第一章 ラブコメ編④

 「やっぱり、『ラブコメ』の本質はエンカウント率とイベント数だよな」


 すったもんだあったが、何とか相談に戻る来都と詩録の二人。


 一応、腹パンの件は謝った。暴力、ダメ絶対。


「……? エンカウント率? イベント数?」


 そして来都は唐突な詩録の発言に混乱していた。


 それに対し、詩録は来都の対面で腕を組んでしみじみと語る。


「よほど生理的に無理な相手でもなければ、一緒にいる時間が長くなると自ずと好意が芽生えると思うんだよ」


「???」


「ほら、マンガとかラノベでもそうだろ? あれは別に主人公がモテてるのではなく、ヒロインと下の名前での呼び合いしたりとか、ひょんなことから互いの家を訪れたりとか、出掛けた先でばったりエンカウントしたりとか、ヒロインの悲しい過去を共有したりとか、林間学校や修学旅行で同じ班になったりとか。そういったイベントを消化して、主人公はヒロインの好感度を稼いでるんだよ」


 来都にはちょっと何言ってるのか分からなかった。だがとりあえず頷いとく、実にいいやつである。


「えーっと……、その話と僕の相談にどんな関係が?」


 だが、さすがにそんなラブコメ談義をするためにここに来たのではないため、何とか話の軌道修正を試みる。


 来都がおずおずとそう尋ねると、詩録はあっけらかんと言う。


「いや、関係大有りだ。だって、これはお前の『ストーリーライン』の特性についての考察だからな」


「あの、そもそもその『ストーリーライン』というのは何なんですか?」


 とりあえず、噂話を頼りに詩録に相談に来た来都だが、その『ストーリーライン』が何なのかについてはさっぱり分からない。


「そういえば説明してなかったな。『ストーリーライン』。または『物語軸ものがたりじく』とも呼ばれる現象群だ。端的に言えば、それはだな」


「……ご都合主義? それはあれですか、主人公の味方が誰も死なないとか、主人公がどれだけダメージを受けても倒れないのに敵は一撃喰らえば倒れるだとか、敵が瀕死の主人公にトドメを刺さないだとか」


「それそれ。作品のストーリーや設定の都合で行われる、整合性に欠ける流れのことだな。『ストーリーライン』っていうのはそれのことだよ。特定の人物に対するご都合主義。平たく言えば、フィクションのお約束のことだな。あれが現実で起こるのが『ストーリーライン』」


「……僕の悩みの種は、その『ストーリーライン』なんですか?」


「まあ、たぶん。ちょっとそのモテっぷりは整合性を逸脱してる」


 と、苦虫を噛み潰したような表情で言う詩録。もちろんそれは、来都がモテることへの嫉妬半分妬み半分である。やはり、もう一発くらいこいつ殴っとくべきだったのでは、と考える詩録であったが、それでは話が前へ進まないと思い、次の話を切り出す。


「『ストーリーライン』にも『ジャンル』があるんだよ。にも色々種類はあるってことだ。……で、お前の『ジャンル』は『ラブコメ』だな。特性としてはおそらく、異常に異性との接触回数が増えるってところか。まあ、雨男雨女の恋愛版だ。引き寄せるのが──惹き寄せるのが雨か異性かの違いだよ」


「それは『魅了』みたいなものですか? 異性を惹きつけるみたいな」


 そう言い、その詩録の考察に対して、来都は暗い表情を浮かべる。


 魅了。


 異性を惹き寄せ、虜にする力。創作物では、吸血鬼ヴァンパイアが保有する力か。


 確かにそれは暗い表情にもなるだろう。なにせ、無自覚に周囲の女性の感情を、心理を書き換えていたのかもしれないということなのだから。


 故意かどうかは関係ない。


 恋かどうかも関係ない。


 それは人の気持ちを踏み躙り、恋愛感情を弄ぶ最低の行為だ。


 そう思い、自己嫌悪に至っていた来都であるが、


「いや、そうじゃない。お前本当に俺の話聞いてたか? だーかーら、エンカウント率とイベント数を操作してただけだ。心理操作でも因果律操作でもなく、ただの確率操作だ」


 それは聞き分けのない生徒に言い聞かせる教師のように、詩録は続ける。


「言ったろ? 人間、よほど生理的に無理な相手でもなければ、一緒にいる時間が長くなければ自ずと好意は芽生えるんだよ。言ってみれば、お前の『ストーリーライン』は異性との接触回数──一緒にいる時間を長くするだけで、人の心理に作用するほど強力なものじゃない」


 確かに『ストーリーライン』には物理法則から逸脱するほどの強力なものも存在する。そして場合によって人死が出るほどの脅威を誇る『ストーリーライン』も存在する。だが、来都の『ストーリーライン』は所詮『ラブコメ』だ。『ラブコメ』において登場人物の心理操作は御法度だし、登場人物の死亡は炎上待ったなしだ。だから、来都の『ストーリーライン』は人死が出るほど危険なものでもないし、まして人の心理に干渉するほど強力なものでもない。


「で? これでお前の悩みは解決か? なにせお前はと思って、俺に相談に来たんだろ?」


 全てを見透かすような瞳でそう言い切られ、来都は息を呑む。


 来都は先ほど詩録が言ったように、自分が人の気持ちを書き換えてしまっているのではないかと思い、相談に来たのだ。


 葵やみのり、胡蝶、花宴はまだ分かる。だが、蛍や常夏はおかしい。まるで豹変したかのように、急に自分にデレてきた。そのことに、自分が無自覚に彼女らに何かしてしまったのではないかということに恐怖し、彼は相談に来たのだ。


 そして、不安が杞憂だと分かり、安心した来都がお礼を言って席を立とうとする。


「不安が取り除かれました。家達先輩、ありが


「で? どうする?」


 一件落着し、大団円の雰囲気を詩録は被せ気味にそう言ってぶち壊した。


 詩録の表情。表情こそ笑っているが、その目は全く笑っていない。


 その目を覗き込めば、全てを見透かされているのではないかと錯覚する。


「お前はその『ストーリーライン』のおかげでハーレム野郎になれた。不安材料も無くなった今、これからは心置きなく女の子を引っ掛けられる。……で? それで本当にいいのか?」


 その瞳は問う。お前は本当に、このままハーレム野郎のままでいいのかと。と。

 


 

 

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