七話 わたくしのほうが年上よ



 テントの中に入り、アニスはほっと息をついた。

 まだ、心臓がドキドキしている。

 兄上やお師匠様以外の男性とこんなに身近に接したことは今までになかった。

 ましてや担がれるなんて、魔女であることを忘れてしまいそうだった。


 ジョーンズの体は温かかった。腕をのばされた時、どんなに驚いたか。

 大きなため息が漏れる。


「信じられない…」


 顔を押さえて火照りを冷まそうとした。


「ん……」


 ローズが目を覚ました。


「ローズ、大丈夫?」

「アニス?」

「ここにいるわ」


 ローズは目をこすり、あくびをすると体を起こした。


「お腹が空いたわ。朝食べたきりだもの」

「ええ、わたしもぺこぺこよ」


 アニスも同意すると、ローズがアニスを見てきょとんとした。


「どうしたの、その格好」

「目が覚めるたびに驚いてるわね」


 アニスが苦笑する。


「男性のシャツじゃない」

「話せば長いのだけど、わたしたちは今、パースレインじゃなくて、カッシアにいるの」

「どうやって来たの? あっ、ミモザの魔法ね」

「ええ」

「何かあったのね」


 ローズは落ち着いていた。アニスが始めから説明をすると、彼女は青ざめた。


「なんてこと……。じゃあ、ノアは……」

「ええ、兄上はわたしが飲み込んだわ」

「アニス……」


 ローズがアニスの手を握りしめた。


「これからどうなるの?」

「今は答えられない。力が回復したら、ミモザと相談するわ」

「ええ」


 ローズが頷いた時、テントの外から人の声がした。


「失礼、レディたち入っていいかい」


 ジョーンズの声だ。ローズがすぐさま答えた。


「どうぞ、お入りになって」


 ジョーンズが入ると、気を取り戻したローズがしとやかに礼を言った。


「先ほどは大変失礼をいたしました。あなたがわたくしたちを助けてくださったのですね、本当になんてお礼を言えばいいのか、ありがとうございました」


 優雅に頭を下げる。ジョーンズはその様子を見て、驚いていた。

 無理もない。ローズは生粋のお姫様だもの。


「驚いたな、どこかのお姫様みたいだ」

「姫ですから」

「は?」


 ぽかんとしたジョーンズに、慌ててアニスは言葉を挟んだ。


「ミスター・グレイ、何かご用ですか?」

「食事を持ってきた。大したものはないのだが」


 彼はバスケットにスコーンとはちみつ、ポテトにサラダとチーズにミルクを用意してくれていた。


「まあ、なんて心の広い方」


 ローズが大げさに言って、バスケットを受け取る。

 よほどお腹が空いていたのだろう。すぐさま、スコーンにはちみつをたっぷりつけて食べ始めた。


「ミス・ローズ、お口に合いますか?」


 ジョーンズが尋ねる。むしゃむしゃとローズは食べながら頷いた。


「ユニークな味よ。あなたも食べて、アニス」


 ジョーンズが不思議な顔をする。


「おいしいって意味よ」


 アニスは答えながら、居心地が悪かった。


「今夜はここで休むといい」

「ミスター・グレイのような素敵な方が守っているような場所でしたら、きっと安全ですわ。ね、アニス」


「そうでしょうとも」


 アニスは、いちいち返事をするのが疲れてきた。もう、へとへとだった。瞼が閉じそうな様子にジョーンズも気付いたらしい。


「アニス、大丈夫かい?」

「ええ、お気遣いありがとう。食べ物を頂いたら、休ませていただきます」

 

 ジョーンズは頷いてテントを出て行った。

 アニスは、用意してくれた食事をローズと一緒に食べた。スコーンはほとんど砂糖を使っておらず、甘くなかったので、はちみつを多めにつけた。


「ああ、お腹いっぱい」


 ミルクを呑んで、だいぶ落ち着く。


「ミスター・グレイはとてもハンサムね」


 ローズが言った。アニスは、どきりとする。


「そうかしら」

「あら、そう思わない? 顎はしっかりしているし、体格なんて申し分ないわ」


 ローズは、しっかりと見ていたらしい。アニスは肩をすくめた。


「でも、もう結婚されているかもしれないわ」

「そうねえ、領主さまの息子なんでしょう。だったら、きっと婚約者がいてもおかしくないわね。あれだけ、ハンサムなんだもの」


 うっとりとローズが言う。


「ローズ、もう休んで。明日、出発しなきゃ」


 食事を片付けてアニスが言うと、ローズが腰に手を当てた。


「アニスも寝なさい。疲れたでしょう」

「でも、追手がいつ来るかわからないから、見張っているわ」

「ダメよ、わたくしの方が年上よ。交代で見張りましょう。さ、眠って」


 と、アニスを横にならせてローズは座っていたが、たちまち体を横にして寝息を立て始めた。

 ローズらしいわ、とアニスは彼女に毛布をかけながら微笑んだ。

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