第一章 ラブコメ編②

 「やあ、水本少年。奇遇だね。君も学食かい?」


 昼休み。いつも通り学食に行こうと思い、廊下を歩いていた来都に後ろから話しかけるハスキーボイスが一つ。


 振り返れば、そこには美女がいた。


 女子にしては高い身長に、長い緑の髪を束ねたポニーテール。凛々しさを感じさせる整った顔立ちとキリッとした目元。長い手足と細くくびれた腰、そして制服のブレザーを内側から盛大に押し上げる立派な双丘。まさにモデルのような容姿の美女がいた。

 

 彼女は総角あげまき胡蝶こちょう。奏朔高校の生徒会長にして、の三大美女にも数えられる人物。


総角あげまき先輩。僕は学食ですが、もしかして先輩も?」


「ああ、私も学食で昼食を取ろうと思ってね。……君さえ良ければ、一緒にお昼を食べないかい?」


「ええ、喜んで」


 そう言って二人は食堂を目指し、並んで歩く。


「……水本少年。悪いんだが、今日も生徒会の仕事を手伝ってくれないか? 力仕事があるんだが、松風庶務が風邪で休んでしまってな。男手が足りないんだ。もちろんお礼はするが、放課後生徒会室へ来てはくれないか?」


 普段の凛々しい姿から一転、豊かな胸の前で両手を合わせ、上目遣いでそう懇願する胡蝶の姿に思わず生唾を飲む水本。


「……いいですよ。喜んでお手伝いさせていただきます」


「そうか! ありがとう。助かるよ。……お礼の件だが、何か要望はあるか? 私個人ができる範囲なら、なんでも叶えよう」


 女の子がなんでもお願いを聞くと言っている。このシチュエーションに、頭の中に不埒な考えが過ぎりそうになるが、それを無理矢理抑え込み、来都は紳士の笑みを浮かべて返事する。


「ちょっと仕事を手伝ったくらいで大袈裟ですよ。別にお礼なんて要りません。むしろ僕の方が日頃から総角先輩に助けられてるんですから」


「いや、そういうわけにはいかない。労働には正当な報酬があって然るべきだ、それに、タダ働きさせるのは私の信条に反する。ぜひ、お礼させてくれ」


 そうは言われても、意外と難しい。そりゃー、健全な男子高校生たるもの、美人の先輩に叶えてほしいお願いの一〇個や二〇個、当然ある。当然あるのだが、そこ公序良俗に反しないという文言がつくとあら不思議。大半のお願いが死滅する。


 さて、どうしたものか。


 できるだけ実現が簡単で、胡蝶に引かれないようなお願い。そのヒントを求めて周りを見回し、その視界に食堂の入り口が映った。


「じゃあ、お弁当を作ってください」


 と口に出して早速後悔した。


 軽々しく弁当を作ってくれと言ったが、そんな簡単にできることではない。人に食べさせるのならなおのこと、中途半端なものは出せない。特にこの目の前の美人な先輩は妥協というものを知らない。どんなことにも全力。それゆえ、弁当一つ作るにしても相当な労力をかけるだろう。


 そう思い至って、来都は慌ててお願いを撤回しようとする。


「いや、やっぱなしで……。そうだ、今度ご飯でも奢ってください。それで大丈夫です」


 だが、時すでに遅し。目の前の美女はその来都のセリフを訊き、唇を尖らせる。


「なんだい? 水本少年。まさか、私がお弁当の一つも作れないような女に見えるのか? ならば心外だ。自分で言うのもなんだが、これでも料理の腕は中々だ。……よし、いいだろう。明日、君にお弁当を作ってきてやろう」


 唇を尖らせたかと思えば、胡蝶は立派な胸を張ってそう宣言していた。


 どうやら、負けず嫌いの彼女に火をつけてしまったらしい。


 来都と胡蝶の付き合いはまだ短いが、それでも来都は胡蝶が一度言い出したら曲げない頑固者だと知っている。よって、早々に説得を諦め。


「わかりました……。お弁当、楽しみにしてます」


「ああ、楽しみにしといてくれ。君のほっぺたを落として見せよう」


 そう、輝くような笑顔で言われたのだった。


 * * * * *


 放課後。


 帰宅部である来都はまっすぐ帰宅し、自分の部屋に入るとそこには二人の少女がいた。


「おかえり、お兄ちゃんー」


 そうラ来都に声をかける一人は、来都のベットに寝転がりゲームをしている、短パンとタンクトップに青い髪をツインテールにした少女──来都の妹である水本みなもと常夏とこなつ


「……来都さん。お邪魔してます……」


 消え入りそうな声でそう話すもう一人は、白く輝く髪をボブカットにし、中学区のセーラー服を身につけた儚げな顔立ちの少女。常夏の友達、箒木ははきぎ花宴かえんである。彼女は床に座り、ベットに背を預けながらゲームをしていた。どうやら、常夏と花宴の二人で対戦ゲームをしているようだ。


「花宴ちゃん、久しぶり。遊びに来てたんだ。ゆっくりしていってね」


 とりあえず花宴に笑顔でそう声をかけ、そして次にベットに寝転がる妹の頭を鷲掴みにする。


「……常夏なつ。勝手に人の部屋に入るなっていつも言ってるだろ」


「痛い痛い痛いお兄ちゃん。暴力反対ー! DVだー!」


 別に来都も本気で力を入れているわけではない。そしてそれを分かったうえでこの妹は過剰に騒いでいるのだ。


 とりあえず、常夏の髪をわしゃわしゃと雑に撫で付け、それで勘弁する。


 と、そんな兄妹の様子を見ていた花宴が申し訳なさそうな声で言う。


「……すみません、来都さん。勝手にお部屋に上がっちゃって」


「いや、花宴ちゃんは悪くないよ。どうせ、なつが無理やり引きずり込んだんだろ?」


「なんで花宴ちゃんとなつでそんなに態度違うのさっ! それにそもそも、お兄ちゃんの部屋に入りたいって言ったのは、かえn


「何言ってるのかな、常夏ちゃん!?」


 そう顔を真っ赤にしながら、常夏の口を塞ぎにかかる花宴。


 そしてわちゃわちゃしている二人の少女を眺めながら、来都はとりあえず鞄を置き、勉強机の椅子に座り、鞄から数学の問題集を取り出し、宿題を始める。


 が、


「お・に・い・ちゃ・ん! あっそびましょっ!!」


 いつのまにか花宴とのわちゃわちゃを終えていた常夏が、椅子に座って宿題に取りかかろうとしていた来都の膝に飛び乗る。


「……なつ。僕はこれから宿題をするんだ。ほら、この部屋にいてもいいから、花宴ちゃんと二人で遊んでなさい」


「えー、お兄ちゃんもなつたちと一緒に遊ぼうよ! 花宴ちゃんもそのほうがいいよね? ね?」


 そう言いながら来都の膝の上で暴れる常夏。あと、タンクトップ一枚なのにその位置関係で暴れないでほしい。具体的に何がとは言わないが、来都からだと、ちょうど上から覗くことになるため、そのトンネルから色々見える。


「……できれば、わたしも来都さんさえ良ければ一緒に遊びたいです……」


 そう消え入りそうな声で花宴が呟く。なんでか知らないが、彼女の耳は真っ赤であった。


 そして、


「わかったよ。一時間だけな。で、一時間遊んだら花宴ちゃんは帰りなさい。あんまり遅くなると危ないし、親御さんが心配するからね」


「はい、わかりました!」


 と、さっきまでの引っ込み思案な少女はどこへやら。花の咲くような笑顔で花宴が頷く。


 そして、


「じゃあ、お兄ちゃん。花宴ちゃんが帰った後で、朝までみっちり二人っきりで遊ぼうね?」


 そう甘く蕩けそうな声でそう囁く妹の頭を軽くはたく来都だった。


 ちなみに花宴はそれを聞いて顔を真っ赤にしていた。




 


 

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