2 はなさなかったはなし


クリスティーナ「放して! 放してよ、ジャン・ピエール!」

ジャン・ピエール「放さないよ、クリスティーナ! もう二度と離れるもんか!」

ク「私たち、終わってるのよ! 今回もだめだったのよ! だいたいあんたと組んでいいことなんて、これまで一回も」

ジ「何を言ってるんだ! まだゲームは続いているんだよ!」

ク「ジャン・ピエール、いいかげん諦めて。次だってまた最低の結果になるわ!」

ジ「過去の結果だけを見るな! 今だけを見るんだよ、クリスティーナ! この瞬間、君と共に臨んでいるこの勝負の時間こそが、最高の一瞬じゃないか!」

ク「気休めはよして! あたしにもう関わらないで! ああ、アルベルティーノ、あなたもいたのね! 私、あなたと組むことにするわ!」

アルベルティーノ「おやおや、これはクリスティーナ。お手柔らかに頼むよ、ふっ」

ジ「なんだと!? 汚いぞ、アルベルティーノ! クリスティーナはずっと僕と組んできたんだ!」

ク「あなたと一緒でいい手になったためしなんかないじゃない! また今度もタンヤオドラ1みたいな安め狙おうっていうんでしょう!?」

ジ「そんなのじゃない! 希望を持つんだ、クリスティーナ! 僕らだからこそできる、最高の役があるじゃないか! あの――」




「に〜しも〜とぉ〜。いいかげん、さっさと次、自摸つもってくんないかな〜?」

 瘴気の漂った不機嫌な声で、私は慌てて顔を上げた。北城きたしろさんがいつもながらのまなこが寄った視線で、右側の下家しもちゃ席から私を睨んでいた。その反対側の上家かみちゃには、ちょっと眠たそうな南条さんの顔があって、対面といめんにはなんだかわくわくしているような東山先輩の顔も。

 いやでも気がついてしまう。ここは部室だ。理市りいち女学院麻雀部の、雀卓じゃんたくの上。

 そう、私は今、部活の真っ最中だった。中等部の部員仲間三人とで、日課となっている半荘はんちゃん三本勝負の。

「あ、ごめん……その、なんか言ってた、私?」

 そして、私には悪癖があって、何かの理由でスイッチが入ると、それはもう全く唐突に、身の回りの小道具を擬人化して脳内劇場を開いてしまうのだ。あげく、そこで空想したドラマをまるごと口走ってしまったりとか。

「んん? なんか、そこの手牌てはい付き合わせて、三角関係がどうとか、最高の役とかぁ」

 とたんにケタケタと真向かいの東山先輩が笑い声を立てた。

「おもろいなあー。西やん、今度は雀牌じゃんぱい、主人公にしてたんかあ? どんな物語作ってたん?」

「いやっ、これはそのっ、私はただっ」

 慌てる私を横目に、北城さんが冷静に解説する。

「三枚の牌をどうするかで揉めてたみたいっす。あらかた、122で2の刻子こおつにするか、3待ちの順子しゅんつにするか、迷ってるとかじゃないんすか?」

「ふーん、でも、タンピンとか言うてたやん? んで、カップルが別れへんままやったら、大化けするとかなんとか? どんな牌よ? おねーさんに言うてみ?」

 うっと返事に詰まってしまう。これはもちろん、手の内を見せなさいと露骨に催促しているのだ。今は南の二局で、これが今日最後の半荘。本日の戦績トータルは東山先輩が五千点ほどリードしてる程度で、他は三人ともどんぐりの背比べ。

 今ここで、手牌十三枚のうちの二、三枚でも特定されたら、それだけで勝負が決まってしまいそうな気がする。

「え、えーと、別に何の牌というわけでも……そ、そこらへんので、適当にお話作ってただけですんで……」

「そのクリスティーナとジャン・ピエールとやら、おそらくはパーソーだと思われ」

 上家の南条さんのぼそっとした声に、私はついぎょっとした顔を向けてしまった。

「西本、八索ぱーそー好きだし、だいたいいつも握り込んでるし」

 図星である。それにしても、なんでこの人は日頃寡黙なのに、こういう、私もろくに自覚していないことを、しれっと呟いてしまうのか。

「あー、なんか前にも言うてたなあ。西やん、いっつも八索絡めてるもんなあ。でも、なんで?」

「模様の話っしょ? ロマンチックな形だからだそうっす。八索の形が手を拡げてるように見えるとかなんとか」

「そこはなんか理解できへんねんけどなー。まあ想像すんのは勝手やけど」

「つまりは、西本の脳内では、八索の対子といつのイメージが、手に手を取り合っているバカップルに変換されていると推察され」

 三人が私そっちのけで好き勝手情報交換してる。まるで色ボケ妄想狂みたいな言われようだ。なんか否定できないのが悔しい。

 でも、私が八索を好きなのはそういうことじゃないのだ。

 説明してしまうと単純な話だ。八索の模様は、ざっと見た感じだと、牌の上半分と下半分にアルファベットの大文字のMと逆さのMが並んでるようなイメージになってる。

 逆さのMというのは、Wとも読める。

 で、ここが肝心なんだけど、私の名前は西本深羽みう。英文字の名を略すとMW。

 つまり八索は、私そのものってこと。まさに私のためにある牌だ。好きにならずにいられるだろうか?

 まあしかし、そういう自分のシンボルである牌二枚で、なんでバカップルの別れるの別れないのという会話劇を想像してしまうのか、そのへんは我ながら意味不明なのだけれど。



クリスティーナ「でもそろそろこのゲームも終盤よ。あともう八巡もないのよ」

ジャン・ピエール「だから何だって言うんだ」

ク「今度も和了あがれないわ。高望みした挙げ句、何の結果も残せないまま終わるのよ! だから私、やっぱりアルベルティーノと組むわ!」

アルベルティーノ「ふっふっふ、残念だったねえ、ジャン・ピエール!」

ジ「黙れ、半端ものめ! クリスティーナ、諦めちゃだめだ! 僕らならできる! 今度こそ、僕らならではの最高の手を完成させるんだ!」



「んんん、半端ものって言うた?」

 東山先輩がいきなり切り込んできた。目つきはもう笑ってない。

「えっ、えっ!? わわ私、何も言って――」

「半端もの……端牌はしはいのこと言ってんのか?」

「ってことは、索子そうずの889ってことで決まりや。横恋慕してるのが9ソーやね」

「ふーん、そんで88の関係が続きゃ、その時は手が大きくなるって……つまり、基本、タンヤオ絡みってか?」

 北城さんの分析も、ますます真剣味を帯びてくる。本格的に私を警戒し始めたようだ。

「うーん、ようわからんなー。端牌の9ソーない方が点が上がるんやて? 何の役やねん。888の三色同刻さんしょくどうこうとか? ほんで、タンヤオリーチ三暗刻さんあんこうみたいな……うん、それやったら倍満ぐらいいくやろか?」

「あああの、何か大きな意識のすれ違いが――あ、それ、カンです」

 南条さんが自摸切りしたはつをもらって、四枚の撥を手元にがしゃっと副露ふうろする。二枚目のドラをめくったら、なんと八索。他の三人がいっせいにひきつった顔を見合わせた。

「げっ、おま、西本、八策握り込んでるよな!? もうこれで満貫手まんがんて確定――」

「でも、889の待ちのままなら、この後に789となってドラ切りの可能性もあると思われ」

「けどっ、そん時ゃそん時で、チャンタとか混老頭ホンローとかに化けたりしないか?」

 いいかげんうんざりしてきた私は、ついつい周囲の雑音へまともに取り合ってしまった。

「あのですね、私はアルベルティーノが九索きゅうそーだなんて、一言も言ってませんからね?」

「「「なんだと!?」」」

 噛み付くような声に煽られたわけじゃないけど、その瞬間、山から牌を自摸り損ねて、私の次牌が雀卓の真ん中に転がってしまった。六索ろーそーだった。

 よし、という顔でその牌を手のうちに入れた私を見て、今度はみんな急に沈黙した。



マクシミリアン「アルベルティーノ、逢いたかったぜ! 俺たち、とうとう一緒になれたな!」

アルベルティーノ「うわっ、マクシミリアン、なんでここに!?」

ジャン・ピエール「おや、いい相手が現れてよかったじゃないか」

クリスティーナ「残念ね、アルベルティーノ。マクシミリアンが来たのなら、私は遠慮しておくわね」

ア「二人まで何を! おい、マクシミリアン、なんか大きな誤解が世界に蔓延してるようだが――」

マ「もう放さないぞ! 俺はずっとお前のものだ!」



「ゲイカップルもありなんだ……」

 眼を丸くしている南条さんの声で、私はまた劇場中継をしてしまってる自分に気がついた。

「えっ!? あ、いや、これはっ! べ、べつにそっちの世界が好きとかじゃなくて」

「いやいや待ち! 西やん、六索入れてカップル成立ってことは……そのアルアルなんとかってのも六索……」

「はいっ!? ええと、どう読んでもらってもいいんですけど、いちいち確認取るのは――」

「索子の88と66、それに發。他にまだ索子持ってるやろ? それ、もしかして下の方の数字とかやないんか?」

「え、それってつまり」

「む、これはまさか、出現率が九蓮宝燈ちゅうれんぽうとうの次にレアという、あの」

 北城さんと南条さんも、東本先輩の読みを理解したらしい。困った。これ以上ムダに大騒ぎされると、すごく和了あがりにくい。

「ちょっと、やめてよ役満なんて!」

「いや、まあええけどさ、うちに当たるんやなかったら」

「でもハコ飛び終了はあんまり望ましくないのでは。ここはおのおのがた、流局のためのあらゆる努力をすべきかと思われ」



ジ「さあ、いよいよだよ、クリスティーナ」

ク「なんだか怖いわ、ジャン・ピエール」

ジ「いつかはこの日が来るって信じてたんだ。今更立ち止まるわけにはいかない!」

ク「ああ、私、幸せよ、ジャン・ピエール」



「いいからさっさと自摸れ!」

 眼を開けると、やけくそ気味にヒスを起こしてる北城さんの顔があった。どうもいけない。これだけ頻繁に心が飛んでるってことは、この手を和了るのがよっぽど怖いんだろうか? そうかもしれない。幸せすぎて、手を伸ばしてるこの最中も、なんだか意識が――

「おいっ、これ以上間を伸ばすな! さっさと緑一色りゅういーそうでも四暗刻でも自摸っちまえ!」

 その一声に励まされて――ということでもないけれど、今度は私はとりこぼすことなく、しゅたっと牌を手元に迎え入れられた。

「あ、自摸つもです」

「「「うぎゃーっっっ!!」」」

 この世の終わりのような絶叫を放った三人は、けれども私が倒した手を見て、一様に狐につつまれたような顔になった。


   234(ビンズ) 六六六・八八(ソーズ) 西西西 發發發發 


「これ…………何?」

「見ての通り、發ドラドラの6400ろくよんですが?」

「えーと、これのいったいどこが、最高の役?」

 北城さんのツッコミに、私は待ってましたとばかりに満面の笑みを返した。

「そうでしょ? 世間的には、ただの發のみのクズ手なのよねー。でもねー、見てよこの八索。実はパーソーって」

 牌に私の名前が隠れてるんですよ、という話をたっぷりしてあげたのだけど、三人とも反応は薄かった。戸惑ったように、南条さんが続きを促した。

「そ、そこはいいとして、あとの支離滅裂な並びはいったい……」

「そうそう、でねー、私が生まれたのって、三月二十四日の朝六時なの! 分かる? 全部入ってるでしょ? 三と二と四、それと六。私のシンボルのパーソー入れてぇ、西はもちろん西本の西。あ、發っていうのは、ハッピーバースデーのハッピーが訛ったてことで! ね!? きれいに揃ってるの! 私的に最高の手ってことで! いつかはこの手、和了ってやるぞ〜って思っててさー!」

 三人はしばらく黙っていたけれど、そのうちに、ふと思い出したように東山先輩が口を開いた。

「えと、あと二局やな?」

「そうっすね」

「サクサク行きましょう」

 和了の卓上をスマホで記念撮影している私に構わず、山を崩しにかかかるメンバーたち。え、ちょっと、と軽く抗議すると、北城さんがくわっと牙を剥いた。

「西本、お前、もうゲーム中は一人芝居禁止!」

「えーっ!?」

 口をとがらせつつ、不承々々洗牌しーばいに加わる私の手元で、二枚の八索がぴったりくっついたまま、溢れかえった牌の群れに消えていった。



ジ「ああ、クリスティーナ、最高だよ……」

ク「ところでジャン・ピエール、さっきの手って混一色ほんいつぐらいにならなかったの? できたわよね?」

ジ「え? そ、そうだっけ?」

ク「西だってオタ風だし、せっかくの和了あがりが、なんかぜんぜん冴えないんだけど! 倍満ぐらいになりそうなものじゃない!」

ジ「それは、ええと……ごめん!」

ク「もう。……次はうまくやってちょうだいね」

ジ「え、クリスティーナ、今なんて?」

ク「何でもない」

ジ「次って言ってくれた? くれたよね?」

ク「何でもないったら」

ジ「ああ、クリスティーナ!」



「だからっ、西本っ、あんたの脳内実況なんかっっ、は・な・さ・な・い・で」

「ひええ、ごめんなさい!」



   <了>

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「つないだ手」の主題による二つの変容 湾多珠巳 @wonder_tamami

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