#10(完) いつか永遠の誓いの下で
「〜〜♪」
バレンタインの朝。
今朝のわたしは、教室でスマホをいじるだけでも鼻歌まじり。
「ご機嫌ですね?」
「え? そ、そお?」
隣からまおが微笑みかけて、わたしは慌ててごまかす。
「別に、なんでもないよ?」
わたしは平然を装うけれど、
「そんなデレデレした顔してるのに……?♡」
「な、、」
頬をぷにぷにとつつかれて、たまらず目を逸らす。
「誰にも言わないから、こっそり教えてくださいよぉ」
「ほ、ほんと? ほんとに誰にも言わない?」
「もちろんです♪はるる公式ファンクラブ会員第一号の名にかけて♡」
「ぜ、絶対だよ? 約束だよ⁉︎」
わたしは顔に上る熱と闘いながら、彼女へと迫って。
「――じ、じつはねっ……」
――ゅ、ゆう先輩、
――わたし……信じていいんだよねっ……⁉︎
*
『じゃ――アタシをママにして?』
「いや言い方‼︎」
俺からすれば、確かに
『や、「娘をもらって」だと押し付けっぽいからさぁ』
「おかげで語弊がヤバいんですが」
『まぁ言い方はともかくとしてさ――決めたんでしょ?』
「――まぁ、」
俺の歯切れ悪い感じから、感情が伝わったのだろう。
『――不安?」
「……いえ」
俺が言葉で否定した後、電話の相手――
沙緒さんは俺から見れば、交際相手の――
甲斐性を見せなければならない時だとはわかっていつつも……
「――気持ちは固まったつもりなんすけどね」
と俺は空いた手に持った小箱を眺める。
――あとは渡すだけ。
そして渡したいものがあるとも、すでに伝えている。
それでも、心に巣食う迷いを前にして。
『それなら、答えはひとつじゃん?』
ふと電話機の向こうで、沙緒さんは口調を明るく変える。
『――好きなら好きって、素直に言ったげな。生活のことなんて、後からどうにでもなるんだからさっ』
「さ、沙緒さん……っ」
この人が遥のお母さんで本当によかったなぁ〜……。
『――まぁダメならアタシがゆーくん養うし?』
「うんうん――」……ん?(困惑)
『だから失敗なんて恐れず、どーんとぶつかってこいよ!」
電話の向こうでけらけらと楽しそうな遥ママの発言にヒヤヒヤしながら、俺は相槌を打っていた。
*
夜、座卓でカレーを囲みながら彼女と向かい合う。
一応、ズボンのポケットに、小箱は仕込んできた。
けど切り出すタイミングがわからない。
こういうときってどう切り出せばいいんだ⁉︎
「あ、あの、美味しい、デスか? そわそわ……」
「え? あぁうん、美味しいよ……」
そのせいか会話もどこか上の空で。
「ぇ、えへへ。今日のは自信作なんですよ」
「うん、すごく美味しい。ルー変えた? このコクとまろやかさがなんとも言えず――」
「――い、今ならなんと! 遥ちゃんのカレーを一生食べられるチャンス!」
「ぶふっ⁉︎」
「ただし! 三十分を過ぎてしまうとこのカレーはもう食べられません……!」
なんだろう、売り込みがあまりにも安っぽいのに、地味に焦りを感じる……!
などと思いがけない焦燥に駆られていると、
「――と、とりあえず。わたしが先の方がいい、よね?」
と、遥はテーブルの下からラッピングされた綺麗な包みを取り出して、こちらに差し出した。
「初めて作ったから……イマイチだったらごめんね?」
包みの中に見えたのは、色とりどりにデコレーションされたトリュフ型のチョコレート。
「そっか、バレンタインだもんな……」
「ホワイトデーのお返しは朝までコースでお願いしますねっ♡」
茶目っ気を湛えて微笑んだ彼女に、俺は「ありがとう、」と苦笑まじりに礼を述べた。
そのまま彼女の目を見る。
瞬間、澄んだ瞳に真剣な色が宿って。
「次は――先輩の番」
穏やかに告げた声音は、何かの訪れを待っている。
俺はぐっと奥歯を噛み、ごくりと唾を飲み込んで、小箱を握った手に力を込め――
「――だぁぁあああゴメンやっぱムリ‼︎」
「ぅ、、嘘でしょぉおお……⁉︎」
俺は髪を掻きむしってテーブルの上に肘を置き頭を抱え――遥の悲鳴を聞いた。
「え、え? 今の流れカンペキじゃなかったすか?」
困惑した表情で俺を見る遥。
俺はこくこくと頷く。うん、わかる、あとは俺が切り出すだけだった。
だけど――ああ、なんでだろうな。
喉元まで言葉が出かかってるのに、そのあと少しが、踏み出せない……。
「そんな……」
遥は肩を落とす。
「渾身のカレー作戦だったのに……」
彼女はご飯の少し減ったカレーライスのお皿をじっと見つめて――
――その瑞々しい瞳からぽたりと、感情を溢れさせる。
「――わたしじゃダメですか……?」
目線を俯かせたまま、彼女は呟いて。
「……重い、ですかっ……?」
「っ、」
瞬間、俺は立ち上がり、――
「――ッ! …………」
できた義理じゃないとわかっていながら、彼女を抱きしめる。
遥は一瞬肩を跳ねさせたけれど……こちらに身を委ねて、パーカの袖口から出した小さな手で、俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。
「――好きだよ、先輩」
「……うん」
「笑った顔も怒った顔も、こうやって一緒にご飯を食べる時間も。――キスもエッチもぜんぶ、大好き」
「なッ……⁉︎」
濡れたままの目をちらりと向けてはにかむ遥。
「先輩、目逸らさないでくださいよぉ」
「〜〜……ッ」
いたずらっぽくこちらの頬をつんつんとつつく。
俺は表情で抗議して――でも彼女は自らの目元を指で拭うと。
「――だから先輩はわたしが守るの。何よりかけがえのないものだから……」
「っ――」
ふ、と微笑んで、瞳を細める。
キラリと光を反射したその目に、確かな像を結んで。
「――あ、一応お仕事のアテもあるっすよ!」
「それって、もしかして芸能の……?」
「えへへ……上手くいくかはアレっすけどね」
遥は頭を掻いて――すぐに真剣な表情に変わる。
「……生活のことは、わたしも、ほんとはわかってて。でも、もう待ちたくない。信じてるって
「……」
――経済的自立。
それをなし得ないまま格好だけ法的な関係を結んだところで、身の丈に合わないことをしているだけになってしまう。
「――だから、わたしが稼ぐっす! 先輩をヨユーで養えるくらいに!」
「そ、そんなこと……」
できるわけ――ない、と口が動きかけて、刹那。
「――無謀かもしれない、っすけど。
信じさせてほしいんです。先輩が見つけてくれた『わたし』を……」
彼女は胸に手を当てて――俺をまっすぐに、見つめる。
「……なので、指輪だけでも先払いしてもらえたら頑張れるかなぁって、ちょっと思っちゃったんですよね」
「そーゆーことかよ……」
ため息一つ、黒が目立ち始めた金メッシュの髪をくしゃっと撫でると、遥は「えへへぇ、」ともたれかかって、口元を緩ませた。
「ゆう先輩……っ」
遥は俺の胸に頬を寄せ、ぎゅぅ……♡と背中へと腕を回して。
早鐘を打つ心臓の音を隠しきれずに俺は、途端頬に、熱が上るのを感じる。
きっと今日は、渡せない。
けれど今日渡せなかったことに、意味を見出せる日が来ることを信じて。
――俺はその柔らかな温もりを、心に刻む。
いつか誓いを交わす、その日のために。
「……ね、先輩」
「ん……?」
「これからのために、わたしも頑張るっす。だから、」
ふといたずらっぽく微笑んだ遥は、先ほどのチョコをひとつ手に取って。
「――わたしのこと、ちゃんと見ててくださいねっ」
それを唇に咥えると、彼女はこちらに口元を重ね合わせて。
ぎゅ〜っ……♡と心まで蕩かすように身体を寄せ、抱きしめながら……二人分の唾液に溶けたチョコレートを、這わせた舌先に絡め合わせていた。
「……あっま、、、」
――――――――
――……
……
*
季節は巡り、また春が来て。
「じゃあ、俺は二号館だから」
「今日もお互いがんばりましょう♪」
出会った頃より少しだけ仲を深めた俺たちは、
――恋人の、その先にある場所へ。
ゆっくりと、でも確実に……歩みを進めている。
「……先輩は、」
「ん?」
「――ううん、なんでも。先輩に会えて良かったなって……思っただけ」
瞳を細めて、でもどこかいたずらっぽい雰囲気をまといながら。
遥は口の端を上げて、こちらを見上げる。
「じつはCMのお仕事が決まったんですよ♪」
「えっ、すごっ⁉︎」
「えへへ……なので今日は遅くなりそうです。夜ご飯、先に食べててくださいね?」
その言葉に、俺は頷いて。
目線を交わしてそっと微笑むと、講義棟から「はるる〜、」と彼女を呼ぶ声が聞こえる。
「
明るく結ぶと、遥は講義棟の方へと歩き出す。
見送った背中が、少しずつ小さくなって――
しかし一瞬立ち止まると、何事か思案し。
……ぱたぱたとこちらに駆け戻ってきて、こちらの前に立った。
「、ひとつだけ、ゆうくんに謝らなくちゃいけない、ね……」
目線を逸らした表情。
遥はうっすらと頬を色づかせて。
「……もしゆうくんがよかったら。
――正式な同居人として。これからもいさせていただけたらなと思うんです、ケド……」
聞き届けて俺は、頭を掻きながら。
「いいも何も、俺としては……とっくに許嫁のつもりだからご心配なく?」
唇を尖らせて一つ小さく息を吐くと、遥はかぁっと真っ赤に染まって元来た道を走り出す。
刹那、止まり振り返って。
遥は笑顔で告げた。
「――わたし、今日も帰るよ。先輩の家に」
今なら迷わずに信じられる。
目の前の君に感じてる気持ちも、
君が向けてくれる、かけがえのない気持ちも。
だから恋人、という名前でなんて終わりたくない。
俺は遥を見守っていきたい。
できることなら、これからもずっと。
「……♡」
ふと目線の先で、遥はいたずらっぽく微笑んで。
――耳のピアスに指先を触れさせながら、蠱惑めいた舌先をちらりと覗かせる。
「――今夜よろしくねっ、先輩……♡」
告げた声音に俺はサインの意味を思い出して――
ないしょとばかり人差し指を口元に当てて片目を閉じた遥を見送った俺は、後に残った切なさの余韻を――なぜだか無性に噛み締めていた。(終)
居候がガチ恋したっていいじゃん みやび @arismi
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