第3話
「あのさ」
昼休み、朝のグループと一緒のグループに混じってお昼ご飯を食べていると声をかけられた。声だけで誰かわかってしまったので、それが嫌で嫌で仕方なくって、わざとそっちを見ずに返事をした。
「なに。いま、食べてるんだけど」
冷たい言い方だったからだろう。少し周囲の温度が下がった。その空気を察してか、その人は一言二言台詞を言って、早々に立ち去っていったようだった。気配が遠のいていく。早めに笑顔を作って、みんなに気を遣わせないように冗談みたいに、気にしてないみたいに、言い放つ。
「ははっごめんね。あいつがさ」
あいつのせいではない。私のせいだろう。
冷静な私が頭の中でつぶやいた。そんな分かりきったことを言わないでほしかった。私がちゃんと対応すればよかった。そんな事知ってる。でも、あんな人間にわざわざ、やる必要、あるのか。
頭の中でつばを吐く。あんなやつ、どこかで野垂れ死んでろ。ご飯を食べながらスマホを取り出して淡々とトークだったり、写真を消す。消すのも面倒だったが、残しておく必要なんて微塵も存在していないのだ。見返すこともないのだ。
そんなことに時間を使っていたからせっかくの昼休みも無駄になって、嫌な気持ちが染み付いてしまった。全部、ぜんぶ、あいつのせいだ。ばか。
また、ため息。
家の中でもため息。おかしい。なんで私がこんな気持ちにならなくちゃいけないんだ、あほらしい。あいつのことなんてもうどうでも良いだろう。あいつなんて勝手に幸せにでも不幸せにでもなってろ。
夕日が私を照らす。陰が色濃く部屋の中に映し出される。ああ、一人。さみしい。けれど、楽。自分一人は、楽だ。大勢も楽だ。ただ、二人はつらい。二人はものさみしい。二人で幸せなんて物を求めているから、ものさみしい。乞食だ、二人組は愛の乞食だ。あの子も、あの子も、あの子も、みんな、みんな乞食だ。ああ、醜いったらありゃしない。
頭の裏に、元恋人の顔が生まれる。そして消える。あの人の声も消えていく。あの手も、声も、笑い声も、真剣な表情も、はにかんだ表情も、今は全部憎たらしい。醜い物のように思える。くそ。くそ。ああ、くそ。
一人は、らくだ。
二人は、乞食だ。
大人数は、楽だ。けれど時折、敵だ。
お前も時折、敵だ。
二人だと幸せになれるのも嘘だ。二人で勝手に落ちていっているんだ。光に似た闇に、落ちていくんだよ。欲にまみれて落ちていく。感情麗らかに、落ちていく。さながら、黎明のような場所に向かっていく。その分、一人は陰を踏む。踏みしめて、足跡を作る。一人は、 いつも、貧乏。二人は、自分たちが一番幸せだと思っている。だから、一人は勝手に貧乏になる。だったら、私も、落ちてやるんだ。どこでも良い。地獄でも、天国でも、黎明に似た光にでも、黄昏みたいな闇でも、落ちて墜ちてやる。そして、みんな不仕合わせだねって笑ってやる。みんな、貧乏なんだって笑ってやるんだ。一人の方が仕合わせになれるんだ。幸せになれるんだ。
ぱたんとベッドに沈む。沈んで、しずんで、天井を見る。
怖くなって、薄く目を閉じた。
もし、今寝て、次に起きたら、私はどうなっているのかと。もし、幸せになっていたらどうしよう。もし、あしたステップでも踏んでいたらどうしようか。それはそれで、過去を否定しそうで嫌だ。全部が全部嫌いだったわけではない。多分、良いときもある。付き合ってはじめ数日は、数ヶ月は、きっと楽しかった。最後は残念だったね、だったけれど、どうせ、そんなことどうでもいい。いつから、私は乞食になったのだろう。一人でも、愛の乞食になれる。そんな悲しいこと知らなかった。知りたくなかった。
私は涙が出そうになった。やっと、出そうになった。だから、怖くなって、目を閉じた。ぴったり、ひっつけた。涙が、あふれないように。
黎明に落ちる 宵町いつか @itsuka6012
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます