第一章 ラブコメ編⑤

 「お前はその『ストーリーライン』のおかげでハーレム野郎になれた。不安材料も無くなった今、これからは心置きなく女の子を引っ掛けられる。……で? それで本当にいいのか?」


 そう詩録は来都に問う。


 このまま、ハーレム野郎のままでいいのかと。


 大勢の女の子に良い顔して、その全員と友達以上恋人未満の関係を築き、誰とも付き合わず、煮え切らない態度を取り続けるのかと。


 そう問われ、来都は歯噛みする。


 確かにそうだ。自分は最低のクズ野郎だ。


 ただの自分は女ったらしだ。スケコマシだ。


 と、そこへさらに詩録が追い打ちをかける。


「『ストーリーライン』ってのはなあ、少なからずそれを所有する人間──物語軸保有者ストーリーラインホルダーの心理と深く結びついている。例えばだ、俺は『ミステリー』の『ストーリーライン』を保有している。これは、無条件に事件を引き寄せる特性がある」


 そう言いながら、詩録は自身を示すように両手を広げ、戯けたように来都に尋ねる。


「ミステリーでは、探偵が出かけた先で事件に遭遇するが、それはなぜだと思う?」


 それに対し、急な話題転換についていけず困惑しながらも来都は


「それは、探偵が事件に遭遇しなければ物語が始まらないからじゃないですか? あるいは、高校生探偵とか無名の探偵だと事件捜査に加わる権限がないから、物語上仕方なく事件に巻き込んでるとか?」


「確かにそれはある。一般人が事件捜査に加わるなど、それこそ事件目撃者にでもならなければあり得ない。主人公を捜査に加えるため、作者や物語展開の都合で、主人公が事件目撃者となり事件に巻き込まれる。……しかし、その回答は0点だ」


 一度肯定した上での全否定。


 それに面食らった来都であるが、そんなことはお構いなしに詩録は続ける。


「いいか? 探偵が事件に巻き込まれるのは、だ。それ以上の理由なんていらない。彼ら彼女らは、探偵の宿命ゆえに事件に巻き込まれるんだ。……たまに単発の二時間ドラマでは、タクシードライバーだか葬儀屋だか家政婦だか旅館の女将だかが事件を解決するが、そんなもの俺はミステリーとは認めない。事件は、探偵か警察関係者以外が解決してはいけないんだ」


 と、忌々しそうに吐き捨てた後、詩録はゴホンッとわざとらしく咳払いをした、そして、


「話が逸れたな。……俺の『ストーリーライン』はいわば探偵体質だ。無条件に事件を引き寄せる。今でこそ対処療法的に特性を緩和しているが、少し前は毎日毎日事件に遭遇してうんざりしていた。──でも、それは元はと言えば俺が望んだことだったんだ。俺が、退屈な日常に飽きて刺激を求めたから、『ストーリー』は俺に宿ったんだ」


 漫画やアニメ、小説に登場するような刺激的なな出来事は現実では起こらない。旅行先で殺人事件が起きることもなければ、魔法少女にならないかと詐欺まがいの契約を持ちかけられることもないし、ある日自分にだけ見えるステータスウィンドウが現れてチートスキルに覚醒することもない。どこまで行っても現実は平坦で、だからこそ平和なのだ。


 でも誰もが一度は夢想する。


 非日常の中で生きたいと。


 そのが詩録にとっては『ミステリー』で、それゆえに彼には『ストーリーライン』が宿った。


 つまりは、『ストーリーライン』とは人の願いの顕現なのだ。


「まあ、若干『猿の手』っぽいとは思わなくもないが、それも含めて自業自得だ。……『ストーリーライン』は人の願いの顕現だ。ならば、お前の『ストーリーライン』──『ラブコメ』もお前の願いを反映させている」


 そう言われて、来都の胸は早鐘を打つ。


 そうそれこそ、名探偵にトリックを暴かれた犯人のように、言い表せない緊張が全身を縛る。


 だが、名探偵は追及の手を止めない。


 無慈悲に、残酷に。


 彼は来都はんにんを追い詰める。


「お前が持つ、ハーレム願望を反映させて、『ラブコメ』の『ストーリーライン』はお前に宿った。だからこそ訊く」


 それは猛禽類のように鋭い瞳で。


 獲物を決して逃さないという表情で問う。


 

 



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