4 ふたりぶんの心配

 一也はよく、瑞希は心配のしすぎだと言う。

 今日みたいに一也が少し遅れているだけで、そわそわして落ち着かなくなる。

 茉優はそんな瑞希を見て、子どもながらの素直さで問いかける。

「おじちゃん、よじはんにくるの?」

「……うん」

 瑞希は立って窓の外を見ては、リビングに戻っての繰り返しをする。情けないけど、それが瑞希の性格だった。

「もう五時だけど。何かトラブルがあったのかな……」

 思わず頼りないような声で告げる。その声は、隠し切れない不安に満ちていた。

 瑞希の両親は、交通事故で亡くなった。瑞希は夜になるまで両親を待っていたけど、朝になっても二人は帰ってこなかった。

「あ」

 ふいに馴染みのシルバーのBMWがアパートの前で停まって、瑞希はぱっと窓を離れると、玄関から外に飛び出した。

 車から降りてくる一也をつかまえて、瑞希はしかめ面で文句をつける。

「遅いよ」

「悪い。取引先に引き留められてな」

「四時半って言ったのに」

「瑞希」

 一也は瑞希の肩に触れて、瑞希の目をのぞきこみながら言った。

「すまん。いつもお前が一番俺を待ってくれてるって、わかってる」

 瑞希はくしゃりと顔を歪めて、途端に肩につたわるぬくもりを意識した。

 瑞希は目を逸らして不機嫌に言う。

「待ってて当たり前だよ。約束したんだから」

 瑞希は一也の手を振り払って、先に由奈のアパートに戻っていく。一也は瑞希の後ろからアパートに入った。

 部屋の中で待っていた茉優は、一也をひとめ見るなり言う。

「おじちゃん、ずるーい」

 茉優は一也の一着数十万するスーツをぐいぐい引いて、ませた調子で言う。

「じかんはまもらないとだめなのー。めー」

 一也は屈みこんで茉優と目線を合わせると、笑って言った。

「ごめんな。茉優の言う通りだ」

 一也は茉優を抱っこしてやると、茉優は一也の襟を引っ張ってむくれていた。

 その姿が幼い日の自分の姿と重なって、瑞希はなんだか変な顔をしてうつむいた。

 瑞希もいっぱい一也に抱っこしてもらった。今更同じことをしてもらいたいとは思わないけど……茉優がちょっとだけうらやましいと思った。

 奥から由奈も慌てて出てきて、茉優を受け取りながら言う。

「今日はすみません、一也さん。茉優まで連れて行ってくださるなんて」

「いいさ。二人とも、長いこと外出だって控えていただろ。……よく耐えたな」

 他人にはいつも冷ややかな一也は、妹分の由奈には温かい言葉もかける。

 大事な仕事のパートナーだから……本物のパートナーだから? 瑞希はまだ、二人にその関係を訊けずにいた。

 瑞希は一人、茉優のためのチャイルドシートを持っていこうとしていて、一也に呼び止められる。

「俺がやるからいい。瑞希、お前自分が浴衣だってわかってるか?」

「わかってるよ。高いんでしょ、これ。汚さないように気を付けるから」

「……そうじゃなくて」

 一也は何か言いかけてやめた。彼は先に車の方に向かっていく。

 首を傾げた瑞希に、隣で由奈がふふっと笑う。

「由奈さん?」

 瑞希が不思議そうに問いかけると、由奈はそっと耳打ちしてくれた。

「瑞希ちゃんの浴衣姿、とてもよく似合ってるから。……今更だけど外に出すのが心配になったのね」

 瑞希はふと、一月前の一也の言葉を思いだした。

――瑞希、夜にその格好で外を走るな。ランニングマシンでも何でも買ってやるから。

 ずっとジャージだった瑞希が、ショートパンツを買ってそれでランニングをしようした日のことだった。一也は先ほどのように、少し目を逸らして言った。

 瑞希は一瞬黙ったものの、ふんと息をついて返す。

「おじさんは考え方が古いよ」

 一也は、父親が娘を心配するような気持ちで瑞希を見ているのだろう。家族なのだから瑞希だってそれはわかるけど、子ども扱いはよしてほしい。

 瑞希は一也の助手席に乗り込みながら、不機嫌そうに一也を見た。

「なんだ?」

 一也はどこか甘い声で瑞希に問う。

 瑞希は心の中でそれに問いかけを投げかける。

 自分が一也を心配するみたいに、一也も瑞希を心配している?

「……なんでもない」

 でもくすぐったいんだよと思って、瑞希はちょっとだけ恨めしそうに一也から目を逸らした。

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