盗賊の章

 あんた、見たところまだ若いじゃないか。まぁそう急ぐことはない。俺の話でも聞いていってくれないか。

 なんだか納得いってないって顔だな。ただの門番がどうして、って言いたいんだろう。言いたいことはわかるよ。普通の門番は……いや、もはや普通がどういうものかなんて俺にもよくわからないが、まぁ兎に角、こうして好き勝手に喋ったりはしないもんだ。黙して守るが美学だろうね。でもまぁ偶にはいいじゃないか、こういうのも。

 この「封印の地」には魔王の宝が眠っている。金で出来た燭台、銀で出来た食器、宝玉を連ねた調度品。それらは全て魔王の城から持ち出したもので、いずれも強い魔力を帯びている。人間には毒にしかならないが魔物には欲しくて堪らない魅惑の品だ。勇者一行は魔王討伐後にそれらの宝を此処に封印した。そして誰もこの地を荒らさぬように、魔物が気付かぬようにと、王はそこに門番を置いたわけだ。

 門番なんて退屈な仕事だよ。誰かが出入りしてくれるならまだしもね、此処には滅多に人なんか来ない。空を見て鳥を数えて、その数が段々減っていくのを知り、昨日の猛暑を懐かしく思いながら極寒の風に吹かれる。そんな退屈な日々しかない。でもまぁ、たまにこうしてあんたみたいな人間が来てくれるんでね。それを少しの楽しみにしているよ。

 転職しないのかって? うーん、でも食べるものに困りたくはないしなぁ。一応国で決められた仕事だから、給金は安いが衣食住は担保されているんだ。まぁ、この門番用の軽鎧と、あの小さな小屋と、薄い山羊のミルクと硬いパンのことだけどね。いやいや、無いよりはマシだよ。めでたいことがあった翌日にはチーズを一切れもらえるんだから。多分明日か明後日あたりにも貰えるんじゃないかな。そう信じて毎日を消化しなきゃやっていけない。

 まぁこんな俺でも、昔は明日に希望を持っていたんだ。今の雇い主からは「死んだ馬の目をしている」と言われるけどね、昔の仲間は俺の目を「獲物を狙う鷹の目」だなんて言ったものだよ。褒めているのかはわからなかったけどね。別に悪い気はしなかった。西にある魔物の洞穴で「鷹目」と呼ばれる鉱物を見つけた時にはそれを自分のものだと主張して呆れられた程度には気に入っていたよ。あぁ、ほらこれだ。このブレスレットに使っている玉だよ。売ればいい金になりそうだろう? でもこれは手放せない。俺が勇者一行にいた証でもあるからだ。

 そんな変な顔をするなよ。頭がおかしくなったわけじゃない。俺は魔王討伐の一員だったんだ。といってもあまり大きな声では言えないんだ。当時の生業のせいでね。勇者、聖女、魔法使い、吟遊詩人、とまぁここまではいいんだ。そのどれかなら俺は今でも堂々と名乗れていただろうよ。いや、聖女はちょっと考え物だな。それでも名乗れるっていうなら名乗るが。でも残念なことに俺は「盗賊」だった。

 盗賊がなんて勇者一行にいたかって? そもそも国王が最初に決めた面子の中に俺はいなかった。まぁ当然と言えば当然だな。なんていうか、勇者一行ってのは品行方正でなくちゃいけない、みたいな決まりというか、とにかくそういうものがあった。だから犯罪者なんか入れるわけがないんだ。

 ならなんで仲間になれたか。あの勇者は町を巡ってはその周辺の魔物を倒しつつ魔王の城を目指していった。その過程で魔物退治には関係のない住民の困りごとみたいなものも片付けていったんだ。全く、頭が下がるよ。で、ある町で勇者一行は魔物の住む遺跡を見つけた。でも特殊な仕掛けや鍵のせいで中に入ることが出来なくて困っていた。そんな時に住民から町を荒らす盗賊団について相談を受けた。勇者は盗賊を仲間に入れて、遺跡に入ることを目論んだ。

 そこからは早かったね。俺のいた盗賊団はあっという間に壊滅させられた。俺は副団長だったが、団長の首が隠れ家の床に転がるのを見て、こいつらに逆らわない方がいいと学んだ。あいつら、善良な人間には優しいけど、魔物や犯罪者には容赦がないんだ。旅を続けていくうちにそうなったのかもな。実際、俺が同行するようになってからもあいつらの残虐性は徐々に上がっていったよ。聖女様も漏れなく、だ。

 すまない。ちょっと脱線したな。えーっと、あぁそうだ。勇者は俺を連れていって、入れなかった遺跡に侵入することに成功した。普通はそこで俺なんかはお役御免の筈なんだが、どういうわけだか勇者たちは俺を仲間だと言った。昔からそうなんだが、俺は変に人に気に入られやすい性質みたいでね。あの時にはそれに感謝したが、今思えば用済みとして牢屋に放り込まれていたほうがマシだったかもしれないな。

 勇者一行が魔王の城に入るときにも俺は仕事をした。堀を乗り越えて仕掛けをくぐり抜け、堅く閉ざされていた門扉を内側から開けることに成功した。でもその時、何かおかしいと思ったんだ。仕掛けには難儀したけど、俺を襲ってくる魔物が一匹もいなかったんだよ。遠くのほうで気配はするんだけどな。俺のところには誰も来なかった。

 今思えば、あの時には魔物は全部諦めていたんだろうな。人間とわかりあうことも、この世界を救うことも。……何の話かわからないか。わからないほうが幸せだ。魔王を倒して平和になりましたって、今際の際まで信じていればいい。

 勇者に中でのことを話したが、あの楽天家は気にも止めずに奥へと進んでいった。他の連中も俺が尻込みしているとでも思ったのか、明るく笑ってたよ。魔法使いなんかは心底馬鹿にしたような顔だったね。あいつはずっと好かなかった。旅の道中でも何度か喧嘩したよ。林檎を値切ったのが卑しいだのなんだの。懐かしいな。あの時は今より二倍は大きな林檎が半分の値段で買えたもんだ。

 魔王を倒して少し経った頃かな。どうにもおかしいと勇者たちは気がついた。世界は元通りになるどころかどんどんと悪化していた。そしてそれは魔王が倒されたことによるものだった。「嘘だ」って言いたそうだな。俺もそうだったよ。折角大金もらって罪の免除をしてもらおうって時に、もう一度魔王城に行こうって言われたら誰だってそうなると思うね。まぁでも俺は勇者達と城に行ったよ。それで色々調べて……、色々考えて、結局俺たちが魔王を倒したのは間違いだったとわかったんだ。

 勇者は国王の命令で、魔王城から手がかりを持ってくるように言われていた。でも自分たちで粗方壊してしまったから、碌なものが残っていなかった。聖女が光魔法で一掃した西側なんて、ミミズすら見つからなかったよ。勇者はどうしようかと困って、そして解決策を見つけた。そこにいた「盗賊」のせいにすればいいと考えたんだ。つまりは俺だな。

 笑えるだろ。散々仲間だと言っていたくせに、最後の最後で盗賊に逆戻りだ。俺は魔王城を荒らした悪人として、国王の前に引っ張り出される羽目になった。国王からしたら俺は知らない人間だからな。都合がよかったんだろう。それに弁解したくても俺にはその機会すらなかった。何しろ左右で魔法使いと聖女がまくし立てるもんだから、俺みたいな学のない人間はどうすることも出来なかった。

 結局俺は大罪人となった。でも牢屋には入れられなかった。代わりに与えられた仕事は此処の番人だ。なぁ、あんたもおかしいと思っただろう? なんで番人が門の内側にいるんだろうって。番人のくせに妙に強いって。俺はこの封印の地から出られないんだよ。此処は魔王の宝じゃなくて俺を封印しているんだ。魔王の城を荒らした罰として。そして勇者一行に加わっていた強さを利用するために。俺は死ぬまで此処にいて、退屈を退屈で紛らわせて、此処に宝があると思って忍び込んでくる馬鹿な奴を捕まえるだけ。

 ……なんだよ、まだ気がつかないのか? 此処に宝なんかない。あんたは此処に宝があると思って入り込んだんだろうけど、おかしいと思わなかったのか。一箇所だけ軽々と入れるような塀や、おあつらえ向きに開いた穴とか。盗賊になりたいなら、もう少し自分の行動や周囲の状況に疑問を抱くべきだな。

 此処にあるのは魔王城の裏庭に咲いていた月晶花っていう植物だけだ。その植物の根から抽出される液体を粉にすると、薬の効能を高める効果があるんだよ。今は薬を作るにも材料不足だろ。だから此処で花を育てて精製しているってわけだ。偶に此処に来るのは花の世話をする連中だよ。話し相手にもならないけど。まぁ明日は話をしなきゃいけないな。花の肥料が出来ました、って。魔王城に咲いていた花だけあって、普通の肥料じゃ駄目なんだよ。生き物の死骸、屍肉を使うんだ。中でも人間の死骸はかなり栄養が豊富みたいで、確か四倍の量が取れ……。あれ、もう死んじまったのか? 「急ぐことはない」って言ったのに、せっかちな奴だな。久しぶりに話し相手が出来たのに。とりあえずこのナイフは返してくれ。……っと、結構血が出るな。肺を刺せば呼吸出来なくて死ぬから失血量は少ないって聞いたんだけど。誰に聞いたんだっけか。あぁ、魔法使いか。じゃあ駄目だ、信用ならない。理想ばっかりで。

 さてと。血が全部流れる前に花畑のほうに運ばないと。折角手に入った死体だ。血の一滴すら無駄にするわけにはいかない。って、あの連中は言いそうだな。自分たちじゃ腕一本も運べないくせに。

 それにしても良かった。明日は久しぶりにチーズが一切れ貰える。畜生。

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偽書『或る国の希望と平和』 淡島かりす @karisu_A

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