八話 見えるのね?
アニスはあどけないローズの顔を見て心が和んだ。
それから目を閉じて、大きく息を吐く。力がみなぎっている。
お腹がいっぱいになったので魔法が使えるようだ。
テントの外に神経を尖らせた。
邪悪なものは感じられない。エナジーヴァンパイアも闇の力にも気づかれていないようだ。
アニスはその場にしゃがみこむと、コップの水に指を浸し、地面に魔法陣を描いた。両手をかかげて呪文を唱える。
「ローズを守りなさい」
魔法陣が光り、テントを囲むように広がる。魔法が発動したのを確認して、少しだけ横になった。
朝からばたばたと大変な一日だった。
「グリモワール」
アニスは寝たまま魔術書を呼び出した。
すると、目の前に金刺繍の文字が入った黒い本が現れた。
――お呼びで?
寝転んだままのアニスは手に取って魔術書を開こうとしたが、ページを開くことができない。
「ちょっと開けなさいよ」
――何だその恰好。
「今日は疲れたのよ~」
――あのな。人にものを頼む時は礼儀という言葉があるのを知っているか? 読みたければ、読ませて下さいと体を起こして言うべきだろう。
「何よその態度」
――それはこっちのセリフだ。
グリモワールの存在は、先代の先代のそのまた先代から頼まれている古い魔術の書という名の日記だ。
文章を書くのが苦手なアニスに、逐一すべて記すように言われたが、面倒くさかったので魔法をかけた。
すると、グリモワールは意思を持ったがいいが反抗的だ。
「なんでそんなに反抗するの?」
――はあ? 我を何だと思っている。この世界を救うカギだぞ。すごいんだよ。それをこんな風に扱うなんて。先代が知ったら腰を抜かすな、きっと。
この言い合いは何度もしてきた。
だが、次に語られるアニスのセリフはもう知っている。
「いいじゃない。あなたも好きなように書けるのだから、幸せじゃない。お互いが幸せで、これ以上どうしようって言うの?」
屁理屈ばかりなので、グリモワールの方が諦めていた。
――それで?
「え?」
――え? じゃない。何か用か?
「敵の正体は冥界の王なのね」
――ティートゥリーだな。
「どうしたらいい?」
――アニス、我をきちんと読んだのか?
アニスはぎくりとする。ざっとだがすべて読んでいる。
「……読んだわ」
―だったら次に何をすべき分かるはずだ。
「アレイスター王に会いに行くわ」
――そうだ。急いだほうがいいぞ。
「ローズはまだ魔法が使えないの?」
――アレイスター王の孫娘のローズ姫なら、お前に匹敵する力があるはずだ。
「そうよね……」
アニスは、ちらりと魔法陣に守られてすやすや眠る姫を眺めた。
彼女は全く魔法が使えない。
あの、大魔法使いアレイスターの孫娘なのに、だ。
――じゃあな。
グリモワールはそう言うと消えてしまった。
「とうとうおとぎ話じゃなくなっちゃったのね」
アニスは呟いた。
パースレインで起きたことを思い出すと、体が震えた。
キャットは無事だろうか。
父と母を人形にしてしまった。
兄は、お腹の中にいる。
アニスは思わずはあっと大きくため息をついた。
横になったはいいが、うとうとしては目が覚めた。
敵がいつ現れるか分からない。
何度か休もうとしたが、神経が尖ったままで落ち着かなかった。
外へ出て新鮮な空気でも吸いたい。
アニスは、誰にも邪魔されないようにと、姿を消す魔法を自分にかけた。
テントを出ると、空には星が散らばっていた。
空気を吸って、大きく息を吐きだす。
気持ちがいい。
ゆっくりと歩き始める。
明日、靴を探さなきゃ。そしてすぐにアレイスター王の元へに向かわなきゃ。
テントを出て進んで行くと、ジョーンズの働き手たちが、あちこちでたき火を囲んでいるのが見えた。
酒を飲んだり、愉快そうに笑いあったりと皆楽しそうだ。この土地を開拓して、何かを始めるのだろう。土地からは豊かな匂いがしていた。食物が育つ土壌はしっかりしていると思われた。
アニスが、穏やかな気持ちでそれらを眺めていた時、
「アニス、どうした?」
と、声をかけられた。
「まあ、見えるのね!」
アニスは驚きのあまり返事をしてしまった。
グリモワール《魔術の書》が呼んでいる。 春野 セイ @harunosei
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