#2


 がつくと、わたしはつくえをかかえこむようなポーズで、ていました。

 どのくらいの時間そうしていたのか、まどそとはもうくらでした。

 もしかしたら気絶きぜつしていたのかもしれません。

 はじめての感覚かんかくにとまどったわたしは、教室のなかをきょろきょろと見渡みわたします。

 だれもいませんでした。

 とうぜん、梶原かじわらちゃんも。

 ふたたび一人ひとりになれたことで、ゆるんだのでしょうか。わたしは、手にっていたものをゆかとしてしまいます。

 ゴトッとおとをたてたソレは、あの子からわたされたスマートフォンでした。

「はあ……」

 おもわず、ためいき

 いっそ、ゆめであればよかったのに。

 友だちの異常いじょう行動こうどうを思い出し、ゆううつになりました。

 どうして梶原かじわらちゃんは、わたしにスマートフォンなんかくれたのでしょう?

 なんだか、やっかいなことになりそうでした。

 とはいえ、かんがえるのはあとにして、ひとまずいえかえらなきゃ。

「いま、何時なんじ……?」

 教室きょうしつかべにかけられている時計とけいさがして、視線しせんをさまよわせます。

 そこでふと、わたしは「あれ?」とかおをしかめました。

 何かがおかしい。

 もういちど教室のなかを見まわし、違和感いわかん正体しょうたいをさがします。

 ……わからない。わからないけど、でも。

 ぜったいヘンだ。うまく説明せつめいできないけど、この教室きょうしつ、いつもと何かがちがう。

 わたしのは、知らないうちに、つくえのはじっこをまさぐりました。

 つくえのはじっこには、だれかが彫刻刀ちょうこくとうでいたずらしたのか、バーコードみたいなザラザラしたキズがついているのです。授業中じゅぎょうちゅうにタイクツしたときになど、わたしはキズをいじって、ザラザラをたのしむのがクセになっていました。

 今、たしかめると、つくえのはじっこには、なじみのあるキズがありました。

 つまり、これは、わたしがいつも使つかっているつくえです。

 なのに。

 やっぱり何かがおかしい。

 わたしはがると、教室のまど近寄ちかよります。

 ガラスまどは、くらまっていました。

 でも、ひとでおかしなてんがあることにづきます。

 ガードレールです。

 まどそとすうメートルさきに、道路どうろでよく見かけるガードレールがあったのです。

「はぁあっ?」と、さけんでしまいました。

 だって、わたしたち六年生ろくねんせい教室きょうしつは、校舎こうしゃの3かいにあるんですよ?

「な、なんでガードレールが、ここにあるんですかしら?(注意ちゅうい:パニックをおこしたせいで日本語にほんごがおかしくなっています)」

 からり、とまどをあけて、そとを見ます。

 本来ほんらいなら、そのまどからは、学校のグラウンドと、はるかとおくまでひろがる風早市かぜはやし見渡みわたすことができるはずでした。

 しかし、現実げんじつに見えているのは、つめたそうなアスファルトです。

「……ッ」

 こえにならないこえをあげたわたしは、くるりとふりかえると、ほんの数歩すうほで教室をよこぎり、いきおいよく教室のをあけて、廊下ろうかしました。

「……ッ、……ッ!」

 廊下ろうかはありませんでした。

 そこにあったのは、どこかの国道こくどうらしい、アスファルト舗装ほそう道路どうろでした。

 なつやすみに、おばあちゃんに行くときによく使つかう、高速道路こうそくどうろにちょっとています。

 電気でんきのついていない街灯がいとうがえんえんとつづき、かぜきぬけています。

 あたまのうえでは、いきむほどたくさんのほしが、よるそらめつくして、またたいていました。

 どこ。ここ……?

 へなへなと、そのにしゃがみこみます。

 よるのハイウェイと、今まで自分がいたとをかえりながら見比みくらべます。。そのハリボテ教室がアスファルトのうえに、どでーんとかれているのです。

 いったい、何がおきているの?

「そうだ! スマホ!」

 にしていたスマートフォンをちあげます。

 そうだこれがあるじゃない! これで電話でんわして、むかえにきてもらおう!  

 電源でんげんボタンをおし、画面がめんをタップします。

 画面がめんあかるくならないので、電源でんげんボタンの長押ながおしをしてみます。

 それでもスマートフォンは、ウンともスンともいいません。

「ま、まさか。ウソでしょ? バッテリーれ……?」

 あぁあーもぉおおー……。

 充電器じゅうでんきを……どこかでスマートフォンの充電器じゅうでんきを見つけなきゃ。

 がります。

 背後はいごにある、教室きょうしつのハリボテ。ここに充電器じゅうでんきがないでしょうか。

 けて、ハリボテのなかにもどってみます。

 すると、とたんに、わたしは頭がクラクラするような感覚かんかくにおそわれました。

 ……このハリボテ。映画えいがのセットなのか知らないけど、こまかいトコまで本当ほんとうによくつくられている。いっしゅん、本物ほんもの教室きょうしつはいったのかと思いました。

 毎日通まいにちかよっているわたしですら、だまされてしまいそうなクオリティ。

 なにも知らなかったら、本物ほんものだと思ってしまうかも。

 ふいに、あのこえがよみがえります。


 ──


 ぶる、とぶるいしました。

 きゅうにものすごくこわくなってきました。

 よくないこと、とは、このことでしょうか?

 もしかしたら、わたしはているあいだに、いつもの教室からハリボテの教室へワープしてしまったのではないでしょうか。

 どっちが本物ほんものか、わからなくなっちゃったから。

「…………ま、まさかね」

 ごくり、とツバをみこみます。

 と、そのとき、かすかにボボボボというおとこえてきました。

 すぐちかくでっているようです。

「おいおいおいなんだこりゃ」「ああ。でかいな」

 というはなごえこえました。

 どうやらそと道路どうろに、人間にんげんがいるようです。

 わたしは周囲しゅういをすばやく見渡みわたしてかくれられそうなところをさがし、教壇きょうだんかげにしゃがみこみます。

 それと同時どうじに、何者なにものかが、ハリボテのなかまではいってきました。足音あしおとと、「なんだここは?」という、おどろいたような声がしました。

 教壇きょうだんかげから、のぞいてみます。

 はいってきたのは、二人組ふたりぐみでした。

 ひとりは、清掃員せいそういんみたいな作業服さぎょうふくた、ふとっちょの男で、めずらしそうに周囲しゅういをきょろきょろ見ています。おなかがでっぷりしていて、うでふとくて、むくじゃらです。

 もうひとりはスラリとたかく、かわのジャケットをていて、腕組うでぐみをしながら立っています。ゴーグルつきのヘルメットから、ライオンのたてがみのようなかみがこぼれていました。なぜか、世紀末覇王せいきまつはおう、という言葉ことばが頭を横切よこぎりました。

 まちくわしたら、まわれ右したくなる外見がいけんのふたりです。

 とっさにかくれてヨカッタ、とひと安心あんしんしました。

「おいて。そこで何かうごいたぞ。おい、だれかいるのか?」

 ──と思ったら、あっさりと見つかっちゃいました。

 キャー。まずい、げなきゃ!

 わたしは教壇きょうだんかげからすと、もうひとつの出口でぐち突進とっしんしました。でも、途中とちゅう椅子いすあしをひっかけてしまいます。キャーキャー!

 ころびそうになってもがいていたら、けよってきた世紀末覇王せいきまつはおうにつかまってしまいました。手をねじられて、わたしは「いたぁい!」とさけびます。

 ふとっちょが「ヒョホ!」とゆかいそうにわらいました。「なんだこいつ! ガキがいやがった! おいガキ! おまえこんなところで何してる!」

 ふとっちょがわめいてます。

 でも、それどころじゃありません。

 ねじられた手がとんでもなくいたくて、わたしは「いったたたいたいたい、いったぁああい!」としか、しゃべることができません。

 世紀末覇王せいきまつはおうは「あばれるな。あばれるとよけいいたいぞ」と、おそろしい声でいます。

 暴力ぼうりょくはじめてで、わたしはいてしまいました。

「おいガキ!」と、ふとっちょ。「質問しつもんにこたえろ! おまえは何者なにものだ? なまえはなんていうんだ?」

「な、夏生なつお! 三原夏生みはらなつお!」とわたしはこたえます。

「ナツオ?」と、ふとっちょはくびをかたむけて、「なんだオンナのガキかと思ったが、おまえオトコだったのか」

 いや女の子だけど!といかけたところで、くちをつぐみました。

 そのまま、カンちがいさせておいたほうがさそうです。わたしはかみみじかめだし、デニムのショートパンツをいているので、男子だんしだと主張しゅちょうしても、バレることはないでしょう。

「そうか。おとこのガキか……」

 ふとっちょが、ニヤニヤしながらちかづいてきます。

 まるで変質者へんしつしゃみたいでした。

 こわいのをガマンして、わたしはキッとにらみかえし、

「く、るな! たら、みつくから!」

 ほんとうにみついてやるつもりで、をがちがちっ!とらしました。

 すると、ふとっちょはハッとしたように表情ひょうじょうをこわばらせて、いきなり天井てんじょう見上みあげます。

 わたしのみつきにビビったのかと思ったのですが、そうではなくて、べつのことにられている様子ようす──。ふとっちょは、みみをあてています。

「お、おい。まずいぞ」

 どうしたんだろう、とフシギになりましたが、そこでわたしも気づきました。


 ぼおおおおーぼおおおおーぼーーーーー


 と。どこかとおくでサイレンのようなおとっているのです。

 それは、むかしネットでたクジラの歌のようにも聞こえましたし、へたくそなオーボエが、めちゃくちゃなおと演奏えんそうしているようにもこえました。

 手をねじっていたちからゆるみ、とつぜん、わたしは解放かいほうされました。

 わたしは、男たちからすばやくはなれます。

 かれらは、あきらかにサイレンのおとをこわがっていました。

「おいガキ。はなしはあとだ、いっしょにげるぞ」と、ふとっちょがいいました。そして、くるりとなおって、「龍之介りゅうのすけ、おまえのバイクにコイツせてやれ!」

 そうめいじられた世紀末覇王せいきまつは、無言むごんでうなずきます。

 げるって、いったい何からげるっていうんだろう?

 というか。

 どちらかといえば、この二人組ふたりぐみからげたいんだけど。

 わたしは、そろりそろりと距離きょりをとりながら、どうにかしてそとられないかと、すきをうかがいます。

 ところが、「おいオマエ」と世紀末覇王せいきまつはおうがいうのです。「死にたくなかったら、おれたちについてこい」

「は、はあ? し、死にたく、なかったら……?」

龍之介りゅうのすけだ」と、いきなりつかまれて、ぶんぶんられました。「ナツオ。いまはしんじて、ついてきてくれ。説明せつめいしている時間じかんがない」

「だ、だけどっ」

「さっきはいたくしてわるかった。とにかくおれしんじてくれ。死にたくなければ」

 むむむむ、ですよね。

 しんじるべきか。うたがうべきか。

 いっしゅんまよいましたが、世紀末覇王せいきまつはおう……じゃなくて、龍之介りゅうのすけという男のひとが、ほんとうにもうしわけなさそうな顔をしていたので、めました。

 しかたない。ひとまずしんじてみましょう。

 うなずくと、それを見た龍之介りゅうのすけは、おなじように、うなずきかえしました。

 そして、「いそぐぞ」と、そとていこうとします。

「あ。ちょっとって」と、わたしは、手をひねられたときにゆかに落としたスマートフォンをひろげました。

 約束やくそくしたから、というわけじゃないけど。いちおうあずかりものだしね。


 教室きょうしつのハリボテからそとてみると、2だいのバイクが駐輪ちゅうりんしてありました。バイクに興味きょうみないんでわからないんですけど、日本のというよりは、アメリカせいっぽい、でかくてごつくて、悪そうなヤツです。

 ふとっちょは、すでにバイクにまたがっています。

 もうひとつのバイクには、龍之介りゅうのすけとかいう男のひとが、またがりました。エンジンをかけても、あまりおとがしません。ふいーんみたいな、しずかなおとです。

「ナツオ。れ!」

 龍之介りゅうのすけがあごをげ、ヘルメットをはずし、わたしにげてきました。

 それをドッヂボールみたいにめます。

 わたしがシートにまたがると、すぐさまバイクは発進はっしんしました。

 ヘルメットは、ストラップをつけても、ぶかぶかでした。

 わたしは、バイクからり落とされまいと龍之介りゅうのすけにしがみついて、ぶかぶかのヘルメットをげ、そして──


「なに、あれ……」


 見てしまったのです。

 夜のハイウェイを走りろうとする、わたしたちのバイク──そして、それにいつこうと走ってくる、あしのいっぱいあるデッカいヤツを。

 ものというよりは、そいつは、まるで、まるで……。

「ここ、ほんとうに日本……?」

 わたしは、つぶやきます。

 つぶやいた瞬間しゅんかん、ゾワッとしました。

 こんなもの、見たことありません。

 もしかしたら、ここは、わたしのる日本ではないのかもしれませんでした。

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