第一章 ラブコメ編⑦

 詩録に背中を押される形で図書準備室から飛び出した来都。


 そしてその図書準備室には詩録が一人残り、天井を仰いでいた。


 と、そこへ


「やっほー、詩録くんー」


 と明るい声が響く。


 声をする方を詩録が振り向けば、そこには一人の少女がいた。


 それは光をそのまま閉じ込めたような長い金の髪をハーフアップにした少女。眩しいほど白く輝く肌と、芸術品を思わせる整った顔立ち。長いまつ毛と大きな青の瞳。出るとこは出ているのに細く引き締まった抜群のスタイル。神の最高傑作といわれても納得できるほどの容姿を持つのに、見る者に柔らかい印象を与えるのは、その美貌に人懐っこい笑みが浮かんでいるからか。


 彼女は、穂立ほたて波瑠はる


 その人目を引く容姿だけではなく、こう構内試験では常に一位に君臨し続ける学力と多くのスポーツの大会で好成績を記録する運動神経、地元の代議士の一人娘という恵まれた家柄。そして、これらの美貌や才能、家柄に驕らず、分け隔てなく誰とも接する高潔な人格。


 そんな、一部の生徒の間では偶像アイドルと化している少女が、天を仰ぐ詩録にニヤニヤと揶揄うような笑みを浮かべて話しかける。


「悪巧みは上手くいった?」


「悪巧みじゃねーよ。ただの人の恋路の応援だよ。いわば俺はキューピットさ」


「えー、こんな目つきの悪い恋の天使キューピット、いやだな。チェンジで」


「うちはキャバクラじゃねーんだから、そんなシステムねーよ」


 その詩録の軽口を聞き流し、波瑠は先ほどまで来都が座っていた椅子に上品に腰掛ける。


「あの二人、上手くいったかな? たぶん両思いっぽかったし、拗れずにくっつけばいいけど」


 とまるでスイーツを目の前にした女の子の顔で楽しそうに呟く波瑠に対して、


「大丈夫だろ。……ラブコメでは、幼馴染は負けヒロインの代表格だが、あれは幼馴染がぐだぐだしてぽっと出の転校生とかにヒロインレースで追い越される体。なら、追い越される前にとっとと付き合えゴールすればいい」


「わかる。わかるよ。私も幼馴染カップル推しだからね。詩録くんも幼馴染カップル推しだから、あの二人の背中を押したんでしょ?」


「いや? 俺は普通は小悪魔系後輩ルート推奨派ですが? ……今回の件は、あの二人をくっつけるのが一番簡単だったからそうしただけだ。実際もそう言う形だったし。もし、もっとくっつきやすそうな奴がいたらそっちを推してた。まあ、どうやら今回はそれには好感度とラブコメフラグが不足していたらしいけどな」


「は、はアアア!? 至高の幼馴染ルートではなく、邪道の小悪魔後輩ルートを推すのか、キサマ!?」


 それに対して、詩録は鼻で笑いながら


「ふっ……。所詮幼馴染など負けヒロイン。十数年の積み重ねを、ぽっと出のメインヒロインに奪われる当て馬さ」


「ふ……ふざけるな……! 戦争だろうがっ……。心の中でそう思っているうちはまだしも、それを口にしたら……戦争だろうがっ……!」


 と叫びながら波瑠は詩録に掴み掛かり、そのネクタイを掴む。


「よろしい、ならば戦争だ」


 と、両腕を広げ芝居がかった口調で応じる。そして、詩録はそんな茶番を繰り広げながら、ことの始まりのほんの三日前の出来事をふと思い出していた。


 * * * * *


 時間はかなり遡る。


 来都が詩録に『ストーリーライン』絡みの相談を持ちかける、その三日前。


 放課後の図書準備室には、三つの人影があった。


 一人は目つきの悪い灰髪の少年──家達詩録。


 もう一人は、人を惹きつけてやまない容姿を持つ美少女──穂立波瑠。


 そして残る一人は、


「最近、幼馴染がモテすぎなんです……!」


 そう悲痛な声を漏らす少女──雲隠蛍であった。

 

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