サマー・アンド・ドラゴン

和登

#1


 はじめまして、こんにちは! わたしは、三原夏生みはらなつおといいます。

 市立しりつ風早小学校かぜはやしょうがっこうかよ六年生ろくねんせいで、このまえ、たんじょうがきて、12さいになりました。

 まえでピンときたひとがいるかもしれないけれど、8がつ生まれです。

 なつに生まれたから、夏生なつお

 そのまますぎて、ガックリきちゃいますよね。

 でも、そのかりやすさのおかげか、学校がっこうのみんなは、わたしを「夏生なつお」としたの名でんでいて、いまでは、「三原みはらさん」と苗字みょうじぶのは、担任たんにんの先生だけです。なので、あなたも気軽きがるに呼びすてにしてくれて、ケッコウですよ。

 あかるくて活発かっぱつな女の子と誤解ごかいされがちだけど、じつはインドア大好だいすき。

 将来しょうらいゆめは、……ラクしておかねもちになりたいなぁ。

 学校の成績せいせきは、くもなくわるくもなく、ふつう。

 も、たぶん、ふつう。

 あ、でもほおにそばかすがあって、それが外国がいこくおんなみたいで、ちょっとカッコイイと自分じぶんでは思っています。

 ま、わたしのことは、こんなところかな!


 自己じこ紹介しょうかいわったところで、いきなりですが、ちょっといてください。

 きょうは、あさからほんっとサイアクなできごとがありました。……というのは、ウチのおかあさんと、ハデにけんかをしちゃったのです。

 原因げんいんも、くだらないことでした。

 いつもよりはやく学校に行かなきゃならないから早めにこしてね、とたのんでいたのに、おかあさんがそのことをわすれていたのです。めたら時計とけいは7時半じはんで、わたしはベッドからきるなり、「やばい!」とさけびました。

 きそうになりながら、ふく着替きがえると、「おかあさぁん〜、今日当番とうばんあるっていったじゃん!」と、リビングにって、文句もんくをいいました。

 とうぜん、おかあさんからは、

「あーごめんごめんわすれてたぁ、あさごはんできてるからはやべちゃってね!」

 みたいな返事へんじがあるはずでした。

 ひとこと、「ごめんね」とあやまってくれれば、それでよかったのです。

 ところが、おかあさんは、あろうことかぎゃくギレをかましてきました。


「だからったでしょ! もう六年生ろくねんせいなんだから自分じぶんのことは自分じぶんでやりなさい!」


 えっ、てカンジでした。

 同時どうじに、はぁあ〜?ってカンジでもありました。

 なぜおこられたのか理解りかいできなくて、いきなりビンタされたみたいでした。

「……えっ。だって、きのうこしてってたのんだらいいよっていったじゃん。なんでわたしのほうが、わるいみたいになってるの?」

「おかあさんはちゃんとこしました。きてこない夏生なつおわるいんでしょ」

きるまでこしてよ! てか、わたし、なんでおこられてるの?」

 たしかに六年生ろくねんせいになったときに、自分のことは自分でやる約束やくそくしたけど。油断ゆだんして目覚めざましアラームかけていなかったけど。たのまれたことやらずにぎゃくギレするのはわるくないのか。

 かなしくて、くやしくて、わたしはおもわずいってしまったのです。

「おかあさんずっといえにいるんだから、いえのことくらいちゃんとやってよ!」

 くちにした瞬間しゅんかん、しまったと思いました。

 このセリフは、おとうさんがいう定番ていばんのセリフでした。

 夫婦ふうふでけんかすると、「主婦しゅふなんだからいえのことくらいちゃんとやってくれよ!」みたいなことをいって、お母さんをかせるのです。

 すごくイヤなかただなと思っていて、そのたびにおとうさんにハラてていたのですが、そんなわたしが、どうして同じセリフをいってしまったんだろう。

 おかあさんをみると、どことなくさみしそうなかおをしていました。

 わたしはたまらなくなって、ランドセルをつかむと、大急おおいそぎで学校がっこうへとはしりました。


 そして今は、放課後ほうかごです。

 わたしは教室きょうしつせきで、つくえにそべるようにダラケています。

 今日はいちにち、ずっとおかあさんのことをかんがえていて、授業じゅぎょうをうけた記憶きおくがぼんやりとしていました。

 ずっと、どうしたらかったのかかんがえていました。あんなこと、全然ぜんぜんいうつもりじゃなかったんです。あのときに、すぐにあやまれたらかったのに。

 下校時間げこうじかんはとっくにすぎて、教室きょうしつにはだれもいません。はちみつみたいないろゆうぐれのひかりまどからはいってきて、ちょっとまぶしい。とおくから、下級生かきゅうせいたちのわらごえこえてきて、やがてそれもえてしまいます。

 しずかでした。

 そのとき、「夏生なつお」とこえがして、教室きょうしつうしろのからだれかがはいってきました。

 りかえると、同じクラスの梶原かじわらちゃんがっていました。

 かのじょは「かえらないの?」とちかづいてくると、笑顔えがおをみせます。梶原かじわらちゃんは東京とうきょうからの転校生てんこうせいで、同じはんになったのをきっかけになかよくなったのです。

 つくえからきながら「ちょっとね」とわたしも笑顔えがおをつくってみせます。「そろそろかえろっかなと思っていたところ」

「なんか元気げんきないね。具合ぐあいわるいの?」

「んーへいき。きょうのあさ、ちょっとおやとけんかしちゃって……」

 いえかえりたくない理由りゆう説明せつめいすると、梶原かじわらちゃんはおどろいた様子ようすでした。「夏生なつおおやとけんかしてちこんだりするんだ、にしないタイプと思ってた」

「するわ! てか、どんなイメージなんだ」

「あはは。おやなかいいんだね。だったら、なおさら早く帰れば?」

「うーん。帰りづらくて」

 わたしがいうと、梶原かじわらちゃんははなしくモードになったのか、「どうして?」といいながら、ひとつまえせき椅子いすいてすわりました。

 放課後ほうかごゆうぐれ、ともだちとふたりきり、というシチュエーションがくすぐったくなりながら、わたしはつづけました。

「なんかさ。ひどい言葉ことばきずつけちゃって。こころのなかではあやまりたかったのに、声がなかったんだよね。声をすのがこわくて。あれ、なんでなんだろう」

 なるほど。と梶原かじわらちゃんはうなずきました。

「で、いまさらあやまるのも、アレじゃん? 朝のこと、むしかえすみたいでしょ? またイヤな気持きもちになるかもしれないし、けんかになるかもしれないし……」

「あーわかる」と梶原かじわらちゃんはいいました。「だれかとけんかして、とちゅうでこっちが悪いことにづくことあるよね。でも、すなおにごめんっていうの、めっちゃ勇気ゆうきいるんだよね。くにけないというか」

 うんうんうん、とわたしはうなずきます。

 くにけない、というのはピッタリな表現ひょうげんでした。

 あやまるのはずかしいし、勇気ゆうきしぼらないといけないんです。

 それは、とてもむずかしいことのように思えました。

「だけど」と梶原かじわらちゃんはつづけます。

「やっぱ早くあやまったほうがいいよ。人間にんげんは、いくらこころのなかで思っていても、言葉ことばにしなきゃ、気持きもちはつたわらないんだから」

「……うー。やっぱりそういう結論けつろんになるのかぁ」

 ガックリきたわたしは、つくえのうえにだらしなくそべります。

 やはり覚悟かくごをきめて、いえかえるしかなさそうです。

 梶原かじわらちゃんが頭をなででくれました。「つたわればいいのにね、いつも」

「え? なにが?」

「だからテレパシーみたいに。いつもこころこころつうっていればいいのに」

「うーん。まあね」

 たしかに、テレパシーが使つかえれば、今回こんかいみたいな問題もんだい解決かいけつできそうです。

「……だけど。そうすると、おつかいのたびに、おりチョロまかしているの、おかあさんにバレちゃうしなぁ」

 わたしがいうと、梶原かじわらちゃんは「あははは!」とわらいました。

夏生なつおっておもしろいね。思ってたとおりのおんなだった。こっちの想像そうぞうしてなかったこたえをかえしてくれるし、予想外よそうがいのことばかりする」

「ほめてるの、それ」

「もちろん。ほめてるよぉ」と梶原かじわらちゃんは、をのりだしてきます。そして「あのね」とないしょばなしをするみたいにこえのトーンをとしました。「ずっと夏生なつおはなしたいと思っていたんだ」

はなしているじゃんいつも」

「いつもは、ほかのひとがいるでしょ。友だちとかクラスのひととかさ。そうじゃなくて。夏生なつおとふたりきりで。じゃまのこない場所ばしょで」

「おっ、なんだなんだ。告白こくはくかぁ?」

 ジョークをいって、わらいの方向ほうこうにもっていこうとしたのですが、梶原かじわらちゃんはクスリともわらわず、ひざのうえのランドセルから何かをしました。

「スマホ?」

 梶原かじわらちゃんがしたものを見て、わたしはくびをかしげます。

「はい。電源でんげんいれてみて」とわたされました。

「えっ。なんで?」

「いいから、いいから。いれてみて」

 わけがわからず、いわれたとおりにします。

 わたされたスマートフォンはくろのボディで、表面加工ひょうめんかこうされているのか、いつくようでした。電源でんげんボタンらしきものをすと、画面がめんに見たことのないメーカーのロゴマークがかびます。

「なんなのこれ?」

「電源いれるの、はじめてなんだ。こういう機械きかいって、さいしょ時間じかんかかるよね」

 びみょうに会話かいわみあってないことをいいながら、梶原かじわらちゃんは笑いました。そして、「起動きどうするまで、ちょっとはなしきいてくれる?」というのです。

 わたしはあきれながら、かのじょを見つめます。

 梶原かじわらちゃんは、いいました。

「あのね。日本の建築業界けんちくぎょうかいでは、まったく同じ部屋へやつくってはいけない、ってルールあるの、知っている?」

 建築けんちく? いきなりてきた言葉ことばに、わたしはびっくりしてしまいます。

 ううん、とくびると、かのじょはなしつづけました。

「といっても、法律ほうりつまっているわけじゃなくて、都市伝説としでんせつなんだけどね。でも。建築関係けんちくかんけいのひとたちなら、みーんなっているんだって。

 よくないことって?と、たずねてみます。

 かの女は「よくないことは、よくないことだよ」と真顔まがおこたえました。

「まったくおなじ部屋。つまり、部屋のおおきさ。部屋のかたち。天井てんじょうまでの高さ。ドアの位置いちまど位置いちゆかがフローリングなのかマットなのか。コンセントのかず場所ばしょ家具かぐはなにをいているのか。それらすべてを、まったくおなじに、見分みわけがつかないほどカンペキにそっくりにするとね、わからなくなっちゃう」

 わからなくなっちゃう?

「そう。どっちの部屋がどっちの部屋なのか、わからなくなっちゃう。すると、へんなことがきるようになる。だから、大工だいくさんたちは、まったくおなじ部屋をつくるように注文ちゅうもんけても、かならず部屋のどこかをえておくんだって。まど位置いちを1センチだけひくくするとか。コンセントを2つから3つにしておくとか」

 はなしわりなのか、かのじょくちざしました。

 わたしもなんとなくだまります。

 ぶきみなはなしでした。

 そこでふと、学校の教室きょうしつも同じ部屋がいくつもいくつもならんでいることにがつきます。もしはなしがほんとうなら、どの教室きょうしつもびみょうにえてつくられているのでしょうか。黒板こくばんがちょっとだけちいさいとか、ロッカーのながさがちがうとか。

 ゾッとしてあたりを見回みまわすと、教室きょうしつがいつもよりひろくなったようにかんじました。

 そのとき、シャララーンみたいな電子音でんしおんがして、わたしは「ひっ」と悲鳴ひめいをあげます。手のなかのスマートフォンが起動きどうしたのです。ぶきみなはなしきこまれて、すっかりわすれていました。

「か、梶原かじわらちゃん。これ……」とスマートフォンをかえそうとしましたが。

 かのじょは、手をまえにつきだして、受取うけとりを拒否きょひします。

「それは夏生なつおにあげる。なくさないように、しっかりとっていて」

「はっ? もらえないよ。スマホなんて、高価たかそうなモノ」

「ぜったいになくさないでね。ぜったい。約束やくそく

って梶原かじわらちゃん。い、意味いみわかんない。なにいってんの?」

 かのじょはじっとわたしを見つめてきます。

 そして、ぽつりとつぶやくように、いいました。

夏生なつお、あたしのしたの名まえ、わかる?」

「は?」

 そういえば、なんだっけ。

 ふしぎなことに、したの名まえがおもせませんでした。

「トーカ」

 と、かの女はいいました。

おしえておくね。あたしはトーカ」

 とうとつに、まえくらくなってきました。

 教室きょうしつたされていた黄金色こがねいろのひかりが、いつのまにか変化へんかしています。ふる映画えいがのように、世界せかいしろくろでぬりわけられていました。まばたきごとに、意識いしきとおのいていきます。椅子いすすわっていたはずなのに、どこかたかいところから落下らっかしているみたいに、おなかがキュンキュンとします。

 よる、うつらうつらとゆめをみているときに、とつぜん階段かいだんみはずしたように意識いしき転落てんらくする感覚かんかくにもていて。

 いっしゅん、わたしは自分がわからなくなりました。 

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