Sky killer, pilgrim

メイルストロム

空へ、その果てに。


 *

 ソラの色は何色? と聞かれれば私達は皆、青色と答えることだろう。

 昼と夜で光度の差こそあれ、この空は常に青く輝いているのだから。時折雲に隠れることもあるが、空が青いことに変わりはない。日が沈む時も、日が昇り始める時も、空は常に青く美しいのだ。


 そんな空を、かれこれ三十分は見上げている女性が私の姪──スカーロイ・ライトである。

 齢三十を目前にして、この航空研究開発課のトップにまで上り詰めた才女。その才能を以て数多の人間を魅了してきた彼女だが、その心は宇宙ソラに囚われたままだ。

 ──彼女の心を捉えたのは、ある一つの事件がきっかけとなっている。史上初の成層圏航空事故が起きたあの日、彼女は囚われた。

 その事故により最愛の両親を一度に亡くし、遺体は機体と共に行方不明。両親の葬儀に参列した際、空の棺を前にした彼女が「どうして?」と蚊のなくような声で繰り返していたのを覚えている。


 そうして葬儀を終えた後、一月も経たずに彼女はウチへ来た。理由は他に頼れる親戚筋が居なかったから──……なんて言っていたが、真の理由が他にあった。 


 その理由は、自らも宇宙ソラへと上がること。


 両親が挑んだように、自分自身も宇宙ソラへ向かいたいと断言したのだ。

 その為に航空機技術研究所で副所長を務める俺の下へやってきたのである。彼女の考えていた通り、正攻法で此処に勤めるとなれば十数年の年月は消費するのは確実。

 しかし私の口添えで入所したとなれば、確実にコネ入所と叩かれる。しかし彼女は、考えられるそういったモノを全て覚悟した上で選んだのだと言った。

 正直、そのしたたかさは嫌いじゃなかった。使えるものは全部使って自分の目標に挑んでやる、という気概が感じられたから。

 ……まぁ、それらの懸念事項は全て杞憂に終わってしまったのだが。正直アイツは──贔屓目に見なくても化け物だった。才能も充分、気合いは言わずもがな──となればこの未来は確定事項だったのかも知れない。


 とは言え、宇宙ソラへ上がる事には賛同できなかった。そもそも宇宙へ挑んだところでなんだというのだ? あの事故唯一の犠牲者である夫婦のように、何も遺せず消えてしまうかも知れない。彼らが遺した「青空の真実」とやらを解明する事がそんなにも大事なのだろうか?

 

「Blue Sky. Only One The True.──……」


 そしてもう一つ、彼女には奇妙な習慣がある。

 あのように空を見上げたまま、最期のメッセージを謳うのだ。これを遺したのは件の夫婦──彼女の両親。それを私が伝えたあの日から、この奇妙な習慣は産まれた。

 正午を過ぎた辺りで──彼女は日に一度、必ず宇宙ソラを睨みながらソレを口にする。

 

 ……私はその姿を目にする度、幼子の姿を連想してしまう。親に置いていかれた子供のような、あるいは人混みに紛れはぐれてしまった子供のような──そんな上手く言語化出来ない寂しさを感じさせる後ろ姿が、私の目にはとても危ういモノに見えて仕方ない。

 それも相まって、私は彼女を宇宙ソラへ挑ませたくないのだ。


「────この宇宙ソラは本当に青いのかな」

 

 唐突に投げかけられた言葉に、私は暫し気付くことが出来なかった。先の言葉が私に向けられたものなのだと──そう気づいたのは、彼女が私に向かって微笑んだからである。


「……何度も言うが知らん。生憎と俺は宇宙ソラにあがった事なんて一度もないんでね」

「ならいつか一緒に確かめてくれる?」

「お断りだ。それにお前を宇宙ソラへやるつもりもない」


 いつも通りの返事を返してやれば「つれないヒト」なんて言葉を返してくる。その口調はわざとらしく口を尖らせたようなもので、年齢の割に幼い仕草だと言えよう。


 ──これは幾度となく繰り返されてきた日常の一コマだ。

 多少の言葉は違えど会話の流れは変わらない。しかし最後は必ず「一緒に確かめてくれる?」という言葉が飛んでくるのだ。

 そして、その言葉に対する返事も変わらない。私は何度だって「お断りだ。お前を宇宙ソラにやるつもりもない」と返す。

 ……正直、宇宙ソラの色を知りたい気持ちだけでここまで来たアイツは凄いと思う。だが、それと同じくらい恐ろしくもある。

 人が空を飛ぶこと──それは簡単なことではない。空を自由に飛ぶ為に必要なモノは多く、その技術を習得することは難しい物ばかりだ。ましてや成層圏を抜けようとするならば、並大抵の努力ではどうにもならない事ぐらい誰でもわかるだろう。

 なのに彼女は、ただ宇宙の色を知りたい一心で艱難辛苦を越えてきた。だからきっと彼女は、いつか必ず宇宙ソラに上がると確信している。

 ……それ故に気になるのだ。


 ──彼女は宇宙の色を知った後、一体何処へ向かうのだろうかと。




 *

「スカー、一体今度は何を作ろうとしてるんだ?」

「天蓋を食い破るための牙を研いでるの。伯父さんもやってみる?」


 白衣を機械油で汚しに汚し尽くした彼女は、何名かのエンジニア達と共に工廠で何かをこさえていた。こさえられているソレは中々に大きなもので、ぱっと見はエンジンの類にしか見えない。


「また変な言い回しを──それにここじゃ副所長と呼べって何度言えばわかるんだ、スカー」

「別に良いじゃない。貴方も私のことをスカーと呼ぶのだから」

「よくないから言っているんだ……それにしても、一体コレは何なんだ。誰かわかるやつは居ないのか?」


 近くのエンジニア達に目を向けるが──彼女を除き誰一人として答えを持ち合わせていないらしい。誰に聞いたところで首を横に振るだけであった。


「──だから言ったじゃない。天蓋を食い破るための牙だって」

「…………どう見てもエンジンにしか見えないが。というかアレはどうした? この間作った奴、試運転もまだ済ませてないだろう」


 アレ、と言うのは成層圏飛行用のジェットエンジンである。低酸素空間において爆発的な推進力を発揮する、というコンセプトで設計開発が行われた代物だ。つい先日組み上げられたばかりのソレは飛行試験を目前に控え、試験機体に組み込まれている。


「ソレはそれというやつだよ。翼だけでは真実に届かないからね」

「真実、ねぇ」

「おうとも。私の目指す真実には、少々厄介な敵がいるものでね。この子は絶対に必要になるんだ」


 敵とはまた物騒な言い回しをするものである。しかしそれもあながち間違いではない。研究機関だからと言って研究だけに注力すれば良いという訳ではない事くらい、誰だって簡単に想像できるだろう。

 私達研究者は研究内容、及び成果物を含めて自身を防衛しなくてはならないのだ。私達は金の卵を産む鵞鳥であり、想像よりも遥かに多くの人から狙われる立場にある。

 そしてその中にはもちろん優先順位が存在しており、どうしたって狙われやすい分野というものは存在するものだ。特に兵器転用しやすい技術などは狙われやすいと聞くし、その分野の研究者が不審死や失踪したという話もよく耳にする。


 ──そして彼女が押し進める研究は宇宙へ挑むモノだ。

 あの事件以来、誰もが忌避するようになってしまった宇宙航行研究を彼女は続けている。その資金を得る為に、彼女は推進機関を主とした売れる航空技術開発を行ってきた。実際それらはかなりの額を儲けている為、彼女を狙うモノは多い。メンバーの引き抜き程度はまだ可愛いものだ。彼女自身、拉致されかけた事も一度や二度ではない。

 ……もしそういった者達を敵だと言うのなら、現在彼女が手掛けているアレが役に立つとは到底思えなかった。

 どう考えたところで、推進機を使って人を脅すなんて事は不可能だ。勿論抑止力になどなるはずもない。もしもアレがミサイルの類だとすれば話は別だが……そんなモノを作ったとなれば懲戒処分は確実だ。俺の一存ではどうすることも出来ない。

 ──そして厄介な事に申請書をみる限りでは、アレが単なる推進機関でないことは確実なのだ。製造目的は「飛行時における進路妨害物の排除」というのが気になって仕方ない。問い詰めたところで答えは変わらず、兵器であるとの確証も得られずじまい。そうこうしている内にソレは完成しかけているのが現状なのだ。

 仮にバードストライクを警戒してのことであれば、そんな物をわざわざ付ける必要はない。此処の試験飛行場では離着陸の前には必ず鳥よけの音声を流しているし、空砲射撃による威嚇も行われる。

 ……そもそも、この空に進路を妨害するようなものがあるのだろうか?





 *

「伯父さん、少し付き合ってくれるかな」

「……私が徹夜明けだと知ってて言ってるのか? あと伯父さんと呼ぶなって何度言えば──」

「──いいじゃない、私と貴方の仲でしょう?」

 

 抗議も虚しく、私は彼女によって強引に連れ出された。試験飛行場には、彼女に連行された哀れな被害者達の姿もある。この茹だるような暑さは容赦なく体力を削りに来ており、誰もが疲れ切った表情をしていた。


「クソッタレ。なんでこんな日に限ってベスト・フライト・デーなんだ」


 雲一つ無い青空。風速も安定しており、天候急変の予兆すら見られない。年に数回あるかないかの好条件が揃っていた。


「口が悪いぞ伯父さん。私は遠隔操作を行うから、みんなと推進機関のデータ取りをお願い」

「はいはい。設定は普段通りでいいんだな?」

「勿論、皆よろしくね」


 彼女主導のもと、私達は試験飛行に必要な準備を行う。炎天下や中であっても、誰一人として文句を口にしなかったのは流石研究者と言うべきか。

 そうして約1時間程で準備を終えた後、計器の最終チェックをしてからテストを開始した。

 

 試験機体はスムーズな離陸を見せ、予定通りの空路を飛んでいく。そしてある程度上昇した後に新型エンジンを起動させると、一筋の飛行跡を描きながら急上昇していった。その勢いはさながら限界まで引き絞られ、放たれた矢の如きである。

 既存のエンジンには見られないような、安定した加速には賞賛に値するものだった。そうして安定した姿勢のまま飛翔を続け、成層圏まであと数百メートルと言ったところでソレは──突如として消滅したのである。


「んなっ……!?」


 信号途絶Signal Lost──無機質なメッセージが浮かぶ画面を前に私達は言葉を失った。爆散したわけでもない。本当に、何の前触れもなく忽然とその姿を消したのである。

 現状に皆が動揺する最中、私はある一つの事故を思い出していた。それは史上初の成層圏航空事故──スカーの両親が機体と共に消えたあの事故だ。

 爆発も確認されず、死体はおろか機体の痕跡も見つからない。まるで何かに丸呑みされてしまったかのような、不可思議としか言いようのない消失現象。

 終ぞ原因解明の叶わなかった、あの消失現象が再び生じたのだ。二十年ぶりに、この空で。


 ……瞬間、普段なら考えつかないような想像が脳裏を過った。この青空には何かが居る。その姿も見えない何かが、ヒトが宇宙へ上がることを許しはしないと言っているのではないか──と。

 そう感じた途端、この澄み渡るような青空が急に恐ろしいモノに感じられた。あの事故を目の当たりにした時よりも強く、ハッキリと。この青空はヤバいと感じられたのだ。


「──……確証は得た」


 しかし──彼女だけは違った。スカーはただ1人青空を見上げたまま、自信に満ちた表情でそう言い切ったのだ。この事故を目の当たりにして、一体なんの確証を得たと言うのだろうか。

 

「たった一つ。真実は、宇宙ソラにある──」


 彼女がいつもとは少し違う言い回しをしていたが、その時の私はそんな事を気にする余裕なんてなかった。勿論、他のエンジニア達も同じであった事は語るまでもないだろう。



 *

 あの事故から暫くして、彼女はその身柄を拘束された。

 

 原因は、いつかの日に作っていた推進機関のようなものである。

 彼女が天蓋を食い破るための牙と称していたソレは、文字通りのものであったのだ。申請時に記載されていた「飛行時における進路妨害物の排除」を目的としたそれは、特殊貫通弾バンカーバスターと酷似した構造をしていた。

 現行のソレと異なる点は、真空状態に近ければ近い程に高い破壊力を持つという点のみ。

 この事実に気付いたエンジニアの一人が上層部へ告発。かなり自由な職場とはいえ、兵器の類はご法度なのだ。

 精査の結果、それが紛うことなき兵器であることを確認した職員達は呆れ果てたそうだ。勿論私も呆れ果てた。

 そして皆一様にして首を傾げ「理解不能だ」という言葉を口にしたのは想像に難くないはずだ。

 そもそも飛行を妨げるような障害物など無いこの青空に、何故こんなモノが必要なのかと多くの者が彼女に尋ねた。

 それに対する彼女の反応は変わらない。一言一句違わずに「天蓋を食い破るために必要なの」と答えるだけ。そんな彼女の様子を目の当たりにした何人かは「遂に気が触れたのか」なんて言葉を漏らす始末である。私もその線を疑いかけたが、アイツに限ってそんな事はあり得ない。あれは本当に必要だから組み上げたに過ぎないんだ。


 だが──そんな問題はどうでもいい。今解決すべきなのはこの「仮称 空中貫通弾」をどうするかという問題だ。設計図を含め処分する事は決定事項なのだが、こんなモノをどう処理すればよいのか誰にもわからないのである。なら開発チームに聞けば良いではないか、という話なのだが…………恐ろしいことに、当の本人が安全な処理方法までは考えていなかったと言う始末だ。無論他のメンバーにも尋ねたが、誰一人としてその手立てを持ち合わせていなかった。

 そんなこんなで諸々の問題を生み出した彼女は単身その身柄を軟禁され──現在に至るという訳だ。


「なんでこんなもん作っちゃったかなぁお前は」

「必要だから作ったのよ? それに私、嘘は言ってないのに」

「そりゃわかるけどな? 駄目なものは駄目だってことくらい分かるだろ。兵器を作るなんて馬鹿げて──」

「──アレがないと私は宇宙ソラへ行けないのよ」

 

 私の言葉を塗りつぶした言葉に、暫し言葉を失った。そんな私を余所に彼女は話を続ける。

 

「私の両親が挑んだ宇宙ソラを私は知りたい。けれどその為にはこの青空を抜けなくちゃ行けないの」

「そりゃわかるが、もっと別のアプローチもあるだろ? 機体の剛性を見直すとか、飛翔速度を上げるとか」

「攻撃は最大の防御って言うじゃない?」

「くだらん冗談はよせ。空に怪物でも居るわけじゃあるまいし」

 

 ほんの冗談のつもりだった。しかしそれは芯を食っていたらしい。彼女は静か笑みを浮かべたまま「その通り」と短く答えた。


「……お前、あの時に何を見たんだ?」

「空を見たの。青い空の、真実を一つだけ」

「それはなんだ? お前は一体何を見たんだ、スカー」


 答えはなかった。彼女は静かな笑みを浮かべたままで何も語らない。何度聞いても返事はないまま時間だけがゆっくりと過ぎていく。それに伴って私の声は萎び枯れていった。言葉を紡ぐ度に彼女の事が分からなくなっていく。それが淋しくて、悲しかった。


「──……これは私の我儘なんだよ、伯父さん」


 暫しの沈黙を挟み、紡がれた言葉は予想の外にあるものだった。それは会話をするためではなく、独白を始めるための言葉。


「私は両親が挑んだ宇宙ソラを見たい。その為に一つの真実を暴こうとしている。これが我儘でなくて何だというの?」


 ──私は一体どうすればよいのだろうか?


 私の元へやってきたあの日、スカーロイの事を全力で応援してやろうと覚悟を決めたのに。今更になって迷うとは思いもしなかった。

 青空の真実とやらも、兄夫婦の遺した言葉も……今となっては何もかもが煩わしい。


 ──Blue Sky. Only One The True.


 青空の、たった一つの真実なんかに関わりたくなかったんだ。あの言葉さえ無ければ、あの事故さえ無ければ、こんな事にならなかったのに。






 *

「スカーロイ。お前は本当に、宇宙ソラへ挑むのか」

「今更そんな事を聞くなんて変な伯父さん」


 どうすればよいのかわからなくなった。だから彼女に、スカーロイに聞くことにした。私の質問に対する彼女の態度は普段通りと変わらない。けれど、その声音は普段よりもいくらか優しく感じられた。


「……伯父さんは、挑ませたくないんだね」

「まぁ、そうだな」

「でも私は挑むつもりだよ。世界には大変な迷惑をかけちゃうし、叔父さんにも多大な迷惑をかけることになると思う」

「わかってるんなら、止めろよ」


 口をついた言葉には、自分でも情けないくらい覇気がなかった。本当にどうしたいのだろう。迷いがそのまま言葉になっているような気さえしてくる。


「──でも、いつかきっと宇宙に辿り着く人が現れるよ。それがたまたま私かも知れないって話だから」

「なら……別にお前じゃなくても、良いんじゃ────」

「──よくないよ。だって、他ならぬ私がやりたいんだもの。それにこんなチャンスは二度とこないだろうし、起こるかもしれない未来を恐れては何処にも向かえないでしょ?」


 返ってきたのは想像通りの反応だった。宇宙ソラに心を奪われた彼女が、こんな事で変わるわけがない。

 そして彼女の言う通りである。起こるかもしれない最悪を恐れていては何も得られない。何処にも辿り着けない。安寧の檻の中で暮らし、同じ景色を見続ける人生を良しとするならば──私達は研究者なんてものになっていない。




 ──だから私は……研究者として、彼女を宇宙へと送り出すことにしたのだ。




 *

『伯父さん。私の我儘を許してくれてありがと』


 試験飛行場から飛び立って数分後、簡縮管制塔の無線に届いたのは短い感謝の言葉だった。背後の扉からは扉を殴りつける音と共に、警備課らの怒号が鳴り響いている。そんな中、不思議なくらいに彼女の声は良く聞こえた。

 あと数秒もすれば飛翔体迎撃装置の射程範囲から彼女は逃れる事だろう。迎撃装置の管制は此処からしか出来ないから、そこまで持たせれば私の役目は終わる。

 そうしている間にも機体は安定した飛行で空を駆け抜け、その先の宇宙ソラへと向かって翔んでいく。


「──いいんだ。心の何処かではこうなると思ってたから」

『わかってたんなら素直に応援して欲しかったよ』

「……悪かったよ、スカーロイ」


 そんな短いやり取りの後、射程範囲から抜けた事を知らせる警報音が鳴った。


 ──それを合図に、機体はさらなる加速を見せる。


 流星のような軌跡を残し、彼女を乗せた機体は宇宙へ向かってまっすぐに翔んでいく。圧倒的な加速を見せた数秒後──機体から撃ち出された空中貫通弾は、驚異的な加速を以て先行し、青い空へと喰らいつく。

 直後。轟音と共に迸る閃光は一時、空から色を奪い去った。

 真夜中の空を貫いた、真昼のような閃光が収まると──


 ──見慣れた青空には、大きなあなが穿たれていた。


 そのあなからは濃紺よりも暗く、それでいて眩い光の粒が散らされた闇が覗く。後に星空と呼ばれる事となるソレを、私はただ見つめていた。星空を駆け抜ける一筋の流星を追って、私は彼女が遺した望遠鏡でその闇を覗いていたのだ。


「────……スカーロイ!」


 地上を離れ、天の蓋を喰い破った彼女が翔んでいた。その姿を視認した直後、無線機からノイズ混じりの音声が届く。爆発の影響なのか、ノイズは酷く音声の大部分を喰ってしまっていたが──それもすぐに収まった。


『伯父さん。私、たどり着いたよ!』


 クリアになった音声で聞こえたのは、今までにないくらいに明るく弾んだ彼女の声だ。


『──宇宙ソラから視たこの星は、青かった。地上から見上げる空よりも、ずっと綺麗な青だ……!』




 ─────その通信を最後に、彼女の信号は途絶えた。




 *

 そして此方がどうなったかと言えば、割と洒落にならない状態になった。彼女がぶち抜いてくれた天の蓋はゆっくりと崩壊していって、真実の空と言うやつが露わになったのだ。

 夕焼けは紅く、夜空には星々が煌めく事も、オーロラという光の帯が空に浮かぶこともわかった。そうやって次々と空は色々な表情を持つことが知られるようになっていったのだ。また青空は依然として存在するが、以前のように青空だけという事は無くなった。


 また彼女が見た「青い空の真実」とやらについては──私がとある映像を公開した結果、世界中の知るところとなったのである。

 

 私が公開したのは飛行時の記録映像だ。そこに映っていたのは、空を覆う皮膜のような生物の姿である。

 彼女が件の兵器を使用する直前、ソイツの鮮明な姿を機載カメラが捉えていた。

 空を突き進む最中、突如として進路上に現れたのは無顎類を彷彿とさせる口らしき器官である。ポッカリとあいた空間にあったのは、赤黒い口腔と傷に蠢く蛆の様な歯列群。

 それが露出した直後、彼女は件の兵器を射出していたのだ。

 アレがどういう原理で浮遊していたのかは不明だが、件の兵器はその性能を遺憾なく発揮し見事その体を貫いたのである。

 そして肝心な青い空の死体だが──不思議な事に見つかっていない。遥か天空よりこの星を包み、青い空を演じていたナニカは跡形もなく消え去ったのである。当然、この事実は世間を揺るがしたのだが……肝心の証拠が件の映像のみであり、懐疑的な目を向けるものも多い。

  

 だが事実として──空は様々な様相をみせており、以前のような青空のみという状態に戻ることも無い。故に何かが変わったと言う事は、皆しっかりと感じているのだ。


 あの女が──スカーロイがナニかを変えてしまったと。


 それ故か、一部の人間はスカーロイを『空殺しの女』として忌み嫌っている。当然好いている者達もいるのだが、妙に神聖視されているのは気分の良いものではない。

 この一件を抜きにしても……彼女は色々な功績を遺している為、今でも教科書に彼女の事をどう書くか議論になっているらしい。


 ──青い空という、たった一つの真実を覆した英雄とするのか。

 それとも、青い空を変えた破壊者とするのか──


 ……まぁ、私個人としては凄くどうでもいい話なのだ。

 どこの誰がどんな風に記録しようと事実は変わらない。スカーロイ・ライトが、青空の真実を暴いたという事実は揺るがないのだから。

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