#6

 うわぁああぁんっ、つっかれたぁあああっ────

 もぉおぉ、あやうく死ぬところだったよぉおお────

 あぶなかったぁああああ、


 ……っと。

 いろいろあって、少々しょうしょうとりみだしている三原夏生みはらなつおです。こんばんは。

 でも、みなさん。今日きょうは、ほんとーにタイヘンだったんですよ(涙)。

 こっちの世界にて、いきなりこんなクライマックスになるなんて、思いもしませんでした。……ああ、きているってスバラシイ。

 ちなみに、いまは夕方ゆうがたの5時半じはん男子寮だんしりょう建物たてもの案内あんないしてもらって、あたえられた部屋のベッドでゴロゴロしています。

 部屋はひとりようで、6じょうくらいの空間くうかんをひとりじめしています。

 今日きょうがタイヘンだっただけに、むだにダラケちゃっています。

 こうしてゴロゴロしていられるのは、たぶんラッキーだっただけ。

 うんわるかったら、今ごろどうなっていたのやら……。

 男子寮だんしりょうのルームツアーをしたいところですけど、そのまえに、ちょっとだけ今日きょう午後ごごのできごとをふりかえっておきましょう。

 わたしのになにがあったのか、なぜ死にそうになったのか、順番じゅんばん説明せつめいしていきます。


 前回ぜんかい、みなさんにおはなしたのは、整備工場せいびこうじょうにいって、ひょんなことから龍之介りゅうのすけ勝負しょうぶをすることになったところまで、でした。そのつづきです。

 龍之介りゅうのすけ勝負しょうぶをするのは、ワンダラーズにはいるためのテストとのことでした。

 たなければ、入団にゅうだんみとめられないってわけです。

 ただ、バイク対決たいけつだったことが、そもそもラッキーでしたね。

 もし「ケンカで勝負しょうぶだ!」とか、いわれていたら、てないですもん。

 あんな世紀末覇王せいきまつはおうとたたかうなんて、かんがえただけでもオソロシい。

 それから、バイクといっても、実際じっさいには電動でんどうキックボードだったのもラッキーでした。だって、本物ほんもののバイクなんてれないですから。

 ……電動でんどうキックボード、むかしからってみたかったんですよね。

 風早市かぜはやしでも、ちょくちょくっているひとを見かけて、うらやましいなと思っていたのですが、お母さんが「ぜったいダメ! あぶないでしょ!」と反対はんたいするから、るのは、あきらめていたんです。

 ってみると、想像そうぞうよりカンタンでした。

 一輪車いちりんしゃみたいにバランスとるのむずかしいのかな、と思っていたけど、あしをのせるボードがひろくて、コケそうになることはありません。

 ハンドルは、自転車じてんしゃとおなじです。ちがうのは、親指おやゆびのあたりにボタンがあって、それをすとエンジンがかかることです。

 エンジンをかけてみると、何もしなくてもスーッとまえすすんでいきました。

 自転車じてんしゃみたいに、こぐ必要ひつようなし。ただっているだけ。

「あははははっ! ほーら、やっぱりね!」とおもわずわらっちゃいました。

 電動でんどうキックボード、予想通よそうどおりでした。ちょうたのしいです。

 はじめてなのにスイスイりまわせるので、調子ちょうしにのって10分くらいテスト走行そうこうして、「もしかしてわたし、才能さいのうある?」なぁんて思ったりしました。

 ……ここまではかった(泣)。

 そうこうするうち、いよいよ勝負しょうぶ時間じかんがやってきました。

 ルールは、直線ちょくせんコースをはしって、さきにゴールしたほうのち。

 ただし、かべにぶつからないようにブレーキしないといけないのがポイント。

 ブレーキは、自転車じてんしゃとおなじです。ほら、アレですよ。ハンドルにレバーがついていて、にぎるようにしてブレーキするやつ。

 ただねー、テスト走行そうこうのときは、がつかなかったことがあったんです。

 というのは、電動でんどうキックボードは大人用おとなようらしく、やたらデカいです。

 なので、ハンドルもふとくて、わたしの場合ばあい、いちどハンドルからはなさないと、ブレーキレバーにゆびとどかないんです。

 ……つまり、ブレーキするためには、一瞬いっしゅんだけ片手かたて運転うんてんしないといけない。

 速度そくどおそいうちは、それでも問題もんだいなかった。

 でも、めちゃくちゃスピードがているときは、どうなるかというと……。

 わたしがその問題もんだいがついたのは、レース中盤ちゅうばんでした。

 きもちよくカッばし、「さて、そろそろブレーキでも……」と思った、まさにそのときです──

 ブレーキしたくても、ブレーキできなかったんです。

 スピードがあまりにもすぎていて、ハンドルからはなしたら、確実かくじつにコケるのがわかってしまう。

 そもそも、こわすぎて、ハンドルからはなせない。

 たぶんスピードは、時速じそく60キロくらいてたんじゃないかな。

 電動でんどうキックボードって、正面しょうめんからのかぜがものすごいんです。うかつにくちひらいたら、はい風船ふうせんみたいにふくらんで、いきができなくなる。

 それでもわたしは、さけんでいました。

まれない! まれない!」って……。

 まりたくても、まれないんだ。ブレーキにゆびとどかないから。

 パニックになって、くりかえしさけんでいました。

 かべがぐんぐんちかづいてきて、

 もうオシマイだ!とじそうになったとき──

 ドカッ!

 いきなり体当たいあたりされました。

 そのままよこたおれ、地面じめんそらがめまぐるしく交代こうたいをくりかえして。

 がつくと、地面じめんにあおむけになっていて、龍之介りゅうのすけにヘッドロックをかけられていました。

 何がきたのかわからなくて、「く、くるしい」というと、「あ、わるい」といって、ヘッドロックから解放かいほうしてくれました。

 たすけてくれたんだ、と思ったのは、がったあとです。

 かべほうでは、電動でんどうキックボードがひっくりかえって、タイヤがまだまわっていました。もし龍之介りゅうのすけめてくれなかったらと思うと、ゾッとします。

 おれいをいおうとなおると、あいつのうでからているのにづきました。

「あっ龍之介りゅうのすけてる!」

 地面じめんころがったときに、ケガしたのでしょう。

 ポケットにバンソウコウをれてあったので、応急手当おうきゅうてあてをします。

 あいつはフキゲンそうな顔でした。

 それもそのはず、バンソウコウはおんな子用こようのかわいいけいだったからです。いぶかしそうにバンソウコウをったばかりの手首てくびを見つめているので、わたしは内心ないしんでヒヤヒヤしました。

「……ゴメン。それ女物おんなものっぽいよな」

「いや。べつに」

らなかったらててくれていいから」

「いや。これでいいい」

 不満ふまんそうではあるものの、わたしの感謝かんしゃつたわっているみたいです。

 そのあとにけつけてきたワンダラーズのメンバーに、バンソウコウをからかわれていましたけど、がさなかったし。

 龍之介りゅうのすけたすけられたのは、これで2回目かいめです。

 でも、あいかわらずの鉄仮面てつかめんで、何をかんがえているかわからないですよね。

 今回こんかいのバイク対決たいけつで、わたしはワンダラーズの見習みならいのポジションをもらい、とりあえずは補欠合格ほけつごうかくといったところ。

 ワンダラーズの一員いちいんになれば、自由じゆうに町を出入でいりできます。

 梶原かじわらトーカを見つけ、もとの世界にもどる方法ほうほうす、という計画けいかくも、着実ちゃくじつ一歩いっぽみだすことができたから、まあ死にかけたけど、よかったのかな。


 ということで、つぎに男子寮だんしりょうのルームツアーでもしましょうか。

 ……と思っていたんだけど、わたしの部屋に訪問客ほうもんきゃくがありました。

 ジュンタくんです。

 ドアをノックして「よお。ちょっといいか」と部屋にはいってきたんだけど、なんのようなんだか、ムスッとしたままくちざしちゃいました。

 きげんわるいのかな?

 それとも、わたしがさきにワンダラーズにはいったから、おこっているのかな。

 ジュンタくんも入団にゅうだん希望きぼうしていたのに、ポッとのわたしがいきなりテストに合格ごうかくしちゃったから、面白おもしろくないのかもしれない。

 そんなことをあれこれかんがえていたら──、

「すまんっ。ナツオ!」と、いきなりジュンタくんはわせました。

「え。なに。どうした?」と、わたしがいうと、

「オレっ、なんのやくにもたてなかった! あんだけエラそうなこといっといて、ビビっちまって……。オマエにはビビるな、なんていったのに──」

 そしてジュンタくんは、自分を許せない、というように奥歯を噛みしめました。

 ああ、なるほど。そういうことでしたか……。

 意外とジュンタくんはプライドが高いみたいです。

「そんなの。べつに、あやまらなくていいのに」

 なぐさめの言葉ことばをかけます。

 ジュンタくんは、顔をふにゃふにゃさせながら、

「でも、おれ、自分がなさけなくて、はずかしくて……」

にすんなって。オレとしては、むしろおれいをいいたいくらいだぜ」

「え、おれい? なんで?」

「だって、オマエがいなけりゃ、オレも勇気ゆうきでなかったもん。だから、おれい

 わたしはそういいながら、ジュンタくんのかたをかるく小突こづきました。

 こうも「何もしてねえけど」とれながら、ゲンコツをかえしてきます。

 ……なんか、いいですねえ。こういうの。おとこ友情ゆうじょうってカンジ。

 まるで、よくれたせんたくものをしたような、カラッとしたさわやかさがあります。

 女子じょしの世界しか知りませんでしたけど、男子だんしの世界もなかなかいいものだ。

「へへっ」とはなをこすったジュンタくんは、「そうだ!」とをかがやかせました。

ばんメシまでまだ時間じかんあるからさ、さきにフロいっとかねえ?」

「フロ?」

「ああ。ナツオもフロまだだろ? いっしょにいこうぜ?」

「えっ。おフロ? おフロにいっしょにいくの?」

 ちょっとまって?

 わたしはあわてました。

 部屋を見回みまわして、「あっ。ここ、おフロついてない!」とづきます。

 てっきり旅館りょかんとかホテルみたいに、部屋ごとにおフロがついていると思いこんでいたんです!

 おそるおそる、たずねてみます。

「も、もしかして、大浴場だいよくじょうみたいな、でっかいおフロに、みんなではいるの?」

「そうだよ? でっかいかは知らんけどみんないっしょだぜ」

 あたりまえだろ、みたいなかおでジュンタくんはこたえます。

 めまいがしてきました。

 男子だんしざっておフロはいるなんて、悪夢あくむそのものです。

「……き、今日きょうは、やめておこうかな。ちょっと、風邪かぜっぽくて」

 ケホケホッとわざとらしくせきをします。

「えー。そうなのか。んじゃーおれも今日きょうはフロやめておくかぁ」

 ジュンタくんはかるいノリでそういって、を頭のうしろでみました。

「え? いや、ソッチははいってくりゃいいじゃん?」

「へへへっ。いやあ、おれって、フロあんまりきじゃないんだよねー。昨日きのうもフロはいらなかったし!」

「……え?」

「さいきんは3日みっかくらいはいらないことあるよ。なつでなけりゃそこまであせかかないし、へいきっしょ!」

 ……ガーン!

 3日みっかもおフロはいらないで、へいき、だ、と……?

 これだから男子だんしってヤツは……!

「……いますぐおフロはいってきてください。いますぐ」

「え? なんだよきゅうに」

「いいから! いますぐはいってきて! でないと、もうジュンタとくちきかない!」

「ちょ、えっ? なんだよナツオ! なんでおこってるんだよ!」

 わたしは、むりやりジュンタくんを部屋からしました。


 さて。どうしましょう。

 今日きょうはおフロやめておく? ……いや、それはちょっと。

 かんがえてみれば、わたしだって昨日きのうはおフロはいってないわけで、さらに今日きょうもおフロにはいれないなんて、たえられない。

 では、どうするか。

 いちばんカンタンな方法ほうほうは、ほんとうはおんなです、と告白こくはくすることです。

 なんでウソついたの?としかられるかもしれませんが、女子寮じょしりょうにあたらしく部屋をもらって、問題もんだいはすべて解決かいけつです。

 でも、ですよ? そうするとせっかく入団にゅうだんできたワンダラーズは、ざんねんながら退団たいだんということになるでしょう。あのチームは、男子限定だんしげんていなので。

 そうすると、自由じゆうに町を出入でいりできなくなり。

 梶原かじわらトーカをさがしにいくことも、できなくなってしまいます。

 それだけは、ぜったいにダメです。


 よるの21をすぎたころ。

 男子寮だんしりょうのろうかを、ぬきあしさしあしであるく、アヤシイひとかげがありました。

 そう。わたしです。

 いきをころして、見つからないように。

 めざすは、1かい大浴場だいよくじょう──。

 じつは、男子寮だんしりょうには、女風呂おんなぶろもあります。

 食事しょくじつくってくれるオバチャンや、まりみの女性職員じょせいしょくいんもいるからです。

 なので、男子だんしトイレだけでなく、女子じょしトイレも、ちゃんとあります。

 というわけで。夕食ゆうしょくませて、みんながしずまったあとに、こっそり女風呂おんなぶろにはいってしまおう、という作戦さくせんなのです。

 緊張きんちょうします。史上最速しじょうさいそく早風呂はやぶろとなるでしょう。

 ほんとうはゆっくりおにつかりたい気分きぶんだけど、そうもいっていられません。 

 すばやくふくぎ、とにかくかみあらってしまおう。

 身体からだよりもまずはかみです。

 頭のなかでシミュレーションしながら、女風呂おんなぶろ戸口とぐちからなかをのぞきこみます。

 電気でんきはついていましたが、ひとの気配けはいはしませんでした。

 今ならだれもいないようです!

 ……チャンス! わたしはに手をかけました。

「おい。オマエ。そこで何をしている?」

 うしろからこえてきたこえに、わたしは5センチほどびあがりました。

 りかえると、そこにいたのは────龍之介りゅうのすけ

「……ナツオ?」とカレは表情ひょうじょうけわしくしながら「……何をしているんだ。今、そこに入ろうとしていなかったか? そっちは女風呂おんなぶろだぞ?」

「あっ。あの……その、あの……あの……!」

 わたしは両手りょうてをバタバタさせます。

 龍之介りゅうのすけは、しょうがないヤツだな、というように、いききました。

 ちらり、と女風呂おんなぶろあかいのれんを見て、

「いまのはなかったことにしてやる。男風呂おとこぶろ女風呂おんなぶろを、まちがえてしまっただけだよな。そうだろ?」

 なんかカンちがいされている!「……あっ。いや、のぞきとかじゃなくて!」

「ちょうどいい。オレも今からフロだ。いっしょにはいろう」

「は? いや、ちょっと」

男風呂おとこぶろは、こっちだ。はやい?」龍之介りゅうのすけちかづいてきます。

「ちょっと、まって。なんか誤解ごかいしてるけど、わたし、じゃなくてオレは……」

「そうだ、いつまでもココにいたら誤解ごかいされる。だから、い」

「まって、ちょっと、まっ……」

 龍之介りゅうのすけの手が、わたしのかたつかみました。

 そのまま男風呂おとこぶろにつれていかれそうで、

 わたしは、おもわず、


「キャ──────────────────────────────ッッッッ!」


 とさけんでしまったのです。

 龍之介りゅうのすけの、びっくりした顔が、見下みおろしてきます。「ナツオ」

 龍之介りゅうのすけこえは、ふるえていました。「?」


 わたしは、そのからしました。

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