靴下のあと
千織
ある日の、僕たちの会話
” くつ下の 後にはくのは くつなのだ ”
小学6年生のタケルは、国語の俳句の宿題を適当に済ませた。
「季語、無くない?」
小4のリョウタが言った。
「もういいよ、そんなの。俺は宿題が終わればいいんだ」
そう言ったタケルの俳句の続きを、リョウタが書いた。
” それだけじゃない スリッパもある ”
「短歌になっちゃったよ。このまま出したら、バツつけられる」
だからといって、タケルはリョウタの言葉を消そうとはしなかった。
「俳句をつくって楽しかった?」
リョウタがタケルに訊いた。
「いや、全然。何書いていいか分からないし、上手いのか下手なのかもわかんないから、何も感じない。無だよ」
「もう一個、つくろうよ」
リョウタはにこにこしながら言った。
” 真夜中の バイクの音が うるさいな ”
「ただの愚痴じゃん」
リョウタが笑った。
そして続きを書いた。
”となりの人の せきも聞こえる”
「どういう意味?」
「うちのアパートの壁が薄くて、隣の人の咳が聞こえるんだ。だから、バイクの音はもっと聞こえるでしょう、ってこと」
「歌だけじゃわかんないよ」
「そうだよね。でも、歌だと、自分の気持ちを素直に出せる気がする」
今度は、リョウタが歌を書いた。
”帰りたい ボロアパートが なつかしい”
「帰りたいの?」
「うん……。お母さんと、離れたくない」
”鬼が住んでて 殴られてても”
タケルが続きを書いた。
「俺は帰りたくない。子どもにも、親を選ぶ権利が欲しいよ」
「そうなんだ……」
「お前にも、帰ってほしくない。この間、一人、帰ったけど……結局、死んだから」
虐待の末だ。
やった親は「死なすつもりはなかった」と言う。
「俺たちは、殺意すら持たれないんだ。人間として見られてない。乱暴に扱ったら、たまたま壊れた『物』と同じだよ」
「僕のお母さんも……そう思ってるのかな……」
リョウタは泣きそうな声で言った。
「ヤバい男が好きなら、同罪だよ」
「………………」
「俺は、ここのセンターの人たちが好きだよ。優しいし、まともだし。だから、お前がクソ親の元に帰りたい気持ちはわかんない」
リョウタはしくしくと泣き出した。
「俺たちは、自分がしっかりしなきゃダメなんだよ。一時的にあいつらに優しくされて、もしかしたら変わってくれるかもなんて思っちゃダメだ。お前が間違った決断をして、あいつらの元に帰って、それで死んだら、どうするの? センターの人は悲しむし、お前の親は殺人犯になるんだよ。いいんだよ、あいつらのことなんか、もう忘れろよ」
「……お母さんは、僕のこと……嫌いだったのかな……」
「好きかもしれないよ。でも、好きなら、大事にするでしょ。乱暴な男のそばに居させるのは、大事にしてないの。それがわかんないくらい、頭が悪いか、病気なの」
「………………」
「……俺は、お前と友達になったから、死んでほしくないよ」
リョウタは目をこすりながら、小さく頷いた。
「俺たちは、靴下に穴が空いても新しく買ってもらえるような家には生まれなかったよ。でも、今は違うじゃん。センターにいれば、職員さんや地域の人が色々くれる。それでいいんだよ。産みの親なんて捨てよう。俺たちを大事にしてくれる人達を俺たちも大切にしようよ」
リョウタは腫れた目でケンタを見た。
「……お前のお母さんの分まで、俺がお前を好きになるよ」
ケンタはリョウタをくすぐった。
リョウタはケタケタと笑った。
靴下の 跡があるなら 生きている
足があるなら まだオバケじゃない
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