第2話
恋人と別れた。
一言でまとめるなら所詮それまでの話。生きていれば似たようなことなんていっぱいある。きっと、その程度の人生周期の一つ。
別れた理由もよくある感じ。といっても、私は周囲の恋愛事情なんて知らないので憶測になってしまうのだが。
いわゆる、マンネリというやつだった。それから他の女に目移りだそうだ。おめでたい奴め。
と、まあ、特に特筆すべき事項もなく、平坦に私の恋愛は終わった。ほんとうに、それだけの話だった。
クラスは相変わらず賑やかで、女子の塊が何個かつくられていた。みんななにか楽しそうに話をしている。ゲームやドラマ、とにかく自分の好きなことや相手の好きなことについて話して、聞いて。学生生活を謳歌している。男子たちは一人の机に集まって一緒に騒いでいる。このクラスに男子は十人程度しかいないから自然と全員が集まるらしい。
席について、机の上で伸びをする。周囲を見渡して、適当なグループに入る。そこで朝の十数分間の時間を潰す。聞き役に徹して、場を適度に盛り上げる。自然と役割が与えられ、それに従う。無意識のうちにみんなそれをしている。それのほうが生きやすい。集団行動は楽だし、自分の意志よりも大勢が優先される。選択を放棄できる。それは選択肢の多くなってしまった現代において耽美的なものだった。
昨日やっていたドラマの話から、イケメンな俳優の話、その俳優に似ているクラスメイトは誰かという話、それからかっこいい同級生の話になって自然と私の方に視線が向けられた。
あははは、と逃げるための笑い声を出してどうにか場を収めようとする。けれどそれはどうやら逆効果だったらしく、小声になって数人が私に聞いてきた。
「別れたってほんと?」
「いい人なのに勿体ない」
「なんで別れたの?」
みんな、どうしてそこまで聞きたがるかな。そう思ってグループのメンバーを見つめる。みんな興味津々だった様子で、聞いてきた数人はその圧に負けたのだろうとすぐに察しがついた。自分の役割を知っている人間たちだと思った。
あー、と意味なく言葉を返しておく。面倒だ。集団の同調圧力も、男のなくなった女に対して注ぐ女の視線も面倒くさい。やめてほしい、と思う。
別れた男を悪く言うのも忍びない。笑いながら、冗談めかして本当のことを言って収まったように見えるのはその一瞬で、それを過ぎてしまったらなんとなく触れにくい雰囲気が発生する。だから、することなんて始めっから決まっているのだ。
「んー、ちょっとわかんなくなったんだよねー」
私の言葉を聞いて質問してきた人たちが、あーとかなんとか言って、自分たちを納得させた。結局は私が落ちるしかないのだ。自分で自分を貶めて、とくに好きでもなくなった恋人の株を上げる。なんてできた女。ほんとうに、馬鹿げてる。
もやもやを持ったまま、朝の時間が終わって、SHRが始まった。
先生のお話を聞き流しながらもちゃんと重要なことは聞いて、あとは窓から入ってくる風に全部任せておく。もう、夏。風だけ、春。終わりかけの春。蝉のうるさい春。
そういえば、夏休みはどうしようか。意味をなくしてしまった恋人との夏祭りの予定とか色々なくなったから、暇になってしまう。部活も何も入っていないから本当にまっしろだ。
案外、久しぶりかもしれなかった。人と関わらない日が生まれるのは。人に合わせない時間が見つかったというものは。
二人って疲れるんだよな。
毎朝ラインして、しょうもないこと共有して、いや、それも良かったのかもしれないけど、幸せだったのかもしれないけど、少し辛かったんだよ。それ。
ふっと息を吐く。それと同時にSHRは終わって、次の授業の準備を始める。たしか、化学だった。
「実千香、化学の課題やったー?」
後ろの席の子が私に話しかけてきた。その子に向かっていつもみたいに「またやってないのー」と声をかけ教える。恋人と別れたところで特に何も変わらない。変哲のない日常。
そう、なんの変哲もない日常。
所詮、恋人だった。それだけで、それ以上もなくて、それ以下でもない。本当に、それだけ。それに気がついて、ほんの少し悲しくなった。私はもしかしたら薄情なのかもしれないとさえ思った。けれど、今が前よりも生きやすいことは紛れもない事実だった。
ため息。自然と漏れた息はやけに湿っぽくなっていて気色が悪かった。
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