#4


いた。あれがおれたちの町、──久慈町くじちょうだ」

 龍之介りゅうのすけとかいう男のひとが、いいました。

 ずっとかわジャンにしがみついていたわたしは、返事へんじをするヨユウもなくて、ただまえからちかづいてくる人工的じんこうてきなあかりを見つめました。

 時速じそく100キロのスピードでブッばされるバイクにふたりりした感想かんそうとしましては、よいこはマネしちゃダメというか、うっかり落ちたら、もんじゃきの人間にんげんバージョンができるなというか、まあそんなトコロです。

 久慈町くじちょう入口いりぐちは、検問所けんもんじょのようになっていました。あやしい人間がはいってこないか見張みはるためなのでしょう。ぶあついコンクリートのかべとフェンスによって、厳重げんじゅうまもられています。

 わたしたちのバイクは、かおパスで検問所けんもんじょ通過つうかしました。

「──おい。だいじょうぶか?」

 龍之介りゅうのすけが、かたごしにりかえって、いかけてきます。

 わたしは、もはやかわジャンにしがみつくちからもなくなって、ふたりりのシートからっこちそうになっています。教室きょうしつのハリボテで目覚めざめたときからずっとダルかったのですが、ここにきて体力たいりょく限界げんかいをむかえていました。

「おい! しっかりしろ!」

 こえみみにとどきますが、それもとおざかっていくみたいでした。


 つぎにまぶたをひらいてみると、わたしはどこかのベッドにかされていました。

 ハッとして、まばたきをしてみます。

 なぜここにいるのか、思い出せませんでした。

「あ。やっときた」

 あしもとのほうからこえがしたので、頭をげてみると、保健室ほけんしつ先生せんせいみたいな白衣はくいおんなの人が、手にマグカップをって、こちらを見ていました。

 室内しつないも、複数ふくすうのベッドや薬品やくひんだながあって、保健室ほけんしつにそっくりです。

様子ようすを見に正解せいかいだった。具合ぐあいはどう?」

「わ、わるくないです。えっと……こ、ここは?」

町役場まちやくばよ。そのなかにある医務室いむしつ

 女の人は、事務机じむつくえにマグカップをくと、ベッドのそばにました。椅子いすすわり、体温計たいおんけいをわたしのくちにつっこみます。「5分、このままね」

 わたしはうなずきます。

 体温たいおんはかるあいだ、室内しつない観察かんさつしました。

 保健室ほけんしつにそっくりだとおもったけど、よーく見ると、さびれているというか、戦争せんそうとか災害さいがいがあったときの避難所ひなんじょみたいなフンイキです。

 現実感げんじつかん一気いっきせてきました。

 どうしよう。わたし、どこかもわからないとおいところで、ひとりぼっちなんだ……。いちばんながいえはなれたときでも、宿泊訓練しゅくはくくんれんの3はくなのに、今回こんかいはいつかえれるかわからないんだ……。

 ずずーん……と気分きぶんおもくなって、まえかがみになってしまいます。

「あれ? どした。だいじょうぶ?」

「へぁい。へへいへしゅ(はい。へいきです)」

体温計たいおんけいおくまでつっこみすぎたかな?」

 5分たつと、女の人はくちから体温計たいおんけいっこいて、いいました。「ふんふん。ねつはないみたいね。ここにはこまれたときのこと、おぼえている?」

「それがさっぱり……」

「きのうの夜中よなかだったわ。あなた、16時間もていたのよ」

「じゅっ、16時間? うそォ!」

 そんなにていたなんて……。わたし史上しじょう新記録しんきろくでした。

 どうりでしつこかったダルさがえていると思った……体調たいちょうはわるくない。

 いや、わるくないどころか、からだは元気げんきそのものです。

 われながらゲンキンなもので、落ちこんでいてもおなかはしっかりといてきて、ぐぐぅ〜とりはじめます。

 女の人は「ははぁ」とほそめて、「あとでべるものを用意よういしてあげる。でも、そのまえに、きみをボスのところにれていかなきゃいけないんだ」

「ボス……?」

「ええとナツオくんだっけ。たとえ子どもでも、もとの確認かくにんれないと、わたしたちはれができないの。そこはわかってくれるよね」

 ナツオくん? ……あっそうか。おとこってことになっているんだっけ。

 ほんとうはおんなですって、訂正ていせいしてもいいんだけど。

 もうすこし様子ようすをみよう、そんなふうに思いました。

「ナツオくんてる? さっそくだけど、ボスのところにつれていくから」

 女の人はドアのところにって、おいでおいでと手まねきします。

 ベッドからおりて、うわばきをきながら、

(あんまり落ちこまないようにしよう……)

 とめました。

 いまウツになったら、ヤバいがする。

 いっそひらなおったほうが気分きぶんらくになるんじゃないだろうか?


「はじめまして。ふく町長ちょうちょうのトミサワです。こちらは町長ちょうちょうのシマムラ」

 案内あんないされたのは、応接室おうせつしつのような場所ばしょでした。

 わたしはソファーにかたをすくめてすわり、ローテーブルをはさんで、ふたりの大人おとな対面たいめんしています。ふたりは、ここの代表者だいひょうしゃとのことでした。 

 トミサワとのった男のひとが、ファイルを見ながら、くちひらきます。

「では、ミハラ・ナツオさん。さっそくですが、昨夜さくやはなぜあの場所ばしょにいたのか説明せつめいしてください。報告ほうこくによれば、発見はっけんしたとき、きみはひとりだったとか?」

「……あっ。はい」

「ご家族かぞくは? 同行者どうこうしゃはいなかったのですか?」

「えっと、はい。わたしひとりです。なんていったらいいか……」

 トミサワさんはメガネをかけていて、口調くちょうがきびきびしていて、どことなく学校がっこう先生せんせいみたいなフンイキです。

 説明せつめいにつまっていると、町長ちょうちょうさんがはなしかけてきました。

「きのうはよくねむれたかい?」と、ニカッとを見せて、「ナツオって、漢字かんじでどういうィかくの?」

なつまれるで夏生なつおです。わたし、……じゃなくて、ぼく、8がつ生まれなので」

「へえ、そうなのか。夏生なつおはいま何才なんさい?」

「じ、12さいになったばかりです」

 わたしがこたえると、ほお、と町長ちょうちょうさんは顔をかがやかせました。「なつまれたから夏生なつおか。フム、にいった。なかなかおとこらしい名まえではないか!」

 ガハハ、というかんじで、町長ちょうちょうさんはかいぞくみたいにわらいます。

 はあ、とトミサワさんがためいきして、「……では、はなしもどして。理由りゆうかせていただけますか。正直しょうじきにいって、われわれはきみをあやしんでいるのです」

「は、はい。それはわかります」

「子どもが、たったひとりで、危険地帯きけんちたいにいられるわけがない。だれと一緒いっしょにいたのですか? 所持品しょじひんもこれだけだそうですね」

「あっそれは……」

 トミサワさんがしてみせたのは、梶原かじわらトーカからあずかったスマートフォンでした。ているあいだに没収ぼっしゅうされたのでしょう。かえしてください!とびつきそうになりましたが、ぐっとガマンします。

 いまさわぎをこしたりしたら、ほれろやっぱり危険人物きけんじんぶつだ!というので、牢屋ろうやにブチこまれてしまうかもしれません。

 いて、慎重しんちょうに、返事へんじをするしかないでしょう。

「じつは、よくわからないんです。わた……ぼくにも。風早小学校かぜはやしょうがっこうの六年生の教室きょうしつにいたはずなのに、がついたらあの場所ばしょにいたんです」

風早小学校かぜはやしょうがっこう?」

「はい。かよっていた小学校しょうがっこうです」

風早かぜはやは人間がめない土地とちです。ましてや小学校しょうがっこうなど」

「あっ、で、でもほんとうなんです、あの……はなしいてください」

 わたしはかんがえをまとめてから、くちひらきます。

「この町にくる途中とちゅう景色けしきをみてビックリしました。知っている風早市かぜはやしと、まるでちがうんです。なんていうか、れていて、電気でんきもきてなくて。地震じしんとか災害さいがいがあったら、こんなふうになるのかな、と思いました」

 いったん言葉ことばをきり、呼吸こきゅうととのえます。

 そしてつづけました。

「もしかしたら、ここはぼくんでいた日本とはべつなんじゃないかなって」

 異世界いせかいにワープしてしまう。

 まんがやアニメではよくあるストーリーです。

 ファンタジーっぽさはないから、異世界いせかいというよりは、よくているべつ世界せかいなのでしょう。そんな別世界べつせかいの日本に、まよいこんでしまったのではないか──そう思っています。

 実際じっさいくちにしてみると、けっこうずかしいというか、わらわれるんじゃないかという不安ふあんがありました。ですが、トミサワさんはマジメな顔をしています。

「ふむ。なるほどね」といって、うなずきました。

「あの、うたがわないんですか? てっきりわらわれると思っていたのに」 

「……まあなんというか。予期よきしていました」

「ふぇ?」

「じつは、べつ世界せかいからやってきた人間というのは、きみが最初さいしょというわけではないんです。むかしも同じようなことがあったんですよ」

 なんですと! わたしはポカンとくちけてしまいました。

「あのときは、コンビニ、といったな。たしか」と町長ちょうちょうさんがくちはさみます。

「ええ」と、トミサワさんがはなしいで、「正式せいしきには、コンビニエンスストアです。10年ほどまえにも、町外まちはずれにいつのまにかコンビニという建物たてものてられていて、そのなかから、べつの日本からたという女性じょせいがあらわれたのです」

「……マジですか。そ、その人は、いまどこに?」

 わたしがたずねると、町長ちょうちょうさんたちは顔を見合みあわせました。

行方不明ゆくえふめいだ」と町長ちょうちょうさんがせます。

「ゆ、行方不明ゆくえふめい、なんですか」

「そうだ、けむりのようにえてしまった。あらわれたときと同じように」

「……てことは、もとの世界にもどったのかもしれない?」

「ああ。その可能性かのうせいは、ある」

「で、ですよね、かえったかもしれませんね!」

 いよぉおおしっ!と、思わずガッツポーズする、わたし。

 でも、よかった、希望きぼうがみえてきた! まえにこっちの世界にきたという人は、どうにかしてかえ方法ほうほうを見つけたのでしょう。

 かえれるかもしれないと思ったら、きゅうなみだがでてきました。

 お母さんたちがどれだけ心配しんぱいしているかと、想像そうぞうしてしまったのです。

かえりたいのだな」町長ちょうちょうさんが、わたしを見つめていました。「そりゃそうだ、夏生なつおにも家族かぞく居場所いばしょがあるのだろうしな。はやくかえれるといいな?」

「はい!」と、わたし。

「きみは未成年みせいねんですし、帰る方法ほうほうが見つかるまでは、われわれが保護ほごすることになります。ただし、いいですか──」とトミサワさんはすわなおしながら、真剣しんけんな顔になります。「べつの世界からたことは、けして他人たにん口外こうがいしないように」

口外こうがい? ヒミツにしておけってことですか? でも、なんで……」

「よくない迷信めいしんしんじている連中れんちゅうもいるからです。トラブルになりかねない」

 トミサワさんはメガネをなおし、レンズがにぶくひかりました。

 迷信めいしん……。なんだか、おっかない言葉ことばです。

「とりあえず難民なんみんということで、身分証みぶんしょう発行はっこうしましょう。それから、これ。バッテリーがゼロになっていますね。返却へんきゃくするまえに充電じゅうでんしておきましょうか?」

 トミサワさんは、れいのスマートフォンをローテーブルのうえにきました。おねがいします、と頭をさげて、そこで思いつきます。

「あっ、そうだ。梶原かじわらトーカという子が、この町にいたりしませんか?」

「カジワラ・トーカ? さて?」トミサワさんは町長ちょうちょうさんに視線しせん移動いどうして、「ボスはどうですか? おぼえあります?」

「知らん」と町長ちょうちょうさんは首をります。「すくなくともこの町に、カジワラという苗字みょうじ人間にんげんはいねえと思うよ。人口じんこうは500にんをこえているんだがな」

「ふむ。まあ調しらべてみますが、……夏生なつおくん、そのひとがどうしたのですか?」

「帰る方法ほうほうを知っているかもしれないんです」と、わたしはこたえました。「こっちに直前ちょくぜんまでっていたのが、そのだったから」

 そうだ──しゃべりながら、づきました。

 わたしと一緒いっしょに、あのもこっちの世界にているかもしれない。なぜ今まで思いつかなかったんだろう。わたしは、ひそかにコウフンします。

 やることが見えてきました。

 まずは、梶原かじわらトーカをさがしてみよう。

 それが、もとの世界にかえるための、最大さいだいがかりなのですから。


      ◯


 このまちでは、子どもは12さいになるとおやからはなれてりょうはいるとのことで、わたしは、その年令ねんれいにぎりぎりっかかっちゃいました。

 手続てつづきのために、いちど男子寮だんしりょうに行かなくてはいけません。

 男子寮だんしりょうというのは、名まえのとおり、12さいから15さいまでの男の子ばかりがあつめられて生活せいかつする場所ばしょのようです。

 トミサワさんのおいであるジュンタくんという男の子が役場やくばではたらいていたので、その子に案内あんないしてもらうことになりました。

 途中とちゅうで、「町のことを知りたい」とおねがいして、男子寮だんしりょうに行くみちをわざわざ遠回とおまわりしてもらい、わたしはいま、久慈町くじちょう目抜めぬとおりを歩いてます。

「へへっ、ここがメインストリートだぜ! どうだ、にぎわっているだろう?」

 ジュンタくんは、ほこらしげに両手りょうてひろげてみせます。

 わたしは「は、はぁ」とあいそわらいしました。

 メインストリートは、おひるの時間のためか、それなりにひとあるいています。

 でも、おみせはあまりありません。個人こじん経営けいえいの、パン、お肉屋にくや、やおや、ざっか……。わたしの知っている久慈町くじちょうは、えきビルを中心ちゅうしんにファーストフードのみせやファミレスがのきつらねていたのに、そういうものは一切いっさいありません。

 ショックといえばショックで、やっぱりここはべつの世界なんだ……とあらためて思い知らされました。

「なあ、どうよどうよ? 夏生なつおんでいたまえの町とくらべてさ!」

「うーん。まあ、おみせ、ひととおりそろってるね」

「……なんか。あんまり、おどろいていないカンジだな」

 ジュンタくんは、リアクションのうすさが不満ふまんのようでした。

夏生なつおまえにいた町って、ここよりもさかえていたのか?」

「い、いやそんなことないよ? ……うわぁ、ここはすごい都会とかいだなぁ! びっくりして言葉ことばが出てこなかった」

 まるっきり棒読ぼうよみだったのですが、ジュンタくんは機嫌きげんくして、「だろぉ?」と、はにかみました。

 あぶない、あぶない。べつの世界からたことは、ヒミツにしておかないといけないんです。

 メインストリートとやらはすぐにわり、町の出入でいりぐちである検問所けんもんじょが見えてきました。久慈町くじちょうにはたかいビルがなくて、そらひろく感じられます。とおくのほうに、風力発電ふうりょくはつでんらしいタワーがいくつもあって、プロペラが太陽光たいようこうにきらめきながら、ゆっくりと回転かいてんしていました。

「おい、あんまそっちに行くなって。おこられるぞ?」

 検問所けんもんじょほうに行こうとしたら、められました。「なんで? だめなの?」

「ったりめーだろ。許可きょかないとそっちはとおれないんだぜ?」

 そうなのか。……むむ。それはこまりました。

 わたしの今の目的もくてきは、梶原かじわらトーカをさがすこと。そのために、いちど風早市かぜはやしもどって、あのハリボテのまわりを調しらべてみたかったのですが。

「……あれ、でも。きのうはかおパスでとおれたけど?」

「そりゃワンダラーズのひとたちが一緒いっしょだったからだろ?」

「ワンダラーズ? 地元じもとのサッカーチーム?」

 はぁ、とジュンタくんはためいきしました。「おめーの町にもあっただろ。町をまもるための自警団じけいだんのことだよ。ワンダラーズのメンバーなら自由じゆうに町のそとにもいけるし、バイクにもれるんだぜ?」

 ジュンタくんは「へへっ」と、なぜかれました。「じつは、オレも入団にゅうだんしたいんだよね。やっぱ、男にまれたからには、りてえよなぁ」と、バイクにるマネをしながら、くちで「うおんうおん」と、さわぎます。

 バッカみたいあんなの何がいいんだろ、とわたしはあきれます。

 でも、はなしが見えてきましたよ。

 自警団じけいだんというのは、この世界の消防団しょうぼうだんとか警察けいさつみたいなものでしょう。

 そして、自警団じけいだんなら、自由じゆうに町を出入でいりできる。

 なら、わたしがそのチームにはいればいいのでは?

「だれでも入団にゅうだんできんの、それ?」

「あ? まあ、12さい以上いじょうの男なら資格しかくあるけど」と、ジュンタくんはわたしをじろじろとながめまわして、「でもムリ! だって、夏生なつおってヨワソウなんだもん!」

「はあ? よわくねえけど?」

「いや、だって。なんかさぁ夏生なつおってさぁ、かおおんなみてえじゃね?」

おんなじゃねえよ」

 わたしはそういって、ジュンタくんのわきばらゆびでつつきます。

 するとジュンタくんは「うひっ!」とさけんで、おなかを手でおさえました。

「やめろよ! 腹つつくなって!」

 ためしに、もう一度いちどわきばらをつついてみると、ジュンタくんは「うひゃぁあ」とおおげさにをよじります。

 わたしのがギラリとひかりました。

 ……っはーん。さては、キミ、くすぐったがりだな?

「さっきからなんだよ! やめろっていってんだろ!」 

「ふーん。やめてほしいんだ? これじゃどっちがよわいか、わかんねェなァ?」

 わたしは、つんつんとジュンタくんをつつきます。

「ワンダラーズとやらがいる場所ばしょに、案内あんないしろよ。どうだ、このっ!」

「……うひょ! うひょひょひょひょひょ!」

「どうだ、案内あんないするか、このこのっ、このっ!」

「わかったからやっめろ! やっめっろ! しょんべんれる! れる!」

 ジュンタくんは、おなかをじりながら、しゃがみこんでしまいました。

 わたしは、つついていたゆびを、銃口じゅうこうみたいにフッときます。

 フン、ちょろいもんだぜ。


 というわけで、自警団じけいだんのたまりだという整備工場せいびこうじょう案内あんないしてもらうことになりました。

 整備工場せいびこうじょうというのは、バイクをなおしたり調整ちょうせいするところだそうです。

 そとからのぞいただけでも、てとちゅうのくるまとかバイクがならんでいるのが見えます。なるほど、というカンジ。

 さっそく、工場こうじょうのしきはいろうとすると、

「……まてよ、夏生なつお」と、ジュンタくんが、びとめました。「いいか。ここからさきは、ぜったいにビビったりするなよ? ワンダラーズのひとたちは、わざとオレたちをビビらせようとしてくる。これは度胸どきょうテストの意味いみもあるんだ」

 ワンダラーズに入団にゅうだんするためには、テストがあるそうで。

 それに合格ごうかくしなくてはならないそうです。

「それから、そうだなぁ。……あとはハッタリだな」

「ハッタリ?」

「そう。おまえそんしてるからさ。ハッタリかまして、できるだけつよそうにみせろよ。とにかく、ナメられたら、オシマイだかんな」

「は、はぁ」

 ハッタリねぇ……。ヤンキーみたいなしゃべりかたすればいいのかな?

 ちあわせをえて、いよいよなかはいっていきます。

 メインのおおきな建物たてものはシャッターがおりていたので、建物たてものをまわりこんでいくと、ひろびろとした裏庭うらにわがありました。そこはきゅうけいようのスペースらしく、みかさねたゴムタイヤをベンチがわりにして、7、8人がくつろいでいました。

 ひるごはんのあとのきゅうけいをしていたみたいで、びんづめのコーラをまわみしています。

 どのひと年上としうえで、高校生こうこうせいのお兄さんくらいに見えました。

「よ、よし。いくぞ」

 緊張きんちょうしながら、わたしはいます。

 となりを見ると、ジュンタくんの顔は、さおでした。

「……って。だいじょうぶ?」

「……あ、ああ。ま、まかせろ。まずはおれからはなしかけっから」

 わたしよりも緊張きんちょうしているらしく、ジュンタくんは、手のひらに、人、人、人、といてぺろりとみました(いつの時代の人間だ)。

 そして、まえすすみでると、こえをかけます。

「……あ、あのー。しつれいしまっす! お、おつかれさまでっす!」

 ですが。

 タイミングがわるいというべきか、そのとき「ドッ」とわきおこったわらいで、こえされてしまいます。ワンダラーズのお兄さんたちは、だれかず、わたしたちにづいた様子ようすもありません。

「……あ、あの! すみません、ちょ、ちょっといいですか!」

 あきらめずにびかけるジュンタくん。

「スッ、スミマセェン! ぼくらのはなしいてくださあい!」

 3度目どめびかけで、お兄さんのひとりが、ようやくづいてくれました。

「あれ。なんだオマエ。どうした?」

「あ! ス、スミマセン。え、えっと。その……あの」

 づいてもらえたものの、ジュンタくんは、最初さいしょいきおいをすっかりうしなっていました。

 勇気ゆうきをだしてはなしかけたのに、一度いちどつまづくと、頭のなかがしろになってしまうんですよね……。気持きもち、すごくわかる。

 今のジュンタくんがまさにそれでした。

 お兄さんは、ハテ?とくびをひねります。

「あれ。オマエ、この前もなかった? ……ははぁ、そうか。またチームにれてくれって、たのみにきたのか?」

 ジュンタくんは、顔をあかくして、くびをぶんぶんります。

「ん、ちがう? そうじゃないのか?」お兄さんはさらに質問しつもんします。「じゃあ、なんだろう。えーと……なにかいってくれなきゃ、こっちもわからないぞ?」

 お兄さんもこまっているようです。

「……まいったな、これおれわるいの?」

「おいおいボク、はなしがあってココにたんだろ? おおきなこえはなそうぜ?」

「ハハッ。あんまイジメんな。見ろよ、きそうだぜ?」

 まわりからも、やいのやいのと野次やじびます。

 ジュンタくんは、うつむいてしまいました。ぜったいにビビるなよ、とアドバイスした本人ほんにんが、今にもきそうになっています。

 ……ああもう。見てられない。

 わたしは、つかつかとまえすすみでると、よこだおしになったタイヤのひとつに、ドカッとらんぼうにあしきました。「きゅうけいちゅうにすみません、センパイ?」と、目をひんむいて、全員ぜんいんをぐるりと見回みまわします。

「わたし、……じゃなかった、オレの名まえは三原夏生みはらなつお! 最近さいきんこの町にっこしてきたモンでさぁ。へへっ、どうぞヨロシクたのみますぜ!」

 つよそうに見せなきゃ!という気持きもちがからまわりして、なんだか時代劇じだいげきに出てくるひとみたいになっちゃいました……演技えんぎってできないんですよ! わたし。

「おいおーい、まーたへんなのがあらわれたぞ?」

 とつぜんの乱入者らんにゅうしゃに、お兄さんたちは、あぜんとしています。

 そのうちのひとりが、はなしかけてきました。

「……えっとさ、ヨロシク、はいいんだけど。けっきょく、なんなの?」

「え?」

「だから用件ようけん。きみたち、なにか目的もくてきがあって、ココにきたんでしょ?」

「ああ、ハイハイ。用件ようけんね」わたしはうなずきます。「アー、用件ようけんは。あんたら、ワンダラーズとかいう、自警団じけいだんなんだろ? 今ちょうどヒマしてたから、まぁ、ヒマつぶしにはいってみようかなぁと思って、てみた……んだぜ」

「へえ。ヒマつぶしに、ね?」お兄さんのひとみがすぼまります。「ウチじゃ、バイクにれないヤツはおことわりしてるんだけど、った経験けいけんは?」

「ああ、バイク? 4さいからってたよ? はっきりいって、うではプロきゅうだ、ゼ!」

 もちろん、ハッタリですよ、ハッタリ。

 こんな演技えんぎつうじているのか、とドキドキしていると、お兄さんは、ちかくにあったバイクをゆびさしました。

「ふうん。じゃあ、質問しつもんね。あのバイクの最大出力さいだいしゅつりょくは?」

「……さ。さいだいしゅつりょく?」

「そう。つまり、エンジンのつよさのことね。4さいからってたら、とうぜんこのくらいの質問しつもんこたえられるよね?」

「…………」

 こまりました。そんなの知っているわけないじゃないですか。

 エンジンのつよさ……。バトルまんがの戦闘力せんとうりょくみたいなものでしょうか?

 がつけば、全員ぜんいんがわたしの回答かいとう注目ちゅうもくしています。

「……えーと。に、にひゃく……?」と、わたし。

「……200?」お兄さんはニヤニヤしていました。

「……まんっ。200まんっ、くらいかな、たぶん!」

 しどろもどろにこたえます。

 すると、あたりが、しーん、とブキミなくらいしずまりかえりました。

 が。それも、一瞬いっしゅんのことで。

 とつぜん「ぷっ」とひとりがきだすと、つられて全員ぜんいん爆発ばくはつしたようにわらいはじめました。「ダハハッ! そりゃすげえ、ダッハハハハハハハハッ!」

 どいつもこいつもはらかかえて、ひーひーと手でひざをたたいています。

「あ、あのねえ。200まんもあったらつきまでんでいっちゃうよ!」質問しつもんしたお兄さんがなみだをぬぐいながら「正解せいかいは、40。いわゆるヨンマルね」

 ……さぞかし、わたしの顔はになっていたことでしょう。

「……ふ、ふーん。この町のバイクは、40なんだ。いがいとショボいんだな」

 弁解べんかいするようにいってみましたが、いしみずで、爆笑ばくしょうはとまりません。

 それどころか、いきおいがしています。

 ……あの、もうかえっていいすか(涙)。

 ずかしいやら、はらつやら、頭のなかはぐっちゃぐちゃで。

 げたくなるきもちを必死ひっしおさえこみながら、わたしは黒光くろびかりするバイクにあゆみよると、座席ざせきシートをブッたたきました。もうヤケクソでした。

おれのジモティーじゃ200まんくらいたりまえだったんだけど? おまえら、かわいいバイクにってんなあ! てっきりデカい自転車じてんしゃかと思ったぜ!」

 あいかわらず、爆笑ばくしょうつづいています。

 ところが、そのなかのボウズあたまが、ピタリとわらうのをめ、いっさいの感情かんじょうがぬけちたような顔で「あ?」といったのです。「てめー、いまおれのバイクをなんつった? なあ? もういっぺんいってみろ?」

 ボウズあたまは、がりました。

 まゆをピキらせながら、こちらにあるいてます。……オッオー。

「あんたのバイクかよ。どうりで自転車じてんしゃにしてはカッコイイと思った」わたしは、今しがたブッたたいたバイクのシートを、手でナデナデします。「あ、よかった。ちゃんとエンジンついてるね。アハハ、よく見えなかった……」

「ほお。どのエンジンが見えなかったんだ? おれが見えるようにしてやろうか?」

「え、えんりょしときますぅ……」

地面じめんいつくばれば、もっとよく見えるよなぁ?」

 ボウズあたまは、わたしのむなぐらをつかみます。

 わたしは、ジュンタくんにたすけをもとめるように視線しせんおくったのですが、ジュンタくんは「はわわ」ってかんじでくちをあてて、ふるえていました。

 ……も、もうダメだ!

「やめろ!」そのとき、空気くうきがびりびりするような大声おおごえがして、そのにいた全員ぜんいんこおりついたようにうごきをめました。

 たかい、スタイルのいい男が歩いてくると、ボウズあたま制止せいししました。

「さがれ。ここはおれにまかせろ」

「……で、でもよ、リーダー。こいつ、おれのバイクをブジョクしたんだぜ?」

「わかっている。が、ひとまずここはおれあずけろ。いいな?」

 ボウズあたまは、しかられた子犬こいぬのようにしゅんとします。

 たすかった、とホッとするのと同時どうじに、「このひと、見覚みおぼえある」と思いました。

 リーダーとばれたのは、龍之介りゅうのすけでした。

 たすけてくれたのでしょうか?

 わたしは、ライオンのような龍之介りゅうのすけの顔を上目うわめづかいで見ます。

 龍之介りゅうのすけは、腕組うでぐみをしていました。

「……ひとつだけく」と何をかんがえているのか、わたしをじっと見つめながら、いうのです。「……おまえ。コンビニって知っているか?」

「へ? コンビニ?」

 とうとつにてきた言葉ことばに、わたしはきょとんとします。

 コンビニ? なんで?とかんがえて──ふと、久慈町くじちょうのメインストリートを思い出しました。

 たぶん、こっちの世界には、コンビニがないっぽいんですよね。

「コンビニってなんだ? 知らねえな。コンビーフなら知ってるんだがな」

 わたしは、ギリギリでとぼけます。

 あぶない、あぶない。

「…………」

 龍之介りゅうのすけはノーリアクションでした。

 かお鉄仮面てつかめんのようで、感情かんじょうをのぞかせません。

「まあいい」とこしに手をあてると、「ナツオ。ワンダラーズにはいりたいのだったな。ならば、おれ勝負しょうぶだ。てたら加入かにゅうみとめめる」といいました。

 ざわ、とお兄さんたちが、あきらかにザワつきます。

「なにもリーダーが相手あいてしなくとも……」

 ボウズあたまがいいましたが、龍之介りゅうのすけはそれを「だまれ」と一蹴いっしゅうします。「さあナツオ。勝負しょうぶだ。ついてこい」と、わたしをにらみつけました。

 ちょ、ちょっと、まって……。

 なんか、大変たいへんなことになってませんかっ、これ?!

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