第29話 巨大ピンク羊の珍騒動
灰色の金属で覆われたカプセル状の巨大空洞内に宇宙戦艦ガンダルヴァはいた。
後方の扉が閉められ空間内を艦体各部の補助ブースターを使い浮遊するガンダルヴァに、土星基地のナビゲーターから通信が入る。
『ワームホームを開きます。準備はよろしいでしょうか?』
「ガンダルヴァ、重力制御システム再チェック完了。全て正常、艦体周辺に
「了解、カウントがゼロになったと同時に各ブースターをOFFにします」
「艦内の気密チェック完了。各区画の気圧も問題ありません」
「こちらガンダルヴァ、いつでもどうぞ」
『了解。カウントします、10、9、……』
カウントが始まる。ガンダルヴァのブリッジクルーはワームホームを通るための手順を全て終え、あとは待つだけだった。
『……2、1、0。 ブラックホール発生』
ガンダルヴァの目の前に漆黒の球体が現れる。それが次第に大きくなっていき、ガンダルヴァの艦体を飲み込む程の大きさとなる。
空洞内の壁にいくつもの重力制御装置が埋め込まれているが、そのいくつかはブラックホールを発生させる為に使われている。
そして残りはブラックホールの影響から基地を守るために反重力を発生させ空洞内壁の損傷を防いでいた。
そんな相反する極大の力が働く空間の中で、ガンダルヴァはブラックホールの引力に引かれその艦体が引き寄せられていく。
「GCフィールド発生、ガンダルヴァを保護します」
ブラックホールと数mまで近づいたガンダルヴァは周囲に重力制御装置でブラックホールの影響を抑える力場を発生させた。
そのままガンダルヴァはブラックホールに飲み込まれていく。
その瞬間、ガンダルヴァの船体が大きく歪んだ。実際には光すら飲み込んでしまう超重力により光が屈折し、ブラックホールの側ではその様に見えるだけだが。
ガンダルヴァは溶けたような押しつぶされたような姿を晒しながら小さくなり、やがてブラックホールの中に入りその姿が見えなくなった。
ブラックホール内に入ったガンダルヴァはGCフィールドを解除して暗黒の中を漂っていた。
だがその暗闇から小さな光が現れた。それが一つ、二つと次々現れ、満天の星空のように無数の光がガンダルヴァの周りに輝き出した。
それらはワームホールの出口であり、
「こちらはガンダルヴァ、OCMM軍部所属の艦船です。ブレイベル次元管制局応答願います。」
『こちら管制局、そちらの信号を次元の壁から確認しました。艦船識別番号と転移許可コードの送信をお願いします』
言われてガンダルヴァのナビゲーターは識別番号と、ブレイベルから出る時に次元管制局から渡された許可コードデータを送信する。
無闇な次元転移による混乱を防ぐ為に、異世界に出る時はOCMMから転移許可を貰わなければならない。
特に大量の人員や物資を運ぶ船舶類は識別番号を登録し、一回の片道、あるいは往復の転移事に許可コードを受け取る必要があった。
それ無しでの次元転移は管制局から尋問され、最悪の場合逮捕される事になる。
ガンダルヴァはある事件で去年までは特例でその手続きを免除されていたが、再結成された今では他の艦船と同じく許可を取らなければならなかった。
『確認しました。誘導しますので指示に従って下さい』
管制局の指示に従い、無数の光の中からある一つに向かう。そしてガンダルヴァがその光に接触すると、艦体は光に包まれた。そして光が消えたと同時に、ガンダルヴァはクロスポート上空を浮遊していた。
「今回の転移は緊張したなぁ……」
クロスポートの航空基地に着陸したガンダルヴァの格納庫から、厳重に運び出される岩を見て人心地ついた僕はつい呟いてしまった。
岩にはシアンさんが書いて芽亜里の魔力がこもった呪符を何十枚も貼り付けていた。
この岩はエイリアンだったものだ。
地球にいた僕たちはエイリアンと遭遇して戦闘になったけど、その最中にエイリアンが芽亜里の実家であるアパートに激突した。
そのアパートは悪霊、怨霊が多数取り憑いていてエイリアンはそれらに襲われた。
エイリアンは防御態勢をとり自分を岩にして眠っているけど、同時に多数の怨霊たちもその岩に封じ込められた。
そんなトンデモない物をそのまま地球に残して置くわけにいかないということで、シアンさんと芽亜里が厳重に封印してガンダルヴァに乗せ、クロスポートに戻って来たのだった。
このエイリアン岩はクロスポートの特異研究所という、OCMMでも解明されてないオーパーツや事象などを研究する機関に保管されるらしい。
あそこには見たものに殺人衝動を引き起こす呪いの絵画や、不可解な生物、肉体をエネルギーにしてしまう機械とかを保管しているので、この手の異常な物の管理にはうってつけらしい。
……ある意味吹っ飛んだ芽亜里のアパートが可愛く思えるほどおぞましい場所だと思う。
エイリアン岩をコンテナに閉まったトラックが出ていくのを見送りながらそんな事を考えていた。
「ねえ芽亜里、いい加減機嫌を直してちょうだい?」
愛海さんの声が聞こえ、ふとそちらの方に向く。
愛美さんは事件に巻き込まれ家が吹き飛ばされてしまい、異世界に移り住む事を決意して僕たちと一緒にガンダルヴァに乗っていた。
そんな彼女はずっと不機嫌な自分の娘にあれこれ取り繕っていた。
けど芽亜里はキッと母親を睨み付けた。
「『機嫌を直せ』ですって? よくもそんな事言えるわね?」
睨み付けられた母親は娘の気迫に一歩後ずさってしまう。けど芽亜里は逃さないと更に迫る。
「私が何度も言ってもアパートから出なかった理由が、夜な夜な男と会ってたからって聞いたら怒るのも当たり前でしょう!?」
「で、でもその人とは別れたし……」
「事件があった当日にね! 私達が行った後にその人の心配して電話掛けたら、別の女性が電話に出て二股掛けられたって知って怒って電話越しに別れたって? しかもその後アパートの空き部屋に隠していたその男の人からプレゼントされた物を燃やしてたから逃げ遅れたって、馬鹿なのお母さん!!」
「ご、ごめんなさい……」
「謝って済むことじゃないでしょ!!」
物凄い剣幕で母に詰め寄る娘。身長もほぼ同じで顔もよく似ているからどっちが親と子なのか分からない。
「ま〜ま〜芽亜里〜……それで愛海さんも〜こうしてクロスポートに来てくれたんだから〜〜……怪我の功名じゃない〜〜……」
「でもさぁ私の父親の時といい、お母さんろくでもない男に捕まりっ放しじゃない。色々言いたくなるわよ」
茅が間に入って芽亜里を宥めるけど、芽亜里は憤慨して文句が止まらない。
それでも茅は怯むことなく彼女に提案をした。
「それなら〜愛美さんを私達がシェアしてる〜〜……マンションに迎えたら〜〜……? 側にいるならあなたも安心でしょ〜〜……」
「へ? 私はともかく、あなたは迷惑じゃないの?」
「私は全然気にしないよ〜……それに愛美さん今から住む所を探すのは大変だし〜〜……」
「……まあその方がお母さんにまた悪い虫が着く前に追い払えるか。というわけでお母さん、私達と一緒に住もうか」
「ありがたいけど理由が完全に信用されてないわね私……」
娘から信用を失った愛海さんは情けなさに、泣きそうな様子で二人の提案を受け入れたのだった。
そんな時に艦長が呼びかけみんなを集めた。
「お前ら、急で悪いが本部から連絡が入った。またUワープ関連だから向かってくれ」
「ホント急ね! 帰ってきたばかりよ?」
「俺に当たるなよ、今回は
「この近くって、大丈夫なんですか!? 避難誘導とかは!」
「ああ、その心配はないぞ。危険性はなくて現場に警察が来て野次馬を止めているが混乱は今のところない。ただ動かせなくて厄介だと応援を頼まれてな」
「動かせないとは、何かの大型装置とかですか?」
「いや……羊だ」
「「「は??」」」
知らせを受け現場に急行した僕たち。現場はクロスポートの外れにある閑散としたブドウを栽培している果樹園だったけど、今は野次馬が集まって警察の人たちが規制線を張って中に入れないようにしている。
艦長はガンダルヴァを軍港に戻すためいない。彼を除くシャイニングメテオズのメンバーは警察に案内されるまま果樹園に入った。
ブドウの木の枝を見ると小さな緑色の実がなっているのが見えてみんなにそう言った。
「丸くてそう見えますけど、あれはまだ
「ほお、小さい実を間引く摘果は聞いた事はあるが、そんな作業があるとは初耳だな」
ガリプさんに間違いを指摘され恥ずかしくなる。
そんな僕はパウリーネに慰められながら果樹園の奥に進んでいった。そしてそれを見て唖然としてしまった。
ピンク色のモコモコの羊毛に包まれた羊だけど大きい。多分大型トラックと同じ位の大きさだ。目はペンで線を引いた様な細目で何とも呑気な顔だった。
そんな巨大なピンク羊がカタツムリの殻のように巻いた角に、ロープを縛りつけられて牽引車と一緒に複数人の警官が引っ張ろうとしていた。
「あ、シャイニングメテオズの皆さんですね。お待ちしてました」
警官が敬礼して出迎えたのに気付いた僕たちは敬礼を返す。そしてこの場で一番階級の高いヘルタさんが対応する。
「お疲れ様です。早速ですが状況を説明していただけませんか?」
「はい、本日明朝、こちらの果樹園の持ち主が果樹の手入れをしようと中に入ったら、こちらの巨大羊を発見したと通報が入りました。それで見た所、この世界にいない生物のようなのです」
「そりゃそうでしょ……」
警官の話にパウリーネが巨大羊を見ながら呆然と呟いた。
多分この巨大羊はUワープでこの世界に転移してきたんだろう。
「それで今、この羊を移動させようとしているのですが、余りに重くてこうして立ち往生している状態なのです」
「なるほど……」
確かに何人もの警官が赤い顔をして牽引車を押し出して、車もエンジンを吹かしてロープを引いているけどビクともしない。
そんな警官たちを巨大ピンク羊は開いているのか分からない細目で首を傾げながら見ていた。
「気性が大人しくてこうして動かないでいるのですが我々の手に負えなくて、こうして皆さんのお力をお借りしたくお呼びしました」
「要はコイツを運べばいいんだろ? 何だカンタンじゃねーか」
そう言ってゲオルグは巨大羊より大きな銀竜に変身する。間近にいた警官達はそれを見てビックリした。
『俺がコイツを掴んで飛んで運べばいい。じゃ、いくぜ』
「あ! 待って下さい、そいつは――!」
ゲオルグが巨大羊に近づく。自分の3倍はある巨体のゲオルグが側に来ても羊は見上げるだけで逃げようとしなかった。
そんな呑気な羊を両腕で抱きかかえようとするゲオルグ。
するとゲオルグの身体は巨大羊の羊毛の中に吸い込まれてしまった。
「「「…………ええぇッ!!!?」」」
明らかに倍以上の体積差がある、小さいピンク色の毛の塊に体を吸い込まれたゲオルグは、足と尻尾を突き出したまま微動だにしない。
そんなシュールな光景に、僕たちの頭は一瞬フリーズしたけどすぐに仰天してしまう。警官たちも同じ反応だった。
「げ、ゲオルグ! 大丈夫か!?」
「クロム、黒蛇でコイツの尻尾を掴んで引っぱれ!」
「了解!」
パメラさんに指示され急いで〈ヤマタノオロチ〉を使い黒蛇を出す。それをゲオルグの尻尾に括り付けて彼を引っこ抜いた。
ピンクの巨大毛玉からゲオルグが引っ張り出されたけどやはり動かないでいた。
黒蛇を操りながら彼を地面に静かに置いて僕たちは呼びかけた。
「ゲオルグどうした!? しっかりしろ!」
『……グオオ、グゥ……』
「……寝てる?」
ゲオルグの容態を心配して慌てていた僕たちだけど、彼が寝ているだけと知って脱力してしまう。
「この羊毛の中は亜空間にでもなってるのか、何人入ってもあふれたりしないんですよ。しかも中はとても居心地が良すぎて、気を抜くと彼の様に爆睡してしまうんです。さすがにあの巨体が中に入ってしまったのは驚きましたが」
「何よその人をダメのする生き物は……」
「そういう事は早く言って下さい」
爆睡するゲオルグを起こすため彼の頬を軽く叩きながら警官にツッコむ芽亜里。一瞬焦ったヘルタさんも文句を言う。
「なるほど、ならば俺の出番だな。転移魔法でコイツをテレポートすればいい」
そう言ってシアンさんは羊の側に寄り転移しようと魔法を発動させる。巨大羊の周りに青白い魔力の光が溢れ出した。
ところがすぐに巨大羊を包んでいた魔力が霧散してしまった。
「な!? どうなってる!?」
「シアンの魔力をかき消したの……?」
まさかの事態にシアンさんもこれには
それを見たパメラさんが強硬手段に出た。
「シアンでも駄目か……仕方ない、少し脅そう」
「脅すって、何をするつもりですかパメラさん?」
「私がコイツを斧の先で突く。それなら動くだろう」
「ええ!? ダメですよそんなの、動物虐待じゃないですか!」
「仕方ないだろ、動かせないならコイツを動くよう仕向けるしかない。それに突くと言ってもちょっとチクリとするくらい軽くだ」
そう言ってパメラさんは巨大羊の後ろに周り、後ろ足を大斧の先で軽く突いた。
カキンッ……
「……は?」
「メェ?」
突いたと同時に金属同士をぶつけたような音が響いた。突かれた羊は後ろを振り返り「何かした?」とでも言いたそうにパメラさんを見て鳴いた。
そして無表情のままパメラさんは何度も斧の先で小突いたけど、硬い音が響くばかりで羊は痛がる素振りもない。
しまいにはパメラさんは無言で大斧の刃にプラズマを出して、それを巨大羊の後ろ足に押し当て始めた。
「いや、パメラさん何してるんですか!? さすがにそれはやり過ぎですよ!」
「……ハッ! す、スマン。全然堪えないからつい意固地になってしまった」
「メェ〜?」
慌ててパメラさんを羽交い締めにして巨大羊から引き剥がす。
これ以上彼女を放っといたらシャレにならない事態になりかねない。
けど巨大羊は傷一つ負うことなく、呑気にこちらを見て鳴くのだった。
それから僕たちは巨大ピンク羊を動かそうとあれこれ作戦を立てた。
ガリプさんが巨大羊の目の前に好きそうな餌をぶら下げたけど興味を示さず。
吸引する異次元の羊毛を刈って運べるようにしようとしても、いくら刈っても無限と思える程羊毛が無くなることがなくて、二匹分の巨大羊ができそうな量の羊毛を採った所で断念し。
警官たちと一緒に力を合わせて、巨大羊の角と繋いだ牽引車を押したり引っ張り出そうとした。もちろんアガットのバフを全員に掛けて。
けど結局巨大ピンク羊を動かす事は叶わず、みんな疲れ果ててその場にへたり込んでしまった。
「こ、これは思った以上に困難ね……」
「何なんだこの見た目が羊の珍獣は……」
ヘルタさん達もお手上げで珍しく弱音を吐いている。
「でもすごいフワフワで気持ちいいよこの羊毛の中〜〜……お休み〜〜…………」
「ちょっと茅! なに寝ようとしているのよ、早くその羊から出て!」
「それは先刻刈り取った羊毛の山です。芽亜里様」
なんか向こうで漫才が始まったけど気にしない。
「でも実際どうします? 害は無いようですし、しばらく様子を見てもいいんじゃ?」
「それはちょっと……果樹園の持ち主がブドウの木に被害が出ないか心配して、早く追い出してくれってうるさいですから」
「あー……草食動物って農家にとっては害獣ですからねぇ……」
ひとまずこの巨大羊を置いとこうと意見したけど、警官にダメ出しされてしまう。
そんな八方塞がりの僕たちに、果樹園の葉っぱと枝の隙間から夕日が差し込んでくる。
「もう夕方か……」
「こうなったら大型飛行艇でも呼んで吊り下げてもらうしか無いわね」
「大仰だが仕方ないか……ん?」
そんな相談をしながら巨大羊の方を見る僕たち。すると羊は急に走り出してしまった。
「「「……ハァッ!?」」」
押しても引いても動かなかった巨大羊がまさか動き出すと思って無かった。その場にいた全員が虚を突かれてしまう。
『何で今になって動き出すんだよ!? しかも車並みに
「まずいですよ! 果樹園の入口に向かって走っています! まだ見張りの警官や野次馬がいるはずです。あの質量と速度だと最悪ぶつかったら死人が出ますよ!!」
「早く追いかけるわよ!」
ヘルタさんが活を入れて僕たちは慌てて巨大羊に追いかけようとする。
足の速い僕と芽亜里、アガットが地面を走る。
ヘルタさんとシアンさん、ゲオルグは能力や魔法、翼で飛行して巨大羊を追いかける。
他のメンバーもメイガスの背中に取りつけた飛行用ブースターを吹かして飛んで、警官の人たちもパトカーに乗って追いかける。その内の一台にガリプさんも乗せて貰っていた。
果樹園の中を爆走する巨大羊に追い縋る僕たち。
距離は縮まって来ているけど、追いつくよりも巨大羊が果樹園の入口に着くのが早そうだ。そしてやはり入口には警官とまだ野次馬がいた。巨大羊が迫っているのを見て、野次馬たちが慌ててその場を離れようとする。
「そっちはダメだ!!」
けれど羊は走りながらぶつかる手前でジャンプした。
そしてそのまま10m以上は跳んで警官と野次馬を飛び越して、更に爆走する。
『あのデカさと重さでなんて身軽なんだよ⁉』
「
「動かそうと躍起になってたのに、今度は動きを止めるのに必死になるとは皮肉だな……」
「ボヤくなマルコ!」
巨大羊のフィジカルに舌を巻きつつ捕まえようと追い続ける。
野次馬とそれを抑えていた警官はさっきの羊の爆走に驚いてある程度散らばり、その後から僕たちが来るのを見て道を開けるように慌てて離れていった。
さっきの野次馬として出ているのか、夕暮れ時で家にいるかで外に人がいないのは良かったけど、このままあの巨大羊を放って置くわけにはいかなかった。
暴走した大型トラックが走っているようなものだ。街外れとはいえ民家がチラホラあり何かの拍子でそこにぶつかるかも知れない。そうでなくてもこのまま街中まで突入する危険がある。
何とかすぐに止めないと!
「取りあえず……これは!」
そう言いながらマルコは飛びながらスナイパーライフルを放った。弾丸は羊の後ろ足に当たったけど硬い音を響かせて弾いてしまう。
「やはり駄目か……」
「いきなり何やってるんだよマルコ!」
「止めるためだ、一応大怪我しないよう麻酔弾で撃ったぞ」
「そういう問題じゃないだろ!?」
突然発砲したマルコに僕は叱りつける。マルコは悪びれもせず弁明するけど、そんな態度に僕は返って責める。
最近僕が彼に対してタメ口で呼び捨てするようになった。そんな後輩に不満があるのか僕を睨んでいる。
「クロム様、提案がございます」
そんなイザコザに割って入ってアガットが並走しながら話しかけてきた。そして作戦があるとして僕にロープの片方を手渡してきた。その反対側はアガットの腰に巻いて縛り付けてある。
「これは?」
「これにはミスリル銀製の糸を編み込んだマナやオーラの類を伝導するロープです。私がこれをあの巨大羊に接近して縛り付けますので、クロム様はこれに幻獣紋のエネルギーを通して下さい。上手く行けばあの羊を気絶させられるかもしれません」
「大丈夫なの?」
「先程あの羊の毛を刈る時に羊毛の中に入りましたが、私には影響がありませんでした。この役に適切だと思われます」
「…分かった、頼むね」
僕が頼むとアガットはスピードを上げて巨大羊を追いかける。けどそのスピードは僕たちを驚かせた。
「速ッ!?
『アイツもしかして今まで隠してたのかよ!』
「………」
足の速さはメンバー随一のアガットだけど、今この瞬間は過去一番の俊足で彼女は走っていた。
そんな彼女が自動車並に爆走する巨大羊に追い付くのに、それほど時間は掛からなかった。そのまま羊に飛び込もうとする。
「失礼――!?」
けどアガットが飛びつくその前に、巨大羊は四肢を伸ばしてお腹を地面に滑らせてヘッドスライディングしながら姿勢を低くする。
飛びついたアガットは軽く巨大羊の頭上に躍り出てしまい、そしていきなり巨大羊が立ち上がり、そのまま頭突きしてアガットを上方に吹き飛ばしてしまった。
「アガットーー!?」
「危ない!」
空中に放られた彼女が落下するのを、僕が下でキャッチした。
「大丈夫、怪我は!?」
「私は無事ですが、失敗しました。申し訳ありません……」
怪我がなくて良かったけど、珍しく彼女は気落ちしていた。ミスしたと自分を責めているのかも知れない。
そんな彼女を励ましていたけど、そうしてる間にみんなから離れてしまい僕たちは再び走り出した。
それからも巨大羊は止まらない。
ヘルタさんやシアンさんが拘束魔法を繰り出して止めようとしたけど魔力を掻き消され、パメラさんやゲオルグがバズーカやブレスを放って威嚇したりするけどそんな脅しを気にも留めず走り続ける爆走羊。
スピードはコチラが上だけど、追いついて捕まえようとしたらカーブを掛けたりして逃げられてしまっていた。
そうこうしている間に、クロスポートの街が見えてしまう。
「マズイぞ、このままだと街に突っ込んで被害が出るかも知れん!」
『もうブッ飛ばした方がいいんじゃねぇか!?』
みんな焦り始めて倒すつもりで攻撃を仕掛けようと仲間が意見を出し始める。
でもそこでヘルタさんが最後の手段に出た。
「こうなったら……茅、あなたをマッハで連れて前に出るから、『
「え!? そんな事したらあなたの体が――!」
「あの羊を無闇に傷つけたくないし、だからといって街に被害を出すわけにいかないわ。ほら、ヘルメット被って」
ヘルタさんの体を気遣う茅だけど、有無を言わせずヘルタさんは飛んでいる茅の体に抱きついた。
「……! ああ、もう!」
言っても無駄と諦めた茅は、メイガスの緊急用ヘルメットを展開する。
正規品のシールドガラスのある頑丈なフルフェイスヘルメットではなく、予めメイガスに取り付けられた非常時に使用する全面ガラス製のヘルメットだ。
緊急用だから脆いけど、ヘルタさんがマッハで飛ぶ反動を防ぐ為に取り出したんだ。
それを見たヘルタさんは茅を抱えながら音速超えで飛んだ。
ほんの一瞬で巨大羊の前に現れ着地した二人。けどその直後にヘルタさんは反動で苦痛に顔を歪ませその場で崩れてしまう。
「ヘルタさん!」
「あの馬鹿無茶を……!」
それを見た茅は一瞬心配の視線をヘルタさんに向けたけど、すぐに巨大羊に向き合い『綿津見』を抜いた。
そして向かってくる羊に妖刀を振り抜いた。
ところが、巨大羊は急ブレーキを掛けて、茅の妖刀は間合いギリギリで空振ってしまう。
「なッ――!?」
その直後に、巨大羊は口から薄緑色の息を目の前の二人に吹きかけた。
「何なのこれ、……!! ヘルタ!!」
茅はヘルメットをしていたので吸うことは無かったけど、ヘルタさんが羊の吐いた息を吸った事に気付いた茅は振り返ってしまう。
その隙に巨大羊は左方向に垂直に向きを変え再び走り出した。その先は小さい林だった。
まさかの結果に僕たちも動揺してしまい、一瞬判断が遅れてしまった。
慌てて追いかけるけど、巨大羊は林の中に入り姿を隠してしまった。
その直後には日は落ちてしまった。
その後、僕たちは巨大羊が入り込んだ林を包囲して隈なく探したけど見つける事が出来なかった。
そのまま警官に林の見張りを頼んで、僕たちは翌日早朝に改めて捜索したけど、やはり見つからなかった。
見張っていたから巨大羊が林から出ていないのは確認していたけど、それでも無駄だった。
「そんな連続でUワープが起こることなんてあるのか? しかも同じヤツに?」
昨日現場にいなかった艦長は怪訝そうな目で僕たちの報告を聞いていた。
確かに話だけじゃ都市伝説みたいで胡散臭く聞こえるだろう。
けど当事者だった僕たちはそんな艦長の態度に少し腹が立ち食ってかかる。
「確かに信じられない事の連続でしたけど、この部隊はそれに対応する為に結成されたんですよね? その指揮官がそんな懐疑的な態度のはいささか心外です」
「本当よ? 私達の話がそんなに信じられない?」
「クリス、さすがにそれはあんまりじゃないか?」
「こっちは本当に悪戦苦闘したんですよ? 結果が伴わなかったのは反省しますが」
普段理知的で穏健なガリプさんすら眉間にシワ寄せて艦長に詰め寄った。それにすぐに艦長は平謝りした。
「わ、悪かったって。流石に言い過ぎた」
「全く〜……みんなの言う通り〜〜……信じられないことばかりだったよね〜〜……特に〜……」
そう言いながら視線をヘルタさんに向ける茅。それに気付いたヘルタさんは意外そうに自分に指差した。
「え? 私の事?」
「それはそうだろう。あんな無茶して後遺症がほとんど無いなんておかしいだろ?」
「私が〈ユニコーン〉で治療する前に自力で立ち上がっていたからね」
「あんな事は始めてじゃないか? ……やはりあの羊の吐息によるものか?」
「う〜ん………」
ヘルタさんはマッハで動くとその反動で全身に激痛が走ってしまう。最悪な時はそれで丸一日気絶してしまう程だって言っていた。
その治療にパウリーネが彼女に駆け寄ったけど、その必要がないくらい健常だった。
あの巨大羊の薄緑色の吐息を吸ったからみたいだけど、何故あの珍獣がそんな捕まえようとした相手にそんな事をしたのか分からなかった。
「本当に訳が分からないな……」
「まあ大変だったけど、大事にならなかったのはまだ良かったわね」
「もうあの羊と会うことは無いかもね〜〜……」
そんな訳で、妙な珍獣による騒動はこうして終わった。
けれどあの巨大ピンク羊とは、これから様々な異世界で何度も
流星群よ、混沌回帰を打ち破れ 瀧原辰 @takiharashin
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