六話 何も言うな



 川まで案内してもらいながら、アニスは小走りで急いだ。彼はとても背が高いので、歩幅が大きい。


「しかし、不思議だな。レディ・ローズは全く濡れてもいないし綺麗なのに、なぜ、君は嵐に巻き込まれた格好なんだい?」


 アニスは返事に困った。ローズはアニスの魔法で守っていたし、自分は雨に降られ雷に打たれる寸前だったのだ。


「えーっと、ローズはわたしが彼女を濡れないように守っていたから。だから、わたしは自分まで手が回らなかったのよ」

「それにしてもひどい。ここ数日晴れた日が続いていたし、嵐の記憶はないんだが……」


 質問の多い人ね、とアニスは後ろから睨んだが、彼が疑問に思うのはもっともだった。

 何もかも話すには、まだジョーンズのことを知らない。もし、全て話して、彼らを危険に巻き込んでしまうなら、話さない方がいい。


「川が見えてきた」


 ジョーンズの声に顔を上げると、大きな川が流れていた。手前は浅いが、山の奥の方は深くなっている。

 水は透明で冷たそうだ。アニスの体はだいぶ乾いていたが、早く泥を落としたかった。


「水はきっと冷たいが」

「助かったわ」


 アニスはほっと息をついた。洋服を脱ごうとして、ジョーンズを見る。


「ミスター・ジョーンズ、服を脱ぐからどこかに行っててくださる?」


 ジョーンズはあたりを見渡した。大きな岩でもあればいいのだが、残念なことに何も遮るものがない。


「後ろを向いているよ」

「絶対に見ないでっ」

「早くしてくれ」


 アニスは、ジョーンズが背を向けると、すぐにドレスを脱いで、シュミューズも脱いだ。

 裸になると、水の中に飛び込む。

 水はとても冷たくて気持ちがいい。ついでに、ドレスの泥を落とし、シュミューズも洗った。

 泳ぎたくてうずうずしたが、背を向けて待っているジョーンズを見ると、急がないと彼が怒りだすだろうと思った。

 水の中から出て、タオルで体を拭く。季節が初夏でよかった。だいぶ日が高くなって、気温も上がっている。

 髪の毛の水気をしっかり切って下着をつけると、ジョーンズが貸してくれた白いシャツと彼のズボンを履いた。だぼだぼだったが、服が渇くまでの我慢だ。


「いいわよ」


 アニスの声にジョーンズが振り向く。

 彼は、アニスをまじまじと見つめると、軽く咳をした。


「……よく似合っている」


 冗談だと分かっているが、アニスは笑った。


「ありがとう。本当にあなたになんてお礼を言っていいか」

「礼はいいよ。さ、戻ろう」


 帰り道、ジョーンズはゆっくりと歩いてくれた。


「アニス」

「何?」


 ジョーンズが立ち止った。


「その、気付くのが遅くなって申し訳ない。君は裸足だったんだな」

「え?」


 靴は嵐で風と一緒に飛ばされた。普段から、原っぱで裸足になっているので、そんなに苦ではなかった。


「気にしていないわ」

「ケガはないか?」


 アニスはその場に立ち止まった。借りたズボンの裾を少し上げると、細い足首とふくらはぎがあらわになる。


「見て」


 アニスが足の裏を彼に見せた。

 ジョーンズは大きく息を吐いた。


「レディのすることじゃない」


 そう言ったあと、彼は突然、ブーツを脱いだ。


「これを履いたらいい」


 アニスは目を吊り上げた。


「冗談じゃないわよ。わたしは、男性が履いた靴は絶対に履きませんからね」

「履くんだ」


 頭ごなしに怒鳴られる。


「いいえ、できませんっ」


 アニスも負けじと言い返す。


「そうか」

 

 言うなり、ジョーンズはアニスに向かって手を伸ばし、さらうように肩にかつぎあげた。

 あまりの出来事でアニスは悲鳴を上げるのも忘れた。目の前にジョーンズの硬い背中があって、膝の裏をしっかりと腕で支えられている。

 そのまま、皆がいる場所へ連れて行かれた。

 テントにつくなり、下ろされた。


「食事をすぐに運ばせる。少し休んだらいい」

「こ、こんな…っ」

「何も言うな」


 アニスに何も言わせず、ジョーンズは優雅に身を翻して行ってしまった。

 テントの中ではローズが相変わらず寝ていた。

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