3 プレゼントの行く先は

 週末、瑞希が由奈のアパートを三時過ぎくらいに訪れたら、楽しげな子どもの笑い声に出迎えられた。

「あーっ。みずきちゃん!」

 中から飛んでくるように瑞希の前に現れたのは、今年三歳になる由奈の娘、茉優だ。茉優は瑞希の袖をぐいぐい引っ張って言う。

「まゆね、おしろつくってるの。みずきちゃんもやろ!」

「積み木だね。うん、いいよ」

 ずいぶんと懐かしい遊びだと思いながら、瑞希は引きずられるように部屋の中へと足を向ける。

 茉優は、美人の由奈の娘だけあって、子役モデルみたいなかわいらしい顔立ちをしていた。目鼻立ちがすっきりと整っているし、目はいつもきらきら輝いている。

「みずきちゃん、まゆのむこうからね」

「はいはい」

 茉優はわがまま言い放題で怖いもの知らず。ワンピースの袖もまくって夢中になって積み木のお城を作っていた。

「ねぇ、みずきちゃん」

「うん?」

 でもいっぱいわがままを言われても、瑞希は笑ってしまう。瑞希は茉優が哺乳瓶で一生懸命ミルクを飲んでいた頃から、妹みたいなこの子がかわいくて仕方なかった。

 茉優はまんまるな目で、そう信じて疑わないように言う。

「おぼんになったら、みずきちゃんもいなかのじぃじとばぁばのおうちいくよね?」

「ん……」

 茉優は瑞希を姉代わりに思っていて、まだ自分とまったく血がつながっていない他人だとわかっていない。

 茉優の祖父母は、一緒に遊びについていっただけの瑞希のことも温かく迎えてくれた、優しい人たちだ。

 でも、瑞希がじきに高校を卒業する年頃の今となっては、どうなのだろう。瑞希を連れて行ってくれた一也は、由奈に暴力を振るっていた夫から彼女を守って、無事離婚を成立させた、いわば恩人だ。由奈との結婚だって喜んでくれるかもしれないが、ただの親戚の瑞希は邪魔者だ。

「私はちょっと、用事があって。来年、大学に行くために勉強しなきゃいけないから」

「おべんきょう?」

 茉優はくりくりした目を瞬かせて、しょんぼりと肩を落とす。

「そっかぁ……みずきちゃん、おとなだもんね」

 茉優は時々、すごく聞き分けがいい子だ。

 父親は茉優には暴力を振るわなかったらしいけど、母親である由奈が傷ついて泣いている姿はよく目にしたという。

 茉優の明るさが、そんな過去でくもってほしくない。瑞希は明るく声を上げた。

「ねえ、このお城は誰のおうち?」

 茉優はぱっと顔を輝かせてそれに答える。

「みんなのおうちー。でね、ここがまゆのおへやなの。みずきちゃん、ここね。まゆのおとなり」

「そう……。私の分もあるの」

 瑞希はちょっと心がにじみそうになりながらうなずく。

 一也と由奈が結婚したら、当然茉優は一緒に暮らすだろうが、瑞希は出て行く。でも茉優に一緒にと言ってもらえて、その気持ちだけでうれしい。

「瑞希ちゃん、そろそろ浴衣を着ない?」

 戸口から瑞希を呼ぶ人に、瑞希は振り向く。

 淡いえんじ色の浴衣をまとった由奈は、日本美人という言葉がぴったりの、涼しげな風貌だった。

 瑞希は笑って首を横に振りながら言う。

「いいです。用意してないですし」

「一也さんから渡されているわよ?」

 瑞希はぴたっと止まって問い返す。

「……また?」

「そうよ、また」

 由奈はいたずらっぽく笑うと、瑞希の側に歩み寄る。瑞希はむすっとしながらそれに従った。

 瑞希はもう、自分で自分の服を選べる年だ。でも一也は瑞希に服を買い与えるのはやめなくて、しかもその服は、瑞希が選ぶ服よりゼロが二つくらい多い値段だったりする。

 由奈に浴衣を着せてもらって、瑞希は姿見の前に立つ。茉優がひょこりと横からのぞきこんで、目を輝かせた。

「みずきちゃん、きれー!」

 白地に水色の花が桜のように散りばめられたその浴衣は、小柄だが姿勢のいい瑞希によく似合っていた。

 由奈も瑞希の姿を見上げて、答えがわかった問いを瑞希に投げかける。

「気に入らない?」

 一也のことが腹立たしいのは、昔から瑞希の好みを知り尽くしていて、瑞希が突き返せないくらいに完璧なプレゼントを贈ってくることだった。

 瑞希は憮然としながら言う。

「……好きですけど、こういうの。でも勝手に買うの、よしてほしい」

 しかも羽のような軽い着心地といい、値段が張るのはまちがいない。

 由奈は笑って、ぽんと瑞希の背を叩く。

「今度から一緒に買いに言ったら?」

「この年で恥ずかしいですよ」

 由奈は苦笑して、困ったようにつぶやく。

「一也さん、きっと喜ぶのに」

 瑞希は首を横に振って、ふと思った。

 ……自分がいなくなったら、一也は由奈さんや茉優に服を買ってあげるのかな。

 瑞希はちょっとだけ想像して、ちくっと胸が痛んだ。

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