#3



  ──大空おおぞらんでいく、とりれ。

  なかまはずれのとりが、一羽いちわ

  れからおくれて、やがてちからつきる。

  みんなと一緒いっしょぶことができない。

  みんなとちがって、ぶかっこうだから── 



 ボクの名まえは、嶋村龍之介しまむらりゅうのすけ

 このまえ13さいになったばかりの、ごくふつうの少年しょうねんだ。

 なかまたちはしたしさをこめて、ボクを龍之介りゅうのすけびすてにする。

 なかには、リーダーとぶ子もいる。

 そう。ボクはワンダラーズという、自警団じけいだんのリーダーをしている。

 自警団じけいだんというのは、まちまもるための組織そしきだ。町のみんなは家族かぞくみたいなものだから、犯罪はんざいなんてほとんどこらないけど、それでもトラブルはたえない。

 だれかがケンカしているとか、っていたネコがいなくなっただとか、倉庫そうこ電球でんきゅうがきれたとか、給水きゅうすいポンプがこわれただとか。

 こまっているひとがいれば、ボクらがけつけ、できるだけ手伝てつだいをする。

 パトロールは、自警団じけいだん大切たいせつ仕事しごとだ。

 ときには、その範囲はんいを町のそとまでひろげることもある。

 1週間しゅうかんに1かいくらいのペースで、行商人ぎょうしょうにんがやってくるからだ。

 かれらは生活せいかつ雑貨ざっかとか電子部品でんしぶひんとか、よその町の特産品とくさんひんをもってきて、ボクらの町でミルクや加工肉かこうにく野菜やさい交換こうかんして、っていく。

 町から町へのたびには、危険地帯きけんちたいとおりぬけなくてはならない。

 そんなとき、ワンダラーズのメンバーが、途中とちゅうまで護衛ごえいするんだ。

 だから、仕事しごとにバイクはかせない。パトロールにしろ町のそとまでの護衛ごえいにしろ、あしはや移動手段いどうしゅだん必要ひつようだからだ。


「あっそうだ龍之介りゅうのすけ。これ、このまえたのまれていた品物しなもの

 そのも、顔なじみの行商人ぎょうしょうにん町外まちはずれまでおくった。そのわかれぎわ、行商人ぎょうしょうにんは思い出したように封筒ふうとうし、ボクにげてきた。

「ン。何だ?」

「あけてみろよ。ふっふっふ、龍之介りゅうのすけもおとしごろってワケだ」

 そういって、行商人ぎょうしょうにんみをこぼした。

 封筒ふうとうをあけてみると、ラメりのおおきなヘアアクセサリーがてきた。

「……ああ。そういやアンタに調達ちょうたつたのんでいたっけな」

 思い出したボクは、それをゆびでつまんで、ちゅうにかざしてみる。

 太陽たいよう反射はんしゃして、ラメがきらりとひかった。いいかんじだ。

安物やすものにみえるが、こんな時代じだいじゃ、けっこう貴重品きちょうひんなんだぜ? カノジョへのプレゼントにするのか? 龍之介りゅうのすけはオンナにモテそうだからな。ククク」

 ゆかいそうにわら行商人ぎょうしょうにんに、

「バァカ。そんなんじゃねえよ。じゃあをつけてな」

 と手をふって、ボクはバイクをスタートさせる。

 午後ごごからは、ひさしぶりのやすみで、なにも予定よていがなかった。

 危険地帯きけんちたいをたったひとりでバイクではしっているというのに、ボクは知らないうちに鼻歌はなうたをうたっていた。

 何事なにごともなく町に帰ってくると、男子寮だんしりょうのいつもの場所ばしょにバイクをとめた。

 自分の部屋へや直行ちょっこうし、ドアにカギをかけて、かがみのまえにつ。

 ヘアアクセサリーをし、手のなかでころがしてみた。

 ……かわいい。

 チープなしななのに、どうしてキラキラひかるものはむねをときめかせるのだろう。

 さっそくかみにつけてみる。

 ドキドキしながら、かがみをのぞきこんだ。

 だが──。

 ボクはすぐに失望しつぼうすることになった。

 かがみのなかにいたのは、筋肉きんにくもりもりマッチョマンだ。

 父さんゆずりのおとこらしいまゆするど眼光がんこうをはなつひとみ。キリリとひきしまったくちびる。がんばってばしたかみに、ちょこんとついた、場違ばちがいなアクセサリー……。

 まるで似合にあっていない。

 あたりまえだ。わかっていたことなのに、何を期待きたいしていたんだろう……。

「フッ……」

 自分じぶんわらいながら、アクセサリーをかみからむしりとる。

 と、そのとき。コンコン、とノックのおとがして、だれかがドアのこうで大声おおごえした。「失礼しつれいします! リーダーいらっしゃいますか。お父さまがおびです!」

 ボクはアクセサリーを手のなかにかくすようにしてドアにかう。

 ドアをあけてみると、ワンダラーズの新入しんいりのだった。

「なんでも緊急きんきゅう用事ようじだそうで。いそいでほしいそうです!」

「わかった、すぐ行く。……っと、そうだ。おまえ、たしかいもうとがいたよな?」

 たずねると、かれはきょとんとした。

「え? ええ、いますけど……」

「なら、ちょうどいい。これ、いもうとサンにあげてくれ」

 っていたアクセサリーをしつけると、かれはまるくした。

「え。いいんですか? でも、どうしたんですかコレ?」

「知らん。今日のぶんの荷物にもつまぎれこんでいた。なにかのちがいでまぎれこんだだけだろうから、にしなくていい」

「そうだったんですか。……じ、じゃあ、ありがたくいただきます! うちのいもうと、こういうのってないんです。よろこびますよ、きっと!」

 そういって、うれしそうにかおをくしゃくしゃにする。

 かれがあまりにも宝物たからもののようにアクセサリーをあつかうので、思わずボクはつらくなってしまう。やっぱりかえして……といかけて。

「? どうかしましたか、リーダー?」

「……あっ。いや何でもねえよ。いもうとサンによろしくな」

 くちからかけた言葉ことばみこみ、部屋をていく。

 未練みれんがましさをじた。

 あんなもの、必要ひつようないじゃないか。自分じぶんかせた。


 それから30分ののち──。

 ボクは旧道きゅうどう号線ごうせん──みんながルート6と危険地帯きけんちたいをバイクではしっていた。

 相方あいかたをつとめるのは、浜村はまむらサンだ。

 ボクらは、なるべく目立めだたないように電気でんきエンジンのおとおさえながら、人間にんげんがだれもんでいないれたを、北東ほくとうへとすすんでいる。

 風早かぜはや三丁目さんちょうめ交差点こうさてんまでくると、いったんバイクをとめ、かみ地図ちずひろげた。

 このあたりは情報じょうほう不足ふそくしていて、AIもナビゲートできない。

浜村はまむらサン、地図ちずによるともうすぐそこだ」

 ボクが顔をげると、浜村はまむらサンは、道路どうろ標識ひょうしきをライトでらしていた。

「もうすぐっつてもよォ」とボヤく。「こんなところに何があるっていうんだ?」

「だから、それを調しらべにいくんでしょうが」

 そう。ボクらがなぜ、こんな危険地帯きけんちたいにいるかといえば──。

 風早市かぜはやしちかくの高速道路こうそくどうろで、正体しょうたい不明ふめい建物たてものがとつぜん出現しゅつげんしたという情報じょうほうがもたらされたからだ。

行商人ぎょうしょうにんがいうには」と父さんは説明せつめいしてくれた。「1かげつまえにとおったときには、なにもかったそうだ。ところが今日通きょうとおりかかったら、おかしな建物たてもの高速道路こうそくどうろをふさぐようにえていたそうだ」

 えていた?とボクが質問しつもんすると、

「そうだ。まるで地面じめんからえてきたように見えたらしい。すこしになる情報じょうほうだ。すまないが龍之介りゅうのすけ。ひとっぱしり行ってきて、調しらべてほしい」

 それが、父さんがボクをした理由りゆうだった。

 それにしても、風早市かぜはやしとは……。

「ちょっとまてよ。おれら二人ふたりだけで行けっていうのか、あんな場所ばしょに?」

 同行どうこうする浜村はまむらサンは、風早市かぜはやしと聞いてビビっているようだった。

 ムリもない。

 風早市かぜはやし近辺きんぺん高速道路こうそくどうろは、危険地帯きけんちたいのなかでもとりわけ危険度きけんどたかく、行商人ぎょうしょうにんもできれば遠回とおまわりするようなみちなのだ。どうしてもとおらなくてはいけない場合ばあいは、時速じそく160キロでぶっばして、いっきに通過つうかしてしまうらしい。

「だからこその少数精鋭しょうすうせいえいだ」と父さんはいう。「どうだ。やれるな、龍之介りゅうのすけ?」

 挑発ちょうはつするような眼差まなざしが、ボクにけられる。

 やれるよな、おれの息子むすこなんだから。

 そうわれているがした。

「ったりめーだろ。だれにいってやがる。なんならおれひとりでじゅうぶんだぜ?」

 ボクは、いかにも父さんのよろこびそうな、セリフをキメる。

 ちらり、と横目よこめ様子ようすをうかがうと、父さんはうれしそうに顔をほころばせながら、「おいおい。いくらオマエでも、さすがに一人ひとりはムチャだぜ?」といった。

 浜村はまむらサンは「ボス。あんたの息子むすこはイカレてんな」とあきれた顔をしていた。

 どうやらこのセリフで正解せいかいだった、とホッとしながら、ボクはおでこのあせをこっそりいた。そんならオマエひとりで行ってきてくれ、と本当ほんとうにいわれたら、どうしようとハラハラしていたのだ。


龍之介りゅうのすけ。なにをボーッとしてる。そろそろ行こうぜ?」

 ──っと。いけないいけない。

 かんがえごとをしていたら、ボーッとしてしまったらしい。

「ああ」と、うなずきながら、かみ地図ちずりたたむ。

 ていうか。

 本当ほんとうはもうこれ以上いじょうすすみたくない。こんなあぶない場所ばしょ……。

 はやく帰って、あったかいココアみながら、ベッドでほんみたい。

 ……でも、かなくちゃいけないんだ。

 ボクは嶋村家しまむらけ長男ちょうなんだから。父さんの息子むすこだから。

 つよおとこにならなくちゃいけないんだ。

「トロトロしてっといてくぞ、ジジイ」

 ボクは、わざとおとこらしいセリフをきながら、バイクをスタートさせた。


「たぶんコレだ……」

 それから5分もせずに、ボクらはお目当めあての建物たてものを見つけた。

 バイクをとめると、用心ようじんしてエンジンはらずにりた。

」と、浜村はまむらサン。

」と、ボクも建物たてものを見あげる。

 中央分離帯ちゅうおうぶんりたいのぞかれていて、4ほんぶんの車線しゃせんをフル活用かつようしててられた、プレハブ小屋ごやのようなもの。

 鉄骨てっこつや、電気でんき配線はいせんがむきだしで、あわててつくった仮設住宅かせつじゅうたくみたいだ。

 こんなものが、なぜ道路どうろのまんなかにあるんだろう?

「とりあえず、なかはいってみよーぜ?」と、ボクは入口いりぐちかう。

 をひいてみると、なかくらで、でも、意外いがいとキレイな空間くうかんだった。

 たくさんのつくえと椅子いすが、同じ方向ほうこういて、きちんとならんでいる。

 正面しょうめんは、すべてまどになっていて、右側みぎがわには黒板こくばんがある。

 ……これは、教室きょうしつだろうか。

 でも、なぜこんな場所ばしょに、教室きょうしつが?

 頭を疑問ぎもんでいっぱいにしていると、浜村はまむらサンがさけんだ。

「おいて。そこで何かうごいたぞ。おい、だれかいるのか?」

 さけぶと同時に、ちいさなかげ教壇きょうだんのうらからしてくる。

 ボクのからだはかんがえるよりさきうごき、そのちいさなかげをつかまえる。

 ……ども?

 うでをつかみ、きかかえるようにしながら、ボクはおどろいていた。なぞの建物たてもの内部ないぶに、なぞのども。いったい何者なにものなんだろう?

「フッ……フッ! ウウウウッ……!」

 それにしてもすごいちからだ。

 ワンダラーズのなかでいちばん腕力わんりょくがあるボクが、こんなちいさな子にけそうになっている。まるでけものの子どもを相手あいてにしているみたいだった。

 ……あんまりあばれないで! だ、だめだよ、関節かんせつをそっちにげたりしたら、ほねれちゃう!

「おい」と、浜村サンがこえをふるわせながら、たずねた。「質問しつもんにこたえろ! おまえは何者なにものだ? なまえはなんていうんだ?」

「ナツオ。なまえはミハラ・ナツオだ!」

 子どもはこたえた。

 そして、ぐるりとくびまわし、ボクのことをにらむ。

 その眼光がんこうつよさに、おしっこがちびりそうになった。

 と。そこで──ああ、なんていうタイミング! ボクらが、もっともおそれていたことがきた。あのおとひびくのが、こえたのだ!


 ぼおおおおーぼおおおおーぼーーーーー


 

 ボクらの──いや、全人類ぜんじんるいてきらす、警告けいこくおとだ。

 つまり、これからオマエたちをおそうぞ、っていうおと

 いつのまにか、てきはすぐちかくまでていたのだ!

「おいマズイぜ!」浜村はまむらサンは恐怖きょうふのせいであしだっていた。「とにかくはなしはあとだ。ここからげるぞ。そのガキは龍之介りゅうのすけのバイクにせてやれ!」

 ボクはふるえながら夢中むちゅうでうなずく。

 とにかく、1びょうでもはやく、ここからげなくては!

 だけど、この野生児やせいじがおとなしくうことをいてくれるだろうか?

 野生児やせいじは、いや、ミハラ・ナツオは、敵意てきいのこもったでボクをにらんでいる。はげしいいかりがつたわってくる。だけど、なんとか警戒けいかいをとかなくては……!

「死にたくなければ、ついてきてくれ!」とボクはいう。

「ハッ、死にたくなければ、だと?」

 ナツオははなでわらった。おくびょうものめ、というように。

「そ、そうだ。死にたくなければ。ボクは龍之介りゅうのすけだ」おずおずと握手あくしゅもとめると、ものすごいちからをにぎられた。……いたい。涙目なみだめになりながら「とにかく。今はボクをしんじてくれ」と、けんめいにうったえる。

 ナツオはしばらくかんがえていたが「チッ」と舌打したうちした。 

 不満ふまんそうな顔をしているが、一緒いっしょてくれるらしい。

いそごう!」ボクは大急おおいそぎで、この不思議ふしぎ建物たてものる。

龍之介りゅうのすけ。やばいぜこいつァ!」建物たてものると、浜村はまむらサンのあおざめた顔があった。そこらじゅうから、アポカプリティックサウンドがっている。てきは1たいや2たいではないのかもしれない。

 ボクは、すばやくバイクにまたがった。

 ナツオは──しんじられないことに、この状況じょうきょうにもかかわらず、まるでどうじることなく、のんきな顔でゆっくりとあるいてくる。

 まるで、危険きけんたのしむかのように。

 いったい、どういう人間にんげんなんだろう?

 アポカプリティックサウンドをいたら、きだす大人おとなもいるというのに……。

 ナツオが後部こうぶシートにったのを確認かくにんすると、ボクはアクセルを全開ぜんかいにした。バイクは性能せいのう限界げんかいちかい加速かそくをして、速度そくど一気いっきに100キロだいたっする。

 そんな高速こうそくのなか、ぽつりとナツオが何かいうのがこえた。

「えっ? 今なんていったの?」と、たずねると、

 ナツオは、もういちどぽつりとつぶやいた。

 かぜばされてしまったけど、でも、ボクはたしかにいたんだ。

 ──

 と。

 オレのんでいた世界せかい……。

 ど、どういう意味いみ

 緊急事態きんきゅうじたいだったから、れてきてしまったけど、本当ほんとうによかったんだろうか。

 ボクは、背中せなかにしがみついてくるナツオのことが、おそろしくて仕方しかたなかった。

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