第一章 ラブコメ編⑩
「俺も最初は勘違いしていた。だが、お前の話を聞くうちに考えを改めた。『ストーリーライン』を持っているのはその幼馴染じゃない。お前だ」
そう猛禽類を思わせる鋭い目つきで告げた詩録。
「でも、詩録くん。じゃあ何で、蛍ちゃんがモテモテにならないの?」
そう隣に座る波瑠が上目遣いで詩録に尋ねた。だが、詩録はその可愛らしい仕草に動揺もせずに淡々と説明を続ける。
「『ラブコメ』の『ストーリーライン』の特性は確かに、エンカウント率とイベント数の操作だが、それは
「? つまり、好きな人にモテモテになってほしいってことは?」
「端的に言えばな」
だがどうにも蛍と波瑠の二人はその説明に納得していないらしく、首を傾げ唸り出す。
「例えば、すれ違う人誰もが振り向くようなイケメンを彼氏にできたら少なからず嬉しいだろ?」
男で言えば、絶世の美女を彼女にするようなものか。
「『ストーリーライン』はその保有者の願望を反映した特性を持つ。だから、お前は意識的か無意識的かは知らんが、幼馴染にモテてほしいと思っていたんだよ。まあ、一方で好きな人が他のやつに取られかもしれないという焦燥感や好きな人の魅力が誰にも知られず自分だけが知っていたいという一瞬の独占欲もあっただろうがな」
つまり、蛍がみんなに来都の魅了を知ってほしいと
そして、無意識を含めた心内全てを暴かれた蛍は恥ずかしいようないたたまれないような複雑な表情を浮かべ、黙りこくる。
さすがの波瑠も蛍になんと声をかけたらいいか迷い、口をぱくぱくさせるだけで結局何も言えなかった。
だが、女子の複雑な感情の機微など知らんこっちゃない男子約一名は、
「さて、じゃあ今回の相談は確か、その幼馴染がモテモテなのをどうにかしてほしいだったよな? じゃあ、何とか解決するからあとは任せとけ」
と、自信満々にサムズアップをして蛍に言ったのだった。
* * * * *
そして、これからの行動のあらましを語った詩録のもとを後にした蛍。
図書準備室には、詩録と波瑠の二人だけとなった。
「これからどうするの、詩録くん?」
そして、二人っきりとなったことで幾分か緩んだ表情で少女はこてんと首を傾げ訊く。
「あー、そうだな……。まあ、順当に行けば、数日中に俺の『ストーリーライン』の効果によって、
「それで相談来たらどうするの?」
「『ラブコメ』の『ストーリーライン』を完結させる。──つまり、とっとと告白イベントを消化させて、
* * * * *
「詩録くんは、一番くっつきやすそうだから蛍ちゃんと来都君の仲を取り持ったってさっき言ってたけどさ。本当はどういう意図で、
蛍の相談から始まった今回の一件。その後の来都が持ち込んだ相談も含めて無事解決させた後のこと。
波瑠は橙色に染まった廊下を歩きながら、隣の人物にそう問いかける。
「たまには
そう言う詩録の顔は薄暗くてよく見えない。
しかし、波瑠は彼がどんな表情を浮かべているのか不思議とわかった。だから、彼女は少し申し訳なさそうな顔をして、落ち着いた声色で尋ねる。
「もしかして、私のこと気にしてた?」
「……そんなんじゃねーよ。ただの気まぐれだ。たまには
と、戯けて言う詩録。きっとそれ以上語ることはないという意思表示なのだろう。だから波瑠もこれ以上深く訊くのはやめた。
そうして、無言になった二人は廊下を歩き、階段を下り、玄関に出る。
と、そこで
「ほら、せっかく付き合ったんだから一緒に帰るわよ!」
「いや、いいよ。もし、僕らが付き合っているってクラスで噂されでもしたら蛍困るだろ?」
「そんなことないわよ! むしろ、堂々と宣言するつまりよ、明日の教室で」
「! ほ、蛍さん。それはやめていただけると……」
「なあに? 来都はあたしと付き合ったことを周りに知られたくないの?」
「いや、それはない。むしろ僕の彼女は可愛いって自慢したい。……でも、それすると僕が死ぬ。蛍、結構人気あるから、男子たちに僕が殺されるかも」
「なら、周りのやつらが諦めるくらいのバカップルぶりを見せつけてやりましょう!」
と、仲良くイチャイチャする、もう十分バカップルがいた。
とりあえず、詩録と波瑠の手を掴み、下駄箱の裏に隠れた。さすがあんなイチャイチャしているところで知り合いと出会したら気まずいだろう。どうせ、後日来都と蛍は相談ごとが解決したことを報告しに来るだろう。ならばその時ゆっくり話を聞けばいい。
結局、多くの漫画やラノベのラブコメで、主人公と一番一緒にいた時間が長いはずの幼馴染がヒロインレースで負けるのは、その想いを伝えていないからだ。
きっともっと早く言葉にすれば、簡単だったんだ。
幼馴染だからこそ、一緒にいた時間が長いから言葉にしなければ伝わらない。
言わなくてもわかるのが理想だが、言ってもわからないのが現実なのだ。
だからこそ、人は言葉を積み重ねる必要がある。
詩録は、隣の少女を見ながら、強くそう思った。
この物語はフィクションです。─実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。─ 鏡 大翔 @Abgrund
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