つぎ右折うせつ、さらに左折させつで、500メートルで目的地もくてきち周辺しゅうへん!〉

「どこくのっっ?」

高速道路こうそくどうろにのります〉

「なぜっ? ホワイッ?」

〈スピードはこっちがうえなんです。ててマスター、高速道路こうそくどうろでブッちぎってやる!〉

「あなた、おおすぎないっ?」

 わたしをせた三輪車さんりんしゃはしつづけ、町をどんどんはなれていきます。

 道路どうろこわれた自動車じどうしゃ放置ほうちされ、アスファルトがひびわれ、れた電線でんせんがたれがり、ゾンビ映画えいがにでてくるまちのようなてたフンイキになってきました。

 りかえると、アリロボットはしつこくしつこくいかけてきています。

 わたしたちが、おいしそうなキャンディーに見えているのでしょうか。 

 いい加減かげんあきらめてくれとさけびたい。

 そんなときでした。

嶋村龍之介しまむらりゅうのすけさんが通話つうわもとめてきています、つなぎますか?〉

「……! つないで! はやく!」

 即答そくとうしました。

 無線むせんがつながるときの、ザザッというおとがして、

夏生なつお無事ぶじか!?〉

龍之介りゅうのすけ!」

なにやってるんだオマエは! どうしてバイクなんかにっている!?〉

 いきなり怒鳴どなられました。

「こ、これには理由りゆうが! あれから、いろいろあって……」

〈くわしくはかえってからいてやる! とにかく無事ぶじなんだな?〉

無事ぶじとまではいえないけど、いちおう……!」

〈わかった。ワンダラーズのメンバーに出動しゅつどうをかけた! いま、みんなでたすけにかってるから、それまでげつづけろ! AIエーアイっているんだよな?〉

「う、うん。あるけど……」

〈じゃあ、今はAIエーアイ運転うんてんしんじろ〉

「でも高速道路こうそくどうろにのるんだって! まだのってないけど! そっちは今どこ?」

〈こっちは……で、おまえを……さが……すために……だ……〉

 音声おんせいにノイズがざりはじめました。

龍之介りゅうのすけ! 龍之介りゅうのすけ! どうしたの!」

〈……〉

 ザッザザザッとひときわおおきなノイズがはいったかと思うと、キーンとみみいたくなるようなカンだかおとながれます。それがおさまると、

夏生なつお

 とびかけがありました。

 ですが、それは龍之介りゅうのすけこえではありませんでした。

夏生なつおこえる・夏生なつお、……こえていたらこたえてちょうだい……〉

 いたことがあるこえなのですが、ふっとうしそうにあつくなったあたまでは、冷静れいせいることができません。

 3びょうほどおくれて、ようやく、

「か、梶原かじわら、トーカ!!?」

 と相手あいての名まえをくちにします。

 梶原かじわらトーカ。

 わたしをこの世界に(おそらくは)おくりこんだ張本人ちょうほんにん

 きっとこっちにていると思っていたけど、やはりそのとおりだった。

 もとの世界にかえしてもらうために、なんとしてでもつけなくてはと思っていた相手あいてが、まさかこうからるとは!

梶原かじわらトーカ、あんたねえ!!」

夏生なつお? 夏生なつおなのね? やっと見つけた!〉

夏生なつおなのね?じゃないよっ!! なにしてくれてんのアンタは!!」

〈それはこっちのセリフ! 勝手かってにどこか行っちゃダメでしょ! ケータイもつながらないしさぁ! 電源でんげんはいつもつけててよ!〉

「なんで迷子まいごしかるお母さんみたいなことってんの!!」

 イライラしてわたしはさけびました。

「ねえっ、ひとつきたいんだけど、アンタだよねっ? アンタがわたしをこの世界につれてきたんでしょ?」

 梶原かじわらトーカは、

〈そうだよ? ほかにだれがいるっていうの?〉

 と、こたえました。

 まるでわるびれることなく、です。

「なんで!? なんのためにっ? いったいなにがしたいのっ?」

夏生なつお仕事しごとたのみたいから〉

「しごと? なにそれっ?」

〈それはったときにはなす! それで夏生なつお、今どこいるの?〉

おしえない! もとの世界にもどしてくれるってなら、おしえてもいいけど!?」

〈まあまあ。まずははなしをしよ? そっちにいくからさ?〉

「いや、マジでそれどころじゃないんだって! あとでかけなおして?!」

 イライラがマックスになってさけぶと、

〈あっそ。じゃあいいよもう! こっちでやっちゃうから!〉

 と、いきなり通話つうわがきれました。

 まったく、最初さいしょから最後さいごまで勝手かってなヤツです。

 ところで、無線むせんって、電話でんわみたいに履歴りれきのこるのでしょうか?

 もういちどおなじ相手あいて通話つうわすることはできるのでしょうか? 

「……AIエーアイちゃん? こえる?」

 質問しつもんしようとして、びかけます。

 さっきまでなら、すぐにAIエーアイちゃんの音声おんせい復帰ふっきするのですが。

 今回こんかいはなかなかもどりませんでした。

 しばらくして、

〈マスター、やられました〉

 と、AIエーアイちゃんのこえがしました。

〈げんざい、わたしは何者なにものかからのハッキングをけています〉

「ハッキング? ハッキングってなに??」

不正ふせいアクセスのことです。だれかが、わたしをあやつろうとしています〉

 不正ふせいアクセス。

 ニュースでしかかない言葉ことばに、ドキリとしました。

「なにそれ? だいじょうぶ?」

〈げんざい、ていこうちゅう、ハッキングをくいとめています〉

 指先ゆびさきが、サーッとつめたくなっていきます。

 あやつられそうになっている? 不正ふせいアクセス?

 こんなときに、なんで?

 たよれるのは、AIエーアイちゃんだけなのに。

 そのAIエーアイちゃんがダメになってしまったら、どうしたらいいの?

 背後はいごには、アリのロボットがせまってきています。

 まだげきれていません。

 カーブをがるときにどうしてもブレーキするから、そのときにちょっとずついつかれているようながします。

〈あっ〉

 みじかくAIエーアイちゃんがさけびました。

「なにっ。どうしたっ?」

〈やられました。オートパイロットをのっとられました〉

「オートパイロット?」

自動じどう操縦そうじゅうのことです。ルートも変更へんこうされました〉

「つまり……?」

〈ごめんなさいマスター。わたしたち、これからどこにくのかわかりません〉

 AIエーアイちゃんが絶望ぜつぼうげるのと同時どうじに、高速道路こうそくどうろ料金所りょうきんじょ通過つうかします。

 ここからさきは、高速道路こうそくどうろのゾーンです。

「…………」

 ヤバすぎて、きそうになりました。

 スピードはぐんぐんしていき、まちからどんどんはなれていきます。

 きてかえれる可能性かのうせいが1びょうごとにっていくようでした。

 たとえアリロボットからげきれたとしても、まったくらない場所ばしょ迷子まいごになってしまったら、もうたすかるとは思えません。

「オートパイロット、うばいかえせる?」

〈やってみます。が、ムリかもしれません……〉

「…………」

〈ごめんなさい、わたしのせいです〉

「……しかたないよ、あなたまれたばかりだもん」

 くちではそういいながら、きさけびたい気持きもちでいっぱいでした。

 でも、そんなことをしても、なんの意味いみもありません。

 たすかる方法ほうほうを、かんがえなくては。

 どうすればいいんだろう。

 まだできることが、のこっているんだろうか。

 ……いや、ほんとうはひとつだけあります。

 でも、それにはちょっぴり……いや、かなりの勇気ゆうき必要ひつようで。

 結局けっきょくは、この問題もんだいにぶちあたるのでした。

 ──自分のココロをさらけだす勇気ゆうきせるかどうか。

 ──ケンカした相手あいてに、たすけをもとめられるかどうか。

 こたえはすでにまっていました。

「……AIエーアイちゃん、通話つうわはできそう?」

〈はい、なんとか。……だれにおつなぎしましょうか?〉

龍之介りゅうのすけに。龍之介りゅうのすけにつないで」

 そういうと、深呼吸しんこきゅうします。

 相手あいて通話つうわるのをちます。 

 ほんの5、6びょうのはずなのに、永遠えいえんのような時間じかんながれました。

 ──こまってるときだけ、たすけをもとめるの?

 あたまのなかで、イヤミなこえがそんなことをいいます。

 それは、もうひとりのわたしのこえでした。

 ──きっと相手あいてもそう思うよ? エラソーなこといってたくせにって。

 ──なさけないよ? かっこわるいよ?

 ──はずかしいおもいするくらいなら、たすけをもとめるなんてめたほうよくない?

 もうひとりのわたしは、いろんなことをいってきます。

 どれもこれも、ココロのよわいところをビシバシついてきます。

 ──やめようよ?

 ──かっこわるいところ、られたくないでしょ?

 ──られるくらいなら死んだほうがマシじゃない?

 こえけてしまいそうになります。

 そのとき。ザザッとおとがして、無線むせんがつながりました。

夏生なつお! どうした!?〉

 相手あいてこえがします。

龍之介りゅうのすけ!」わたしはさけびました。「おねがい、たすけてにきて! こんなことたのめる立場たちばじゃないのわかってる! でも、たすけにきて! もうひとりじゃムリ!」

〈オマエ、なにをいっている?〉

 龍之介りゅうのすけはいいました。

 ひくこえで。

「い、いまさら、どのつらさげてってはなしだよね……! こまったときだけたすけてもらおうとするなんて。……でも、それでも、……たすけにきてしいよぉ!!」

 きそうになりながら、さけびました。

 たよれる人間にんげんが、龍之介りゅうのすけしかいないんです。

〈だから。オマエはなにをいっているんだ?〉

 龍之介りゅうのすけは同じことをくりかえします。

 それから〈夏生なつおひだりを見ろ〉といいました。

「……ひだり?」

〈ああ。もうすぐえてくるはずだ。もうすぐ、あとちょい……〉

 高速道路こうそくどうろはまっすぐなみちですが、ところどころにわきみちがあります。

 べつ料金所りょうきんじょからはいった場合ばあいに、合流ごうりゅうするためのわきみちなのです。

 そのみちを、1だいのバイクがものすごいいきおいでのぼってきました。

 おぼえのあるバイクです!

 さかをいっきにけあがると、そのバイクはスピードがすぎていたせいで、バッ!!と空中くうちゅうびだしました。

 着地ちゃくちするとき、本体ほんたいこすれて火花ひばなります。

 バイクはひかりのしっぽをらしながら、みぎひだりに、ダンスするようにはしりました。

 スピードを調整ちょうせいして、わたしのとなりにならびます。

 そのひとは、ヘルメットのフェイスガードをげて、

夏生なつお!」

 とさけびました。

龍之介りゅうのすけ!」

 と、わたしもさけびかえします。

 龍之介りゅうのすけだ! 無線むせんじゃなく、本物ほんものがすぐとなりにいる!

たすけにきてくれたのっ?」

「ああ。どうしてたすけにこないと思ったんだ!?」

「だって。……さっきヒドイこといっちゃったから……!」

「チッ。められたモンだ。おれはリーダーだぜ? チームのメンバーがヤバいにあっているっていうのに、ないワケがあるかよ!」

 龍之介りゅうのすけこえは、そっけなかったけど、いつもどおりでした。

 ちっぽけなのは、わたしでした。

 ひとりでワタワタして、ひとりでオタオタ不安ふあんになっていたけど。

 そんなもの、りとばしてやればよかった。

「それより夏生なつおおしえてくれ。今どういう状況じょうきょうだ?」

 龍之介りゅうのすけ大声おおごえげます。

 ハッとして、わたしは説明せつめいします。

 AIエーアイちゃんが、何者なにものかからのハッキングをけたこと。

 そのせいでオートパイロットが使つかえなくて、バイクがコントロールできないままに、勝手かってはしつづけていること。

 たどたどしいけど、なんとか説明せつめいできたと思います。

「うーむ、なるほど。じゃあオートパイロットをとすしかないな」

とす?」

「むりやりシャットダウンさせる方法ほうほうがある」

「そんなことができるの?」

「ただ問題もんだいがある」龍之介りゅうのすけ前方ぜんぽうけます。「さっきAIエーアイにチェックさせたところ、この高速道路こうそくどうろはずっとさきのほうで、みちがとぎれているらしいんだ」

「とぎれている?」

「ああ。道路どうろなお人間にんげんがいないから。はしをささえている土台どだいこわれてしまって、ほうらくしている。アスファルトがちて、だいたい5メートルくらいのあながあいている。このままはしったら、おれたちもあなにおっこちる」

「ヤバいじゃん! はやくバイクめないと!」

「だが、バイクをめたら、いつかれる」

 龍之介りゅうのすけは、ちらりとうしろをりかえります。

 時速じそく100キロちかはやさでげているというのに、アリロボットはまだはしっていかけてきています。

 まえには道路どうろにあいたあなうしろにはアリロボット。

 やばい。どうしたらいいんだろう……。

夏生なつお

 びかけられて、かおげます。

 龍之介りゅうのすけがこちらをていました。

方法ほうほうは、ひとつしかない。まずオートパイロットを解除かいじょする。そしてオマエがバイクを操縦そうじゅうして、スピードを120キロまであげるんだ。計算けいさんでは、時速じそく120キロあれば、ジャンプしてあなびこえられる」

「……は? ごめん、いまなんてった?」

「ジャンプしてあなびこえられる、といった」

「……は? ……は?」

 あなを、トビコエラレル?

ぶんだ夏生なつお。それしかない。もちろんおれ一緒いっしょぶ」

「いやいやいや、むりむりむり!」わたしは、はげしく首をります。「しんじゃうよぉおっ、120キロでジャンプして着地ちゃくちにミスったらどーすんの? ぜっったいむり。マジで、ぜったい、ぜったい、ぜっっったいむり!」

「オマエのバイクは特別とくべつなバイクだ。本体ほんたいもタイヤもサスも最高級品さいこうきゅうひんがつかわれている。ジャンプしても問題もんだいなく着地ちゃくちできる」

「むりっむりっ、むーりぃっっ! きょうはじめてったんだよっ? こちとら、ピッカピカのシロウトなんだよっ? ぜったいコケる!!」

「だが、これしかない」

 龍之介りゅうのすけはいいました。

夏生なつお。おぼえているか、チキンライスだ」

「チキン……なぁにぃ?」

 ベソベソときながら、わたし。

「チキンライス! おもいだせ! おれとオマエの二人ふたり勝負しょうぶしたじゃないか! あのときとおなじだ! まれないならまらなきゃいい! あながあいてるならジャンプしちまえばいい! ブレーキなんかわすれて、二人ふたりでもういちどやろうぜ!」

「チキンライス……」

 わたしははなをすすります。

「それをいうなら、チキンレースでしょぉ……」

「いや、チキンライスでいいんだよ」

 龍之介りゅうのすけは、なぜかおかしそうに「ハハハッ」とわらいました。


「いいか。まずハンドルのレバーを両方りょうほうともく。10びょうキープ」

「10びょうキープ」

「よし。つぎにバイクの電源でんげんをおす。おしたまま、10びょうキープ」

 オートパイロットを解除かいじょするうらワザとのことです。

「さいごに、クラクションを5かいおす」

「クラクションを5かい

 龍之介りゅうのすけにいわれたままに、操作そうさします。

 クラクションを、1、2、3、4、5。……5かいおしました。

 ひゅううううん……とおとがして、エンジンおんがたよりなくなりました。

 スピードがどんどんおそくなっていきます。

「よし。ここからはオマエが操縦そうじゅうするんだ、アクセル全開ぜんかい!」

「アクセル全開ぜんかい!」

 緊張きんちょうしながら、わたしはくりかえします。

 スピードがもどってきました。89……90……時速じそく91キロ。

 すごいはやさです。

 このすごいはやさを、わたしがしているのです。わたしので。

〈マスターがんばって!〉

 AIエーアイちゃんがはげましてくれます。

〈その調子ちょうしですよ! うしろのてきと、距離きょりはなれてきましたよ!〉

「フフフ。いま時速じそく95キロ、……ハンドル操作そうさをまちがえたらどうなるんだろう」

〈だめですよ、そんなことかんがえちゃ!〉

 ついネガティブなことをかんがえてしまうのが、わたしという人間にんげんです。

 手汗てあせがべっとり。

 くちのなかはカラカラです。

余計よけいなことはかんがえるな」

 となりをはしっている龍之介りゅうのすけがいいました。

「それよりもっとスピードをだせ、もっともっとだ」

 これでも限界げんかいまでやっていますぅ。

 96……97……98キロ。時速じそく100キロ。

 ついに時速じそく100キロの大台おおだいえます。

「そろそろ、ほう落地点らくちてんだ。なにかんがえず、まっすぐにすすめ」

〈マスター! 着地ちゃくち瞬間しゅんかんは、わたしもサポートします!〉

「むこうぎしのほうが路面ろめんれている。ハンドルはいじらず、ショックをけながして、そのままはしりぬけるぞ」

 106……107……108。109。

えてきたぞ! ほう落地点らくちてんだ! もっとスピードをだせ! もっとだ!」

てきとの距離きょり、どんどんはなれていきます! スピードについてこれないようです!〉

「よし。計算けいさんのとおりだ!」

 110。112。114。

 わたしはなにかんがえず、ひたすらスピードをしめすメーターだけを全力ぜんりょくつめます。

 余計よけいなことをしたら、怖気おじけてしまうから。

 かんじていることや、かんがえていることをあたまからし、ただのマシーンになります。

 116。118。120。

 とうとう時速じそく120キロに到達とうたつしました。

 数字すうじが120になったなぁ、と思うだけでした。

 からだが、ふわりとがるようなカンジがします。

 あとはちょうハイテク三輪車さんりんしゃに任せるだけです。

飛翔ぼうぜ、夏生なつお

 かぜばされたけど、龍之介りゅうのすけこえいたようながしました。

 まえ高速道路こうそくどうろは、爆弾ばくだんでもとされたようにあながあいていて、鉄骨てっこつがはみています。すべてのひかりおととおのいていくようでした。

 すれちがった道路どうろ標識ひょうしきに、


 ↑ 東京


 といてあって、「ああこの道路どうろ東京とうきょうくんだぁ」とぼんやりと思いました。 

 重力じゅうりょくがフッとえてなくなって。

 わたしたちのバイクは青空あおぞらめがけて、とびっきりのジャンプ……!

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