第一章 ラブコメ編⑥

 放課後の教室。


 まるで一日の終わりを惜しむように、地平線に埋もれゆく太陽は教室を橙色に染め上げる。


 そしてその橙色の教室には今、二人の男女しかいない。


 一人は、中肉中背の印象の薄い顔をした黒髪の少年──水本来都。彼は、正面の少女に向けて言の葉を紡ぐ。


「僕は君のことが好きだ。……僕と付き合って欲しい!」


 汗で濡れた両手を握り締めそう口から言葉を絞り出す。


 心臓は今にも破裂しそうなほど早鐘を打ち、締め付けられるような痛みが胃を絞る。


 顔は今にも火が出るかと思うほど熱く火照り、思わず正面の少女から顔を背けそうになる。


 だが、決して顔を背けない。視線も外さない。


 しっかりと正面の少女の顔を、瞳を見て、自身の思いの丈をぶつける。


「君も輝くような笑う顔も、甘い声も、温かい手も、何もかもが好きだ。できればそれらを僕が独り占めしたい。だから──僕と付き合って欲しいっ!!」


 そして、来都の正面の少女──雲隠蛍は、頬を朱に染め、今にも泣き出しそうな瞳で、驚いたように口を押さえながら、か細い声を漏らす。


「──こんな私で良ければ喜んで。あたしも、あなたのことが好きです」


 * * * * *


 時間は少し遡る。



 図書準備室にで、白衣は来都にそう問う。


 そして、それに補足するように言葉を継ぎ足す。


「お前の『ストーリーライン』──『ラブコメ』は無力化することができる。さっきも言ったが、『ストーリーライン』はご都合主義だ。その名が示す通り、物語を履行するための摂理を捻じ曲げるほどの強制力だ。ならば、その物語を終わらせればいい」


「…………」


「要するに、。告ったら負けとかいう謎ルールの頭脳戦(笑)を繰り返しているバカップルもいたが、とっとと告れ。はよ結婚しろ」


 そう、世の中の大抵のラブコメはその一言に尽きる。


 自分が相手に釣り合わないだか。


 告白するのはいいが、もし振られたら友達にも戻れないだとか。


 それくらいならいっそ、このままのほうがいいだとか。


 そんあまどろっこしいことをしているからズルズルと何十巻も惰性で続けるのだ。

 

 かつて、十巻以上続くコミックは惰性と言い切った人物がいたが、まさにそうだ。


 とっとと告りゃ、とっとと終わるのだ。


 結局、ラブコメは「告れ」の一言で完結する。


 その一言で簡潔する。


「『ストーリーライン』には明確なゴール最終回が設定されているものがあるが、『ラブコメ』はまさにそれだ。告れば、その特性は消え失せ、晴れてハーレムライフから脱却だ」


 そう言い切り、詩録は座ったまま状態を前に傾ける。そして詩録の瞳が向いに座る来都の瞳を覗き込んだ。


 それは、一度踏み込めだどこまでも落ちる底なしの奈落。


 それに見入られる、いや、魅入られると、自身の心情を暴かれるような錯覚を覚える。


「目を閉じて、女子の姿を一人思い浮かべろ」


 有無を言わさぬその言葉の強制力に、来都は言われた通り目を閉じて、女子の姿を一人思い浮かべた。


「思い浮かべたか? ……よし、


「……は!?」


「いいか? 今お前が思い浮かべた──『女子』としか俺は指定していないのにお前が思い浮かべたかそいつは、真っ先に思い浮かぶほどお前にとって最も親しい人だ。だから、そいつに告れ」


「いやいやいや……! 確かに親しい人でしたけど、だからと言って好きかと問われれば──」


「そいつのことを一度も恋しいと思ったことはないのか? 不意に会いたくなったり、なんでもないときに思い出したり、一言二言言葉を交わすだけで嬉しくなったり。そんなこと一度もなかったか? あったなら、そいつのことをお前は好きなんだよ。だから、今すぐ告りにいけ」


 そう言われて、来都は思い浮かべた彼女との日々を振り返る。


 彼女の顔を声を微笑みを思い出し。


 そして────


 


 


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