2 雨の日の朝寝坊
瑞希には、何度も繰り返し見る夢がある。
そこは懐かしい瑞希と両親の家だった。小さくて、温かくて、それで少し貧しかった。
だからテーブルも狭くて、父と母と瑞希だけでいっぱいいっぱいだった。でもその狭さが、瑞希は両親とくっついている感じがして好きだった。
その日の食卓には、瑞希が小さな頃だけ食べることができたオムライスがあった。瑞希はにぎやかに両親と話しながらそれを食べている。
でも突然雷が響いて、食卓は真っ暗になる。瑞希はびっくりしてスプーンを取り落として、子ども用の椅子から転がり落ちるようにして両親に駆け寄ろうとする。
けれど電気はいつまでも点かなかった。暗闇の中、両親の声も聞こえなかった。
……雷がお父さんとお母さんを食べちゃったんだ。瑞希は愕然として、しゃくりあげて泣きだした。
泣きながら目覚める朝は、どうしてかいつも一也が部屋にいる。
「……なんで勝手に入って来るの」
まだ泣きながら瑞希が言うと、一也はベッドに座って瑞希を見下ろしながら手を伸ばす。
「俺の家だしな」
一也は瑞希の頬から涙を拭って、そのまま頭をぽんぽんと叩く。
「一人で泣くなよ。俺のとこに来て泣けばいい。前はそうしてただろ?」
幼い日の瑞希はこの夢を見るたび、一也の部屋に行って彼のベッドにもぐりこんだ。
そんな瑞希を一也がぎゅっと包んでくれた、遠い記憶。
でも私、大きくなったし。瑞希は一也に頭をなでられながら目を逸らした。
瑞希はふと目覚まし時計を見て声をあげる。
「……八時。一也、仕事」
夏休みの瑞希はともかく、一也はもう出発していないといけない時刻だ。
一也はそれに、事も無げに言葉を返す。
「寝坊したって鈴木に言っておいた」
「秘書さんを困らせるのやめて。早く行ったら?」
一也はここのところそうするように、困ったような苦笑で立ち上がる。
瑞希のこれは、どうにも反抗期に見えるだろう。瑞希だって、それだったらどんなによかっただろうと思う。
もし今、一也にベッドの中でぎゅっと包まれたら……そんな想像をすると耳が熱くなるのは、一也に知られたくない。
部屋の戸口に立って壁に背をもたれながら、一也は振り向く。
「今週末、花火大会はどうする?」
ずるい、と瑞希は思う。一也は昔から、瑞希が口には出せないのに欲しいものを簡単に当ててみせてしまう。
瑞希はむすっとしながら問い返す。
「連れてってくれるんだ? 離婚も成立したし、由奈さんと行こうって話になってたんだ」
「俺が車を出してやるよ。
瑞希は不機嫌な顔のままうなずく。
「じゃあ……」
瑞希がいつものように結局一也にお願いしようとすると、一也は喉を鳴らすように笑う。
一也は軽く首を傾けて、少し腕を広げる。瑞希はその意図を読み取って、彼に歩み寄った。
「……お願い、一也」
瑞希はおずおずと一也をハグして、つぶやいた。
お願いするときは、ハグ一回。そんな嘘みたいな約束が、どうして十七歳の今まで続いているのだろう。
瑞希だって恥ずかしいけど、嫌じゃない。言い訳かもしれないけど、一也に甘える格好の機会だから。
「しょうがねぇな。……いいよ」
一也は甘い声音でそう言って、瑞希の背をぽんと叩いた。
雨の日の朝寝坊は、悪い子と悪い大人が少しだけ差しさわりのある時間を過ごしている。
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