#9 ラブ(コメ)ホテル



     *




「わー、ふっかふか♪」



 遥はベッドの縁に腰を下ろし、バネの感触を楽しんで。


「ラブホって、もーちょいケバケバしいとこだと思ってました」

 まるで平気だとばかり、遥は物珍しそうに辺りを眺める。



「……来て、先輩?」


 遥はぽんぽんと隣を叩いて。


 俺が座ってもなお、遥は特別な緊張を見せることなく。

 穏やかな微笑みのまま、隣で佇んでいた。



「髪、触っても?」

 俺は遥に尋ねて、


「うん、どうぞ」


 手ぐしで軽く髪を直しながら、遥は俺の問いかけた言葉を、笑顔で受け入れる。


 さらりと指を通すと、遥はどこかくすぐったそうにして。

「髪、伸びたね」

「ふふ、でしょ?」

 気づけば肩に届きそうなくらいに伸びた金メッシュの髪を眺めながら……

 俺は彼女と出会ってから流れた月日の長さを、一人噛み締めていた。

 


「……ごめんね、ゆう先輩」

「?」

 ふと遥が、ぽつりと告げて。

「ああもう、あの通りすがりの人たちに言ってやればよかった。わたしの究極無敵銀河最強ゆうくんになんてこと言うんだって」

「マッチョ兄貴かな?」


 街で聞こえた(事実とはいえ、)ちょっと心が傷つく一言。

 今になって思えば、気にしなければいいだけのことだったのだろうけど……遥には申し訳ないことしちゃったな。


「まったく、ゆうくんが『パっとしない』とかホント許せない。こんなに可愛くて紳士的で優しくて、」

 いや褒めすぎか!

 ……でも、そう言ってくれることは、素直に嬉しい。

 遥が言葉を切って目線をそらす間、俺は「いや、そんなこと……」なんて照れくさい気持ちになっていると。



「……ぇ、えっちの時だって、いっぱい満たしてくれるのにっ……ッ」

「ぶッ――⁉︎」



 ――瞬間、彼女の話が予想外の方向に振れて、俺は思わず口からCO2を四散させる。



「わたしはもうゆうくんナシじゃ生きていけないのに。わたしの……わたしの国宝級に大切な天然記念物レベルに可愛い最終彼氏ゆうくんを貶すなんて、許せない……許せないッ、許せないぁああああああああ!!!」

「ちょッ、お、落ち着いて遥‼︎」


 ぐしゃぁとミディアムロングの髪を握りしめ錯乱する遥。

 な、なんかここだけ、初期より悪化してね?(困惑)

「へ、へへ。でもいいの。ゆうくんのDNAはわたしのものだもんね……(ぶつぶつ)」

 な、なんか最後に物騒な言葉が聞こえた気がするけど……き、気のせいだな気のせい。そういうことにしておこう。



 何事か唱えながら、遥は固まることしばらく。


「……から」

「?」

「……わたしは、知ってるから。ゆうくんの素敵なところ、いっぱい」


 落ち着いた声音を取り戻し、遥がぽつりと告げる。


「……だから、もう落ち込んだりしないでください。左瀬川はずっと、そばにいますよ?」


 気恥ずかしさを残しつつ、見つめるまなざしは――心の奥底にまで触れて。


「――〜〜っ……」

「せ、せんぱいっ⁉︎」


【悲報】俺氏(諫早)、泣く


 いや、こんなん言われたらさぁ……もうマジで大学辞めて働くしかないんじゃない?


 学生結婚とか、どうなのかな……色々ちょっと調べよ……このままではいけない気がしてきたわ、マジで。



「……ゆうくん、」

 瞬間、温もりが身体を包んで。

「…………っ」

 思考の渦の中、遥は俺を、ぎゅっと抱き寄せる。


「……言ったじゃん。難しいカオするのは禁止。せっかく二人きりなんだもん、楽しもう?」


 いたずらっぽく口の端を上げると。遥はこちらの目元を指先で拭って。


 囁き、そっと交わされた口付けは――聖夜を彩るいちごケーキみたいに、甘酸っぱい味がした。




◎ ごめんなさい、9話で終わりませんでした!

 次回、最終回⭐︎

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