大学の後輩が転がり込んできた話

みやび

#1 左瀬川遥は抱かれたい

「――つまりセックスさせてあげる代わりに住まわせてくれと?」

「ですです♪」


 大学の後輩・左瀬川遥は『話が早くて助かる♪』といった顔で二、三度頷いた。


 ちなみに彼女とは学部が同じ。

 胃腸炎で試験を受け損ねて再履修となった講義でたまたま知り合った俺たちは、会えば言葉を交わすくらいには仲を深めていた。


 が、お互いに顔を合わせるのは週に一度で、学外はおろか、学内でだって、講義以外で会ったことはない。


 そんな俺たちは――お互い連絡先も知らない間柄ながら――俺の住むアパートの部屋の床で座りながら、向かい合っていた。


「だってぇ、わたし住むとこ無くなっちゃったんスよ? かわいそうだとは思わないんスかぁ〜」

「まーかわいそうっちゃかわいそうだけどさぁ……」


 聞けば、住んでいるアパートが取り壊されることになって、引っ越しを余儀なくされたのだという。

 だが入学してまだ数ヶ月、経済的に余裕がなく、新しい住まいを決められないまま、退去の期限が迫ってしまったらしい。


 その取り壊すアパートはうちの物件から徒歩三分。つまり超ご近所さん。


 で、以前に俺がこの部屋に入っていくのを見かけてこちらの家を知っていたことから、藪から棒に泣きついてきたというわけ……いやどういうわけなんすかね……?


「親御さんはなんて言ってんだ?」

「実はまだ言えてなくって……」

「はぁ⁉︎ んな大事な話なんで黙ってんだよ⁉︎」


 俺が『わけがわからん』とばかり尋ねると、しかし遥は「うう、、」と肩を縮こまらせながら上目遣いになって俺を見た。


 何か事情がありそうで、問い詰めるように聞いてしまったことに少し申し訳なくなる。


「…いや、その、悪い。でも普通、真っ先に親に相談するもんじゃないかと思って」


 頭を掻いた俺に、遥は「ゆう先輩は悪くないっす」と両手を振って、でもしゅんとうなだれたかと思えば、ぽつりと言葉を零した。


「……うち、お母さんしかいなくて。ほんとは家に残った方がいいってわかってたっすけど……結構わがまま言って、東京に出させてもらったんす」

「……」


 以前に聞いたところでは、彼女もまた地方出身者で。

 上京組という共通点もあって、一人暮らしあるあるに花が咲くこともあった。


「お母さんは『楽しんできな』って言ってくれたすけど、――」

「……そこまででいいよ。……話してくれてありがとな」


 多くを語らせるのも忍びなく、俺は彼女が言葉を続けるのを制した。


 娘に経済的な心配をさせたくない親心も、それに感謝する彼女の思いも……理解するには十分だったからだ。



「――わかった。一緒に住もう」

「マジっスか⁉︎ ホントっスか?」

「ただし! 条件がある」

「え、お尻でしたいとかはナシっすよ……?」

「アホか貴様は⁉︎」


 表情を赤く染めて左右の頬を手のひらで覆う彼女。照れるくらいなら言うんじゃねえよと額を押さえて、しかしため息一つ吐いた俺は再び気を取り直した。


「その、なんだ。やっぱエロいことはだな」

「セックスのことっすか?」

「少しはオブラートに包むことを知らんのかお前は⁉︎」

「え〜もったいないっすよ〜? これでも結構モテるんだけどな〜♪」

 こちらのツッコミなど意に介することなく、遥は胸をかき抱いて身体を左右に捻る。

 Tシャツ越しの柔らかそうな肉感の下、身体をよじればぎゅむと抱かれた豊かな双丘が見事なパイスラを作って、俺は思わず息を呑む。


「あ、ゆう先輩ヨダレ出てる」

「出してない。出してない」

 まるでこちらの決意が揺らいだかのようなデタラメを口にしてきゃはっと嗤う遥。

 それに対し俺は「別に寂しいわけでもなんでもないし」と王者の風格で腕を組む。

 俺をその辺の雑魚扱いするのはやめていただけますか?


「ふっふーん、それなら……――これはどうっすか?」「は? えっ、」――――


 一瞬、彼女の企み顔が見えたかと思った刹那、


「――は、遥?」

「こ、これでもさっきと同じこと言えるっすかね……ゆう先輩?」


 こちらを押し倒し、馬乗りに変わった彼女は、んむ、と柔らかく口づけて離し、俺の目を間近に見つめる。


「――知ってるんすよ、ゆう先輩。先輩が彼女さんと別れたこと」

「な、なんでそれを……」

「先週、キャンパスのベンチでめちゃくちゃ落ち込んでたじゃないっすか。指輪もなくなってたし、講義中も心ここに在らずって感じで、めちゃわかりやすかったすよ」


 申し訳なさそうに苦笑する遥。しかし瞬間、瞳を細める。


「――でも、ほんとのこと言えば……正直チャンスだと思ったっす」

「え……」

「言ったでしょ? わたし、ゆう先輩が好きなんす……」


 蘇る記憶。いつかの小講義室、告げられた言葉――。


 見つめた瞳に光年の瞬きを宿して。

 思いの熱を灯し見つめた遥に、俺は言葉を失って、ただ彼女を見つめ返す。


「今は都合のいいオンナでもかまわないっす、、だから――――」

「――遥っ!」


 俺が名を呼ぶと、こちらの目の色が変わったことに気づいたのか、彼女は我に返って、はっとした表情に変わる。


「……だったらなおさら、今するわけにはいかないよ」

「ゆう先輩……」


 ごめんなさい、と頭を垂れる彼女の腕をぽんぽんと優しく叩くと、彼女はこちらの上から降りて、向かいに座り直す。


「正直言って、まだ少し前カノのこと引きずってる部分はある。遥は、それでもいいか?」


 俺の問いに、彼女はうん、と頷く。


 正直に伝えないのは彼女に誠実じゃないと思いながら、どう受け取られるか不安だった。

 けれど、彼女は先ほどとは打って変わり、真剣な色をその表情に宿して、まっすぐに受け止めてくれた。

 申し訳なさ半分、きちんと向き合ってくれたことが――素直に嬉しかった。


「よーし、そうと決まれば早速こっちに引っ越さないとっスね! 明日からよろしくお願いしますっス♡」

「はっ⁉︎ 明日⁉︎」

「だって退去の期限来週の月曜なんだもーん。明日からの土日で原状回復しないとマズいっしょ?」

「いきなりにもほどがあるだろ……」

 なんだよ、原状回復って。いきなり法学部生ぶった単語出すんじゃねえよ。


「ゆう先輩も、手伝ってくれるっスよね?」

 きゅるん♪と口の端を上げながら上目に見つめて、

「わーったよ、、」

「えへへ、やったっス♡」

 顔の横で手のひらを組み合わせて可愛らしく小首を傾げ、彼女は心底嬉しそうに微笑む。


「不束者っすけど、末永くよろしくお願いしますね♡ゆう先輩……♡」

「……よ、よろしく」


 そんなこんなで、俺と遥の同居生活は幕を開けた。



「一応ゴムも置いとくっスね♪」

「それはいらな……――あー、一応置いとくか……」



◎えっちな後輩に愛されたい人生……⭐︎

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