#7

 ──ってまって、ちょっとまって。

 しんじられない。

 いまなにがきた?


 ボクはパニックになって、男子寮だんしりょう廊下ろうかをうろついている。

 とつぜんげてしまったナツオをさがすために。

 どうしよう、……どどど、どうしよう。

 ありえないことがきている。

 ナツオが──あのミハラ・ナツオが、おんなみたいに悲鳴ひめいをあげた。

 いっしょにおフロはいろうよ、ってさそったら。

 かお紅潮こうちょうさせて、にうっすらとなみだまでためて、キャーッてさけんだ。


「おまえ、まさかおんな、か?」


 おもわずいった言葉ことばに、自分でもおどろいてしまった。

 ナツオが、ほんとうはおんな

 ありえないよ、あいつが──野生児やせいじのようにワイルドで、どんな危険きけんでもたのしんでしまう度胸どきょうがあって、だれよりもバイクがきで、あっというまにワンダラーズのメンバーと仲良なかよくなったカレが、ほんとうはおんな……?

「だめだ。そんなことはありえない!」

 さけんでしまう。

 だれもいない廊下ろうかに、こえはうつろにひびいて、えた。

「…………」

 ナツオをさがそうとしていたけど、きゅうかおるのがこわくなってきた。

 かおをみたら、決定的けっていてきにイメージがこわれてしまいそうだから。

 ……いやだ。そんなの、えられそうにない。

 ボクは、自分の部屋へやげることにした。

 さっきまでさがしていたナツオにつからないように、こそこそと。

 部屋へやもどってくると、ドアにカギをかけ、ベッドにダイブする。

「…………」

 なみだにじんでいた。

 どうして、こんなにショックをけているのだろう……?

 ナツオがおんなかもしれないからって、なんだっていうんだろう?

 男子寮だんしりょうに、女子じょしがいるのは問題もんだいだけど、べつにたいしたことじゃない。

 なのに、なぜボクはいているんだろう?

 この感情かんじょうに、なまえをつけることができない。

 出逢であってからいままでにみみにした言葉ことばが、つぎつぎによみがえった。


 ──オレのなまえはミハラナツオだ! ヨロシクたのむぜセンパイ?

 ──へえたのしそうじゃん? なあなあちょっとためりしていいか?

 ──まれない! おれはぜったいにけるわけにはいかないんだ!


 こんなにもかっこよくて、おとこらしいナツオが。

 ほんとうはおんな

 ウソだ……ねえ、ウソだといってよ……。


 結局けっきょく──

 ほとんどねむれないまま、あさになってしまった。

 どうすればいいかずっとかんがえていたけど、なにも思いつかなくて。

 80年代ねんだいのマンガだと、主人公しゅじんこうはこういうときにグッドアイディアをひらめくものだけど──ボクは物語ものがたり主人公しゅじんこうにはなれないみたいだ。

 単細胞たんさいぼうなボクにできることはひとつしかない。

 ナツオともういちどちゃんとはなしをしてみることだ。

 ……そして、ヒミツをおしえてほしいのなら、自分もヒミツをうちあけることだ。

 がると、ボクはいままでていたベッドのしたにもぐりこんだ。

 ベッドのうらには、テープでカギがりつけてある。

 これこそがボクのヒミツだ。

 テープをはがし、カギをると、

 つぎにクローゼットをあけ、なかにあった金庫きんこをカギでひらいた。

 金庫きんこのなかには──これまでにボクがコツコツとあつめてきた厳選げんせんカワイイものコレクションがしまってある。

 このコレクションは、一生いっしょうだれにもせるつもりはなかった。どれかひとつでもっているところを見つかったら、はずかしさのあまりボクは死ぬかもしれない。

 金庫きんこのなかから、とっておきをした。

 親指おやゆびサイズのあみぐるみだ。

 毛糸けいととかの材料ざいりょうあつめて、ほんみながら自分じぶんつくったものだ。

 クローゼットからかわジャンをりだしてると、あみぐるみがつぶれないように丁寧ていねいにポケットにしまう。

「これでよし……」

 身長しんちょう175センチ、筋肉きんにくもりもりマッチョマンのボクがこういうものを自分じぶんつくったと知ったら、他人たにんはどんなふうにおもうか──想像そうぞうしただけで心臓しんぞうがきゅうっとしめつけられるようだった。

 でも他人たにんのヒミツをそうとするのなら、自分もおなじくらいのヒミツをさらけださなくちゃいけないのだ。


 部屋へやると、1かい食堂しょくどうにいく。

 ぶそくでズキズキするあたまをおさえながら、フロアをぐるりと見回みまわす。

 あさ食堂しょくどうはいつもさわがしくて、ニワトリ小屋ごやみたいだ。

 あたりを見回みまわしていると、

(……いた)

 ナツオは、食堂しょくどうのすみっこで、ぼそぼそとパンをかじっていた。

 昨夜さくやはあまりねむれなかったのだろう、そんな顔をしている。 

(よ、よし。いくぞ。はなしかけるぞ……!)

 ボクは、ゴクリとつばをのみこむ。

 緊張きんちょうあしをふるわせながら、ゆっくりとちかづいていった。

 5分後ふんごか10分後ぷんごかわからないけど、ボクはついに長年ながねんのヒミツをうちあける。

 こわくていますぐげだしたいけど、やるとめたからにはやるんだ。

 ポケットにをいれ、そこにある自作じさくのあみぐるみにれた。

 ポコタ(あみぐるみの名まえ)、ボクに勇気ゆうきあたえておくれ……!


      ◯


 龍之介りゅうのすけがとんでもなくおっかないかおをしながらちかづいてくるのがえたとき、わたしは悲鳴ひめいをあげそうになったことを告白こくはくしなければなりません。

 あさ食堂しょくどうで、トーストをべていました。

 そこへ、ヤツがやってきたのです。

「よお。ちょっといいか?」ドスのいたこえ龍之介りゅうのすけはいいました。「オマエに大事だいじはなしがある。べおわってからでいいから、ちっとツラかしてくれ」

 完全かんぜんにアレです。

 ヤンキーのよびだし。

 校舎こうしゃのうらにいってヤキをいれてやるぜ、てきな。

「な、なんだよ。こ、ここではなせばいいじゃんかよ?」

「いやそれは不可能ふかのうだ。他人たにんかれたくないはなしなのでな」

 マズイ。

 ひじょうにマズイですよ、これは──。 

 さっきべたトーストがくちからてきそうでした。

 他人たにんかれたくないはなし、ってナニ?

 まっています。

 ほぼ一〇〇パーセント、あのはなし……わたしがおとこおんなかについてのはなし、です。

 あたまいたくなってきたので、こめかみにれます。

 やっぱり、あのときげたのがよくなかった……あれじゃおんなだと白状はくじょうしたようなものです。とっさにごまかせたらよかったんですけどね。龍之介りゅうのすけかたつかまれたとき、あたまのなかが、しろになっちゃったんです。

「メシわるのここでってるから。ま、ゆっくりってくれや」

 さいごの食事しょくじだ、よくあじわえ。

 そういう意味いみでしょうか?

 わたしはあじもなにもわからないまま、トーストをいっきにむのでした。


 龍之介りゅうのすけにつれていかれたのは、男子寮だんしりょうてすぐの場所ばしょです。

 正面玄関しょうめんげんかんをでると、まえがあるのです。

「ここは菜園さいえんなんだ。いまはなにもえていないようにえるけど、はるになればキャベツやらイモやらがとれる。この時間じかんならだれもないだろう」

 フェンスをとおってなかはいっていくと、くろっぽいつちがむきだしの、ひろびろとした空間くうかんひろがっていました。

 農作業のうさぎょうきゅうけいをするようか、ベンチがひとつあって、それにこしかけます。

 ガタイのいい龍之介りゅうのすけがとなりにすわると、シーソーみたいにベンチがかたむいたようながしました。

「…………」

「…………」

 緊張きんちょうしすぎて、ノドの奥がっぱられているみたいでした。

 カチンコチンなのが、バレているとおもわれます……。

「……で。はなしって?」

 と、おもいきっていかけてみます。

 オマエほんとうは女だろう──

 そんな質問しつもんをされるのを予想よそうしながら。

 心臓しんぞうをどきどきさせて、ひざのうえでゲンコツをにぎりしめます。

 龍之介りゅうのすけは「はなしってのは」とメチャしぶーいこえして、しばらくうえいたりしたいたりしていましたが、かわジャンのポケットからなにかをしました。

 ミニサイズのぬいぐるみでした。

 おおきさは10センチくらい。毛糸けいとまれていて、使つかまれているのか、いろがくすんでいました。のビーズなんてれかかっています。

「……これが、ナニ?」

 あたまのなかに、でっかいハテナマークがかびます。

 だって、意味いみがわからなすぎる。

「……。似合にあわないものをっていたから、おどろいたんじゃないか?」

「うーん、まあ……」

 おもわずくびをかしげます。

 この人は、なんのはなしをしようとしているのでしょう?

 ボロっちいぬいぐるみをせて、なにがしたいのでしょう?

 龍之介りゅうのすけはいいました。 

「……じつはな。これはおれ宝物たからものなんだ。いちばん大切たいせつにしているし、いいおももかなしいおももある。ふだんは大切たいせつにしまってるけど、ときどきしては、ながめたりするんだ」

 そういって、龍之介りゅうのすけそらて、とおをします。

「……おかしいだろ? このおれが、こんなものを大切たいせつにしているなんて……」

「い、いや。べつに?」

 わたしはくびを振ります。 

「いいんじゃないか? 大切たいせつなぬいぐるみなんだろ?」

 はなしながれがよくわからないけど、とりあえずかんじたことをくちにします。

「そ、そうか」龍之介りゅうのすけははずかしそうにいいました。「……まあ、そうだな。もうずっと一緒いっしょにいるから、からだ一部いちぶみたいなモンだがな……」

「それ、だれかからもらったのか?」

「え? いや。……じつは、手作てづくり……なんだ。おれの」

手作てづくり? そのぬいぐるみ、龍之介りゅうのすけつくったの? スゲーじゃん」

 わたしは大げさにリアクションします。

 まさか手作てづくりだったとは。

 ボロっちいとかいわなくてホントーによかった……!

「ぬいぐるみというか、コレはあみぐるみっていうんだ。……まあ、その、はじめてつくったから、今見いまみるとだいぶ下手へたくそだけど……」

 龍之介りゅうのすけはあみぐるみをいじりながら、ボソボソとちいさなこえでつぶやいています。

 デカい図体ずうたいしてれているようです。

「そんなこというなよ! よくできてるぜ?」

 わたしがいうと、龍之介りゅうのすけはパッとかおをかがやかせました。

「よくできてる? そ、そうか?」

「ああ。手作てづくりにはえなかった。ものかとおもったぜ?」

「ほ、ほんとうに? ほんとうにそうおもうか?」

「ああ! かわいいネコチャンだぜ!」

 わたしがうなずくと、龍之介りゅうのすけ表情ひょうじょう一瞬いっしゅんくもりました。

 あみぐるみをつめ、まずそうに、

「……このは名まえをポンタといって、タヌキなんだ」

「…………」

 ドバッとあせしました。「……いまオレ、ネコチャンっていった? あははは、バ、バカだねえ、どこからどうてもタヌキなのに! きっとネコにけてたんだ、なにしろタヌキだから!」

 流れる汗がとまりません。

 龍之介りゅうのすけがキレて「ほほう地獄じごくにいきたいようだな?」と、つかみかかってきたらどうしようとハラハラしていましたが、本人ほんにんはそこまでにしなかったようで、かわジャンのポケットにポンタくんを大切たいせつにしまいます。

 ちらちらとわたしをながら、

「……もっとバカにされると思った。わからないかもしれないが、オマエにこれをせるとき、ほんとうに勇気ゆうき必要ひつようだったんだ」と、いいました。

 どうやら、マジであみぐるみをせたかっただけのようです。

 てっきり、わたしがおんなではないかというはなしをされるものだと思っていたから、かたすかしというか、拍子抜ひょうしぬけというか。

「バカになんてしないけど」と、わたしがこたえると、

「でも。ヘンだろう? おれのようなゴツいおとこがかわいいものをっていたら……」

 いつになく深刻しんこくなトーンのこえかえってきました。

 ははあ、なるほど。

 どうやら、それがなやみのようでした。

大切たいせつなものに、おとこおんなもないだろ? おとこがカワイイものをっていたらいけないのか? もしそれをバカにするヤツがいたら、そっちのほうがバカだと思うけど」

 わたしは思ったことを、くちにします。

「……本気ほんきでいってるのか? ナツオはほんとうにそう思っているのか?」

「うん。きなものはきといっていいと思うぜ」

 わたしがいうと、龍之介りゅうのすけだまってしまいました。

 あしもとに視線しせんとして、

理想りそうはそうかもしれないが、オマエにはわからないんだよ」とつぶやきます。

 かおげます。

 それは、いているような、わらっているようなかおでした。

「だが、そういってくれて、ありがとう。おれはいま猛烈もうれつ感動かんどうしている……!」

 ダバーとなみだながします。

 昭和しょうわのアニメの主人公しゅじんこうみたいなヤツです。あつくるしいなぁ。

 カワイイものがきなんでしょうね、ほんとうは。

 それをだれにもえずにいた、と。

 龍之介りゅうのすけにはおしえてあげたいです。わたしがいた世界せかいでは、おとこでもカワイイものをっているひとがたくさんいるってことを。おとこおんな関係かんけいないってことを。なんなら、おとこおんな服装ふくそうをしていることもあるってことを。

 べつ世界せかい人間にんげんであることはヒミツなのでいえませんが。

 いつかえたらいいのに、とおもいます。


 ……でも、なんでいきなりこんなはなしをしてきたんだろう??


      ◯


 もうおぼえていないくらい、ちいさいころ。

 野原のはらんだはなかみにさしてあそんでいたら、いきなりとうさんになぐられた。

 おとこがこんなことをするじゃないと、しかられて。

 んだはなみにじられた。

 それがたぶん、おぼえているかぎりのボクのいちばんふる記憶きおく──。


 9さいのころ、夜中よなかにこっそりとして。

 だれにもつからないようにかくしていたものほんにして、こつこつとあつめていた材料ざいりょうで自分だけのともだちをつくろうとした。

 電気でんきはつけられなかったから、まどからさしこむ月明つきあかりがたよりだった。

 とうさんにつかるんじゃないかとビクビクして、せなかをまるめながら、ちょっとずつちょっとずつタヌキのあみぐるみをんでいたら、まどから見えるおつきさまに、それがおとこのやることか?とめられているようながした。


 どうして。

 ボクだけみんなとちがうんだろう。

 どうして。

 ボクはとうさんの理想りそう息子むすこになれないんだろう。

 なんどもなんどもおとこらしくなろうとした。

 おとこっていうのは、ワイルドでたくましくて、力持ちからもちで、たよりがいがあって、どんなに危険きけん状況じょうきょうでもいたりなんかしないで、むしろわらっている。

 おとこは、メカやバイクがきだ。

 けっして、砂糖菓子さとうがしやレースのカーテンやリボンなんか、きにならない。

 ぬいぐるみなんて、もってのほかだ。

 かわいいものがきなんて、ぜったいにヘンなんだ!


きなものはきといってもいいと思うぜ」

 だから。夏生なつおがそうったとき、ボクのなかで何かがはじけた。

 はじけてざりあって、あらしのようにきぬけていった。

 どれほどの衝撃しょうげきだったか、夏生なつおにはわからないだろう。

 現実げんじつには、かわいいものがきなんて、みんなのまえ公言こうげんすることなんてできない。

 とうさんをがっかりさせたくない。

 ワンダラーズのメンバーにへんられたくない。

理想りそうはそうかもしれないが、オマエにはわからないんだよ」

 イヤミなことをくちにしてしまう。

 自分のなかで、はじける感情かんじょうおさえきれないというのに。

 うれしくて、たまらないくせに。

「だが、そういってくれて、ありがとう。おれはいま猛烈もうれつ感動かんどうしている……!」

 おさえきれなくて、ついにいてしまった。

 だって、ってほしかったんだ。

 ずっとずっと、だれかにってほしかったんだ。

 きみはヘンじゃないよ、……って。


「スマン。みっともないところを見せてしまった」

 はなをすすりながらボクはいう。 

 夏生なつおは、いきなりきだしたボクにドンきしているようだった。

 あるいは、なにかべつのことをかんがえているみたいだった。

龍之介りゅうのすけさ。世界せかいってのは、もっとひろかったりするんだぜ?」

「え?」

「だからその……いろんな世界せかいがあるんだよ。このまちそとにも」

「……ああ、うん? まあそうだろうな」

いまはそこにはけないんだけど。ていうか、ホントはきたいんだけど」

「…………?」

 何をいいたいのかわからなくて、ボクは夏生なつおかおつめた。

 うまく説明せつめいできないのがもどかしいのか、夏生なつおはもじもじしている。

 でも、わかるようながする。なんとなく。

 きっと〝べつ世界せかい〟のことをいっているんだろう。

「おい。あ、あんまこっちるなよ?」

 そういいながら、夏生なつおはベンチにすわっているしりをスライドさせた。

「ていうか、今さらだけど、オレあせくさくないかな……?」

「え? べつに?」

2日ふつかも、フロにはいれなかったからさ」

 と、ふくのえりをつまんで、くんくんとにおいをかいでいる。

 あ。そういえば。とボクはおもす。

 そもそも夏生なつおしたのは、風呂場ふろば一件いっけんがあったからで、夏生なつおからヒミツをすためだった。ほんとうは女子じょしではないかといううたがいがあって、もしそうならけてほしいとおもったから、いまこうしているのだった。

 ……でも、どうでもよくなってしまった。

 昨夜さくやはあんなに不安ふあんでたまらなかったのに、いまでは夏生なつお男子だんしだろうと女子じょしだろうと、どちらでもいいじゃないかという気分きぶんになっていた。

「フロ、はいりたいか?」

 夏生なつおをよろこばせたくて、そんなことをくちにする。

「シャワーでよければはいれるぞ?」

「そ、そりゃはいれるものなら、はいりたいけど……」

寮長りょうちょう許可きょかもらわにゃならんが、可能かのうだぞ。伊達ダテにワンダラーズのリーダーをつとめていないからな。それにおれ模範生もはんせいなんだ」

「もはんせい?」

生活態度せいかつたいどのいい、まじめな生徒せいとってことだ。模範生もはんせい特権とっけんで、シャワーくらいなら自由じゆうにつかわせてもらえるさ」

龍之介りゅうのすけが?」夏生なつおした。「まじめな生徒せいと?」

「オマエ、おれのことをなんだと思っている?」ボクもわらう。「もし不安ふあんなら、大浴場だいよくじょう入口いりぐち見張みはりをしてやるよ、だれもはいってこないように。どうだ?」

 われながらいいアイディアだとおもった。

 夏生なつおもよろこんでくれるだろうとおもった。

 だけど、そうはならなかった。

「え? なんで?」と夏生なつおきゅう真顔まがおになる。「なんで見張みはりするわけ?」

「だって。……見張みはりは必要ひつようだろう?」

「え、なんでなんで? どうしてそんなことおもうの?」

 不穏ふおん空気くうきがただよった。

 さっきまでれていたのに、とつぜんくもりになったみたいだ。

ほか男子だんし風呂場ふろばはいってきたらマズイだろ。つまり、はだかをられたら……」

「なんで、はだかをられたらマズイんだよ?」

 ハハハ、と夏生なつおわらう。

 でも、ぎこちなさでこえがふるえていた。

茶化ちゃかさないでいてくれ」ボクはいった。「実際じっさい、はだかをられたらマズイことになるのは、オマエがいちばんわかっているだろう? もう下手へた芝居しばいはやめにして、ほんとうのことをはなしてくれないか。だいじょうぶ。おれはぜったいにヒミツをらしたりしない」

「…………」

 ちかってほんとうだ、ボクはくちかたい。ぜったいにヒミツを他人たにんらさない。

 どうしたら信用しんようしてもらえるんだろう? ボクはあせっていた。

「もしおれがヒミツをらしたら、おれのヒミツもバラせばいい。だから、」

「……そっか。なるほど、そういうことだったんだ」

 はなし途中とちゅうで、夏生なつおはいきなりベンチからがった。

 ボクを見下みおろすひとみが、ギクリとするほどつめたかった。

「……ヘンだとおもった。あみぐるみせてきたのは、そういうことだったんだ?」

「……そういうこと?」

「つまり、ヒミツをおしえたんだから、おまえもヒミツをおしえろってことだろ?」

「それは──」

 ちがう、といいかけて、最後さいごまでうことができなかった。

 だって、そのとおりだったから。

 自分のヒミツをネタにして、ヒミツの告白こくはく強制きょうせいさせる。

 まさにそのとおりのことをやっていたんだから。

「……龍之介りゅうのすけのこと、いいヤツだと思っていた。でも。そう思ってソンした」

 夏生はそういって、踵を返す。

 どうしてこうなっちゃうんだ?

 きずつけるつもりはなかったのに。

はなしわったみたいだから。オレはかえるね」

 夏生なつお男子寮だんしりょうほうへとあるいていく。

 こんなつもりじゃなかったのに。

 ただ、ボクは──ボクは──

ってくれ!」とめる。「おれはオマエの味方みかたに。……ただ、オマエの味方みかたになりたいだけなんだ。こまっていたら、たすけになりたいだけなんだ!」

 夏生なつおまった。

 ちらりとりかえる。

「べつに。たすけてくれなんて、たのんでいない」

 それだけうと、そのままあるいていく。

 ベンチにのこされたボクは、何もいえず、その背中せなか見送みおくるしかなかった。

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