テーマは夢。二十首だから「夢廿夜」。「人喰いリップ〜」はひとまず無視で

・幽霊が髪で撓垂れ夢枕 僕の寝顔をジャガイモと呼ぶ

・金縛り薄目で正体見破れり半透明の爺の鼻息

この二首は笑える。
第一の歌は「夢に現れたオバケに『お前の寝顔はジャガイモだ』と言われた」というほどの意味だ。
「夢枕」は「夢枕に立つ」つまり「夢に出る」の意。
舞台は「夢」だ。「夢」の中の「僕」もまた眠っている。そしてその寝顔を見た幽霊に「お前の寝顔はジャガイモだ」と言われる。
なんともおかしな短歌である。

第二の歌は「金縛りという現象の正体を見破った。それは半透明のジジイが放つ鼻息によって起こされるのだ」といった具合の内容である。
「半透明の爺」は妖怪のようなものか。
とはいえ「金縛り」の時に「薄目」で見破る「正体」なのだからおそらく幻視や幻覚だろう。

・我が夢に出娑婆るきゃつが人呼んで「人喰いリップのスカイツリバタ子」

これが連作タイトルの「人喰いリップのスカイツリバタ子」である。
「スカイツリバタ子」に惹かれて本作を読んだ読者諸君は「なーんだ夢特有のナンセンスな人名か」と拍子抜けしてしまうであろう。
しかし「我が夢」に出るスカイツリバタ子に「人呼んで」という言葉を使うあたり、おおげさである。超有名人かなにかかとツッコミたくなる。
「出娑婆る」は「出しゃばる」と書かないせいで何やらすごそうな感じがする。「やつ」ではなく「きゃつ」というのも時代劇の悪役が言いそうな言葉だ。
大袈裟にしょうもないことを書くというナンセンス系ギャグの黄金パターンを踏襲した一首といえよう。

・三匹の猫が経営するカフェの看板メニューは自家製コピルアク

夢の中だから良いが、とんでもないブラックジョークだと思う。
コピルアクとはコーヒー豆をたらふく食わせたジャコウネコの「糞」から取る豆だけを利用して作るコーヒーである。
「自家製コピルアク」の怪しさは尋常ではないが、もう一つ重大な錯誤がある。
「ジャコウネコ」は厳密には「猫」ではないのである。
「三匹の猫が経営するカフェ」の「自家製コピルアク」は猫達が正直者かいたずら者かという性格に関係なく、絶対にデタラメである。

適当に目に入った歌について色々と書いた。
こんな私のレビューでは良さが分からないだろうが、実はこの作者はなかなか短歌が上手である。間違いなく上手い。

具眼の士がこの作品を見つけてくれれば良い。