#10




 そして。

 それから、どうなったかといえば──


 着地ちゃくちは、しんじられないほどうまくいきました。

 空中くうちゅうにものすごいはやさでしたてつのかたまりは、すぐに重力じゅうりょくにつかまっちゃって、あなびこしたこうへ、ぐんぐんきよせられていきます。

 ジェットコースターの100ばい迫力はくりょく地面じめんちかづいてきたかと思うと、みみがおかしくなるほどのおおきなおとがして、三輪車さんりんしゃはボールのようにはずみました。

 あばれるうまにまたがっていたら、きっとこんなカンジでしょう。

 それでもわたしは、どこもケガすることなく。

 いつまでもつづくかとおもわれた上下じょうげのはげしいうごきもおさまっていって。

 ついに三輪車さんりんしゃきをとりもどしたのです。

 あとでわかったことですが、AIエーアイちゃんががんばってくれたのでした。

 うまくちからせないのに、わたしをまもるためにバランスをとってくれたのです。

 三輪車さんりんしゃ──トライクはちょうハイテクマシーン、といっていた意味いみがわかります。

夏生なつお! アクセルをはなせ! もうまってもへいきだぞ!」

 龍之介りゅうのすけにいわれて、わたしはアクセルをゆるめます。

 ゆっくりとブレーキもかけます。 

 スピードはちていき、かおかんじるかぜもなくなっていき、ながれる景色けしきもノロノロとおそくなっていくと、それまでのことがユメだったような気分きぶんになりました。

 三輪車さんりんしゃまります。

 わたしはヘルメットをいで、三輪車さんりんしゃからりました。

 そして、地面じめんにへたりこんで、大泣おおなきしてしまいました。

 龍之介りゅうのすけて「なぜく?」とたずねましたが、自分でもわかりません。

 そのまま5分くらいき、なみだが出なくなっても、ヒックヒックとしゃっくりをします。

「ごめんね龍之介りゅうのすけ。わたし、ずっとウソをついていた……」

 たすけにきてくれた感謝かんしゃよりもさきに、そのことがくちをついててきました。

「わたし、おんななんだ。ほんとうは」

 とうとういってしまった。

 でも、後悔こうかいはありませんでした。

 龍之介りゅうのすけはヘルメットをって、ライオンのようなかみかぜになびかせます。

「ああ。っていたさ。そうだろうなって思っていた」

 ヒックヒックとしゃっくりしながら、わたしは「だけじゃない」といいます。

 もうひとつのウソも告白こくはくします。

「……じつは、もうひとつかくしていたことあるんだ。しんじられないかもしれないけど。わたし、この世界の人間にんげんじゃない。こことはちがう世界からたんだ」

 すると龍之介りゅうのすけは、かわぶくろで、くちおおいます。

 見下みおろしていたが、こころなしか見開みひらかれたようです。

 でも、予想よそうしていたほどおおきなリアクションではなくて。

「ああ。……じつは、そのこともなんとなくづいていた」というのです。

「……えっ。ウソ」

「まえにオヤジからいたことがあるんだ」

 ろされて、かくれていたくちえました。

 まるで、うれしいのをガマンしているようなくちでした。

「こことはちがう、べつの世界があるって。その世界からこっちに、人間にんげんまよいこんでくることがあるって。夏生なつおがそうじゃないかと思っていた」

「…………」

 なぁんだ。じゃあ、あらためてわなくても全部ぜんぶバレていたのか。

 おんなであることも。

 別世界べつせかいからたことも。

 なぁんだ。そうだったのか……。そうだったのかぁ……。 

「なんか。めちゃくゃモヤモヤする」と、わたしはいいました。「じゃあ、わざわざ告白こくはくすることもなかったってこと? だって、バレていたんでしょ?」

 龍之介りゅうのすけくびります。

 わたしと目線めせんわせるように、アスファルトにしゃがみました。

「いや。結果的けっかてきにはそうかもしれないが、はなしてくれてよかったと思う」

「そうかな?」

「ああ。すくなくともおれは、はなしをすることができて、よかったと思っている。人間にんげんは、言葉ことばにしないと相手あいてに何もつたえられないからな」

 どこかでいたようなセリフです。

 いったいどこでいたんだったかな?

 かんがえているあいだにも、龍之介りゅうのすけつづけています。

気持きもちをつたえる言葉ことばだって、きっとりない。夏生なつおはなしをしてくれたし、おれはなしをした。でも、カンちがいや、おもみや、言葉足ことばたらずや、そんないろんなことが、いっぱいあると思う。いつだって、ほんとうにただしく気持きもちをつたえることは、たぶんできないんだ」

「じゃあ、意味いみないじゃん」

「いや、そんなことはない。……だろ?」

「なぜ?」

「……だって。はなしをするのも、してくれるのも、うれしいから」

 龍之介りゅうのすけ笑顔えがおになりました。

 かわジャンのポケットにしこむと、あみぐるみのポンタくんをします。

 どもがごっこあそびをするように、左右さゆううごかして、

「おはなしきいてくれて、どうもありがとうございました」

 と腹話術ふくわじゅつのようなこえし、ポンタくんにぺこりとおじぎさせました。

 そのこえがあんまりおかしかったので、プッとしちゃいました。

「……いいえ。どういたしまして」

 わたしは深呼吸しんこきゅうのようにいききます。

 がった龍之介りゅうのすけばしてきたので、それをつかみます。

 がると、海風うみかぜかみをなでていきました。

 夢中むちゅうづかなかったのですが、ここはうみのそばをはし高速道路こうそくどうろなのです。

 どこかとおくから、バイクのおとと、おぼえのあるひとたちのこえちかづいてきました。


      ◯


 みなさん。おいいただき、ありがとうございます。

 このおはなしは、そろそろおわりです。

 そのにあった出来事できごとを、簡単かんたんにまとめます。


 ワンダラーズやほかの自警団じけいだん(20才前後さいぜんご大人おとなチーム)の活動かつどうもあって、無事ぶじ救助きゅうじょされたわたしと龍之介りゅうのすけは、そのあとしばらくうことができませんでした。

 わたしはトミサワさんにたっぷり事情聴取じじょうちょうしゅされましたし、龍之介りゅうのすけはいくつか規則きそくをやぶったとかで、自宅じたくきんしん処分しょぶんになったからです。

 たすけるためにしてくれたことだから、と抗議こうぎをしたけれど、いてもらえず、3日目みっかめよるになってようやくかおわせることができたのでした。

夏生なつお。もしかえるための方法ほうほうをさがすなら、おとこのフリはつづけたほうがいい」

 龍之介りゅうのすけは、うなり、そういました。

 わたしのやりかたはまちがっていない、というのです。

「このまちでは、女性じょせい行動こうどう自由じゆうがあまりないんだ。もし夏生なつおおんなだとバレたら、今よりもできることがすくなくなる。危険きけんではあるが、このままおとこのフリをしていたほうがいい」

「できるかなぁ……」

 じつはちょっぴり自信じしんがなくなっているのでした。

龍之介りゅうのすけにあっさりバレちゃったし、ほかひとにもバレちゃうかも。それに女子じょしっていろいろ必要ひつようなんだよ。いつまでおとこのフリできるかわからないよ」

「まあたしかに。簡単かんたんなことではない。でも、メリットがある以上いじょう、できるだけがんばってみるしかない。おれもサポートするさ」

 はげますように、龍之介りゅうのすけはうなずきます。

 ああ、きっと、ややこしいことがいっぱいきるんでしょうねえ。

 たった数日すうじつで、これだけややこしいことになったんですから。

 ドタバタ騒動そうどうかぶようです。

 でも、ま、やってみるしかないか、とも思うのです。


 梶原かじわらトーカについて。

 ハッキングしてきたのは梶原かじわらトーカではないか、と町長ちょうちょうさんはいいました。

何者なにものかしらんが、いまいちばん警戒けいかいしなくてはならない存在そんざいだ」

 そんなこともいいました。

 先日せんじつのユニボーンの事件じけん梶原かじわらトーカは、関係かんけいがあるのでしょうか。

 わかりません。

 あれから連絡れんらくしてこないし、どこにいるのかも不明ふめいなのです。

 でもなにかたくらんでいることは、まちがいないのです。


 うれしいこともありました。

 わたしのAIエーアイちゃんが、もとどおりに復旧ふっきゅうしたのです。

 本人ほんにんいわく、まえよりもパワーアップしたとのこと。

〈なにしろびしろしかないですからね! どんどんかしこくなりますよ、わたし!〉

 たのもしい言葉ことばでした。

〈もう二度にどととあんなブザマはせません、期待きたいしててくださいマスター!〉

 自信じしんたっぷりに、そんなことをいいます。

 今日きょうは、ワンダラーズの合同走行ごうどうそうこうテストの

 新人しんじんであるわたしも参加さんかすることになっています。

 ただはしるだけじゃおもしろくないってことで、レース形式けいしきで、1とうから5とうまでをめて、賞品しょうひんもでるみたいです。

〈ふっふっふ。このわたしとちょうハイテクマシーンであるトライクがわされば、おに金棒かなぼう賞品しょうひんはいただき、ですよね?〉

「そのおおさって、AIエーアイはみんなそうなの? それともあなただけ?」

個性こせいといってくださいよ、なんかウズウズするんです!〉

「まあいいや。今日きょうはがんばろうね、わたしのAIエーアイちゃん」

 三輪車さんりんしゃはしらせて、レース会場かいじょう到着とうちゃくすると、たくさんのバイクがちかまえていました。

 コースは、まちのまわりをぐるっとまわる外周がいしゅうコースとばれるものです。

 毎年まいとし恒例こうれいのためか、やじうまもたくさんいました。

夏生なつお! おーいおーい! 夏生なつおこっちだぁ!」

 ぴょんぴょんねているのは、ジュンタくんです。

「がんばれよおお! 応援おうえんしてっから!」

 わたしはヘルメットをちょっとげて、親指おやゆびててみせます。

 それをたジュンタくんは笑顔えがおなにかをさけびましたが、バイクのクラクションにそのこえされてしまいます。ふいぃいいーん、と電気でんきエンジン特有とくゆう回転音かいてんおんが、そこらじゅうでたかまっています。

 ならんだバイクの中央ちゅうおうグループに、龍之介りゅうのすけがいました。

 あいつは前年度ぜんねんど優勝者ゆうしょうしゃらしいです。

〈でも今年ことしは、はたしてどうかな?〉

 ……と、AIエーアイちゃんが不敵ふてきこえでいいました。

 龍之介りゅうのすけが、いきなりりかえりました。

 たくさんのバイクのなかから、わたしをつけだすと、人差ひとさゆびを、ビシッときつけてきます。

「なんだ、いまの?」

〈どうかしたんですか?〉

「なんか龍之介りゅうのすけがいきなりゆびさしてきた」

〈えっ。それって挑発ちょうはつですよマスター! ケンカってきてるんですよ!?〉

 AIエーアイちゃんがきゅうにうるさくなりました。

「そうかなぁ? ホントにそんな意味いみ?」

〈そうですよ! かかってこいって意味いみです!〉

 機械きかいのくせに、えているようです。

 ……ま、いいんだけど。わたしもちょっとだけテンションがってきたし。

 しろくろのチェック模様もようおおきなはたが、青空あおぞらかかげられました。

 レースのためのはたです。

 周囲しゅういで、エンジンのおとがさらにおおきくなりました。

「ゲット・レディ!」

 かけごえがかかります。

 わたしは三輪車さんりんしゃにまたがる姿勢しせいひくくしました。

「5。4。3。2。1。……GO!」

 はたが、いきおいよくられます。

 レースがはじまりました。わたしはアクセルを全開ぜんかいにします。

 はしりながら、いろいろなことをかんがえます。

 どうしてこの世界にることになったのかとか。どうやったらかえれるのかとか。

 おとうさんおかあさんは今頃いまごろ何してるんだろうとか。心配しんぱいしてるかなとか。

 ゴチャゴチャといてくるそうしたかんがえは、ほおかんじるかぜと、すじにビリビリとつたわるアスファルトの感触かんしょくによって上書うわがきされてしまい、わたしは姿勢しせいひくくして前方ぜんぽうだけをつめ、しゃべりまくるAIエーアイちゃんのこえにテキトーに相槌あいづちをうちながら、三輪車さんりんしゃ一心同体いっしんどうたいになって、はなたれた弾丸だんがんのようにはしつづけるのです。

 はやくもと世界せかいかえりたい。

 はやくおとうさんやおかあさんにいたい。

 ともだちや学校がっこう先生せんせいや、わたしが知っているひとたちといたい。

 つよつよく、そうねがいます。

 けれど。

 自分じぶんにできること、やらなくちゃいけないことを見定みさだめながら、まずはこの世界せかいでたくましくきていきたい。

 そうおもいました。

 いまのわたしは、ま、そんなカンジです!




                                (おわり)

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サマー・アンド・ドラゴン 和登 @wato2024

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