番外編 夏のプレゼント

 瑞希が迎えに来た一也と久しぶりに家に帰ったら、そこは別世界だった。

 瑞希はリビングに入るなり、ぼそりとつぶやく。

「汚くはない……けど、物が多い」

 後からリビングに入ってきた一也は、ばつが悪そうに目を逸らして言う。

「お前が欲しがってたものを取り寄せてたらこうなった」

「……欲しがってたもの?」

 瑞希は試しに、真新しい箱の一つを開けてみた。

 紙包みを解いて、瑞希は驚きの声を上げる。

「これ、最新モデルのバスケシューズじゃん。NBAの選手とかが宣伝してるやつ! 私、欲しいって言ったっけ?」

「運動したいって言ってただろ。だったら一番いいシューズを買ってやろうと」

「近所を走るだけだよ! いつもの靴でいいってば」

 瑞希は一也に言い返して、別の箱を開ける。

「えっと、こっちは……ハイブランドの財布? こんなの、怖くて持って歩けないじゃん」

「大学生になったら新しい財布が欲しいと言ってただろ? 少し前倒ししてやろうと」

「自分で買えるランクの物でいいよ! いいって、バイトするから」

 瑞希がこれにも文句をつけると、一也は途端に過保護な親の顔になって言う。

「バイトなんて危ないことさせられるか。俺が全部買ってやるから」

「私、もうそんな子どもじゃないもん。……ああ、もう!」

 瑞希は次から次へと出てくる真新しい箱を一旦置き去りにして、台所に入る。

「こんなに無駄遣いして、一也自身の食事はどうしてたの?……うわ」

 台所で瑞希が見たのは、段ボールで置かれたバランス栄養食とペットボトルの水の詰め合わせだった。

 瑞希が振り向くと、一也は不機嫌そうにぼやく。

「しょうがねぇだろ。一人だと簡単な食い物になる」

「……簡単って」

 瑞希が呆然と立ちすくむと、一也は冷蔵庫を開いて中を見せた。

「お前、ゼリー好きだろ。それだけはずっと冷やしてた」

 一也が開いた先では、無駄に種類豊かで高級なゼリーの束が冷えていた。

 アレルギーのある瑞希は昔からゼリーがおやつ代わりで、大好きだった。一也は無駄な買い物ばかりしたわりに、そういうことばかりしっかり覚えている。

 瑞希の帰りを待っていた一也の思いに、瑞希は呆れ半分、むずかゆさ半分でしばらく黙っていた。

 ふいに一也は自嘲気味に笑って、瑞希の頭をぽんと叩く。

「……馬鹿だろ、俺。笑ってくれ」

 瑞希は呆れてはいたけれど、むくれただけで首を横に振った。

 だってそれを言うなら、瑞希だって一也の愛情を少しの間疑ってしまった。そんな自分を、今となっては馬鹿だと思っている。

 瑞希は一也の袖を引いて、子どもがわがままを言うように告げる。

「お願い、聞いてくれる?」

「なんだ? 何が欲しい?」

 一也はほっとしたように頬を緩める。瑞希は顔を上げて、一也を見上げながら告げる。

「今度は花火、二人で行こ。……そしたら、今年も宝物みたいな夏になるから」

 高級な浴衣も、料亭の夕食も、今度は無くていい。

 大事なのは空を二人でみつめたり、手をつないで街を歩ける時間。

 ちょっと乙女かな? 瑞希がそう思って顔を赤くすると、一也は屈みこんだ。

 一也は瑞希の頭を抱いて、その上にふわりと口づける。

「……いいよ。お前って、馬鹿みたいに可愛いのな」

 一也は困ったようにそう言って、瑞希を強く抱きしめたのだった。

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悪い男のサンクチュアリ 真木 @narumi_mochiyama

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