第9話 男との出会い

 男は修行僧というにはあまりにも眼光が強かった。網代笠の陰にほとんど顔なんて見えないのに、その視線が感じられるほどに。しかし、井出透は男の視線を全く見ていなかった。呆けたように男の後ろにある、虹色に輝き、しかし透明なその龍を見ていた。その龍は男が錫杖を鳴らす度に光を強くし、周りの雑多な霊を消していた。


「本物だ。貴方は本物の霊能者ですね」


「あほか。見てみろ。どこからどう見ても俺は修行僧だろう」


「いえ、絶対に貴方は霊能者だ」


 ちっ、と男は舌打ちをした。井出透はおもむろに土下座して、必死の形相で男に向かって声を放った。


「お願いします!僕の、僕のこの能力を奪ってください。この力のせいで、僕は不幸だ!」


 男は盛大に笑い出した。


「ちょっと透、急にどうしたの」


 竿谷日向と雨洞氷雨が追い付いた。二人は土下座をしている井出透に混乱していた。男は、屈み、ひれ伏している井出透を見下していった。ガリガリに痩せて、その分より眼光が強く見える男だった。


「おい、お前。足が速いことは不幸か?」


「は?」


「足が速いことは不幸かって聞いてんだ」


「不幸なわけないでしょう」


「じゃあ、足が速い人間を遅くすることができるか?」


「…できないです」


「できるよ。足を折ればいい」


 ひゅっと井出透は息を呑んだ。それはつまり。


「…死ぬしかないと」


「他人ができるのはな。でも足が速いことが不幸ではない。そういうこった」


 そんな、はずはない。井出透は自分の中に渦巻く黒い塊をどうこの男にぶつければいいかわからなくて、はあっと息を短く何度も吐いた。


「こいつの、こんな、力のせいで。人が憎い。怖い。気持ち、悪い」


 ふん、と男は錫杖をまっすぐ井出透の後ろにある武士に突き刺した。瞬間、武士は霧散した。


「何を!?」


「恨み辛みで落ち武者を作ったか。くだらない」


「落ち武者?あれは僕を守ってくれる武士だ」


 井出透は全身の力が抜けたのを感じた。それを井出透は自分を守っているものがなくなったせいだと感じた。


「あんななまくらの刀で何を薙ぎ払えるか。いいか、よく覚えておけ」


 男は、井出透の顎を指一本で上を向かせて言い放った。


「お前は見たいものしか見ていない」


 それだけ言うと手を離し、男は立ち上がった。後ろで困惑している二人をちらりとみて、竿谷日向を見た時に男は笑った。


「…皆がお前のように生きられるといいな」


 それは誰にも聞こえぬ声だった。うなだれていた井出透は、男の左足を必死につかんだ。


「お前、名前なんだよ」


「霊能者は簡単に名前を名乗らないものだよ」


 男はそう言って、簡単に井出透の手を振り払い、また錫杖を鳴らしながら行ってしまった。


「透?一体なんなの?」


 井出透はその目に男の後ろ姿を焼き付けた。


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