SCP-1988-JPはどんな存在なのか

昼行灯

平成コンビニ神話伝

 日本全国のコンビニで不思議な現象が発生してる。

 コンビニで商品を買おうとすると、商品名が馴染みのない言語に変換されるのだ。


 その言語は様々で、古代ギリシア語のこともあればラテン語のこともある。古ノルド語だったりエジプト語だったりと様々だ。果てはルーン文字に変換されることもある。


 梅おにぎりをルーン文字で書かれた日には、梅おにぎりだと理解できる気が一ミリもしない。

 日本はおろか世界でも極々一部の人間にしか読めないのではないだろうか。

 そんな難読文字を読める店員もそんなにいないだろう。

 店員でも読めるのか怪しい文字に変換された梅おにぎりを誰が買うというのだろうか。普通は買うのを諦めるだろう。


 しかし、この現象に限っては、読めてしまうのだ。


 ルーン文字でも古代ギリシア語でも、違和感を持つことなく「梅おにぎり」と認識できてしまう。店員に関しては、変換された言語を話して接客までしてしまうのだ。そして客もまた、そのことに違和感を持たない。

 いつも通り日本語の商品を探して、いつも通り日本語の接客を受けるように買物ができてしまうのだ。


 言語が変換される現象は店舗外に出ると効果を失う。家や会社に持ち帰って食べようとする頃には、見慣れた日本語表記になっている。

 商品そのものにも変化はなく、食べても腹を壊したり未知の生物に寄生されたりするわけでもない。

 あくまでコンビニの店舗内だけで起こる現象なのだ。


 この現象が初めて確認されたのは1989年。コンビニ業界全体が成長中の時代から起きており、年々増加傾向にある。

 現在、日本のコンビニは全国で4万店舗あると言われている。

 これを読んでいる読者も、ふらっと立ち寄ったコンビニで見知らぬ言語の商品に遭遇するかもしれない。しかし何の違和感も持たずに買い物を済ませて、梅おにぎりを頬張ってやり過ごしてしまうだろう。


 財団はこの現象に、SCPー1988ーJPとナンバリングした。

 オブジェクトクラスはKeter。

 Keterというのは財団でも収容が困難、または収容するにはコストが高すぎることを表している。

 それはそうだろう。

 一店舗や二店舗ならともかく、全国のコンビニを全て収容するなど不可能に近い。しかも、一般民間人に悟られないようにもしなければいけないのだ。さすがの財団でも限界を超えるのは目に見えてる。


 だが、異常現象の原因を究明しないわけではない。

 全国のコンビニを監視し、SCPー1988ーJPの兆候を探り、影響を受けた民間人を発見すると購入した商品を回収した。ついでに記憶も少し弄って日常生活に支障がないようにもした。

 この時に財布の中身も補填してくれたかは不明である。可能ならば、こちらも補償してほしい。財布の中身だけ知らないうちに減っているのは泣けてしまう。


 SCPー1988ーJPが発生するとSCPー1988ーJPーAと呼ばれる存在も出現する。SCPー1988ーJPーAは、基本的に人間と同じ見た目だ。服装もビジネススーツやパーカーといった違いはあっても、人間と同じ服で変哲もない。時々人類外の姿も確認されているものの、特に奇声を発したり人間を襲ったりするわけではなく、買い物をして帰っていく。

 異常な存在だが、紳士的に振る舞う異常な存在だった。


 彼らが購入する商品はパンと牛乳、ビールや菓子、新聞と弁当。

 身に覚えがある人が多そうなラインナップの買い物ばかりである。言語の変換は、SCPー1988ーJPーAの買い物に合わせているようだった。

 SCPー1988ーJPーAは複数いるらしく、一人の時もあれば二人の時もある。それ以上の団体のこともある。


 財団が接触を試みた時は二人組だった。

 一人は人間のような外見だったが、もう一人は頭部がアフリカクロトキだった。

 ちなみに、アフリカクロトキはアフリカ大陸やマダガスカル島などに生息する鳥類である。

 彼らに何者なのか聞くと、こう答えた。


「僕達は君たちの言葉で言うなら、カミサマになるかな。Godではなくdeity(多神教の神)の方だけどね」


 SCPー1988ーJPーAは、世界各地で神話として語られる存在だと言う。

 彼らが本当に神話で語られるような存在ならば、人間では決して手に入らない力を有していることになる。その力は神により様々であっても、およそ人間では持ち得ない驚異的な力だろう。そんな存在にとって人間のコンビニは、場末の居酒屋のようなものだろう。

 どうして、わざわざ人間に扮してまでコンビニに来店するのか。


「人間の品物を買いたいというニーズが多いんだ。そのニーズに応えるのに、コンビニが多い日本は最適なんだ」


 人間の、それもコンビニで売っているような品物を欲しがる神が多い。

 なんとも不思議な話だ。

 だが、考えてみれば世界の神話の神々は酒を飲み、肉を食み、色を好む。そして欲深く嫉妬深い。日本でも神々は大抵酒好きだ。米や魚も食して宴会を好む。そして夫婦喧嘩の果てに人類を増やしたり減らしたり、兄弟喧嘩で国を割ったり島を作ったりしている。


 神というと、つい神々しく上位の存在に思いがちだが、性質は存外人間に近いのかもしれない。人間から神の一員になったモノがいるのも頷ける。

 それならば、SCPー1988ーJPによる言語の変換は、コンビニに興味がある神達のための異常現象ということだろうか。


「その通りだよ。僕達は現世への降臨のサポートと翻訳サービスをしてるのさ。それに日本には、潜在的顧客が八百万の柱がいると聞いてるからね。期待できる市場なんだ」


 八百万。

 この数字で、ピンとくる人もいるだろう。

 彼らは世界の神話の神々だけでなく、日本に存在する八百万の神ともビジネスをするつもりでいるビジネスマン。いや、ビジネス神だった。

 しかも、そのビジネスは成功しているらしい。


 神々の間にも通貨のようなツールがあるのか、レートもあるのか。

 はたまた神通力のような力と交換しているのかは、不明である。

 だが、社会的・経済的な枠組みが神々の間にも構成されており、ビジネスが成り立つほどにはコンビニの需要があるようだ。


「僕達はそろそろ行かなきゃいけない。せっかくだから、名刺を渡しておこう」


 彼らは名刺を渡すと、煙のように消えた。

 フレンドリーだったが、やはり神。人ではない異常な存在だったのだろう。


 彼らが言うように、日本には多くのコンビニが点在する。

 7のつくコンビニや、ホットなステーションなコンビニや、あなたとコンビニなどなど。全国津々浦々にコンビニがある、コンビニ大国だ。


 日本に住んでいると当たり前過ぎて忘れがちになるが、品揃えの豊富さ、味、24時間営業を揃えたコンビニは、今やライフラインにもなっている。

 最近では日本のコンビニを楽しみにする海外観光者もいるらしく、地域性もあるコンビニはレジャーの一種にもなりつつあるらしい。

 そんなみんな大好きなコンビニに惹かれるのは、人間だけではないようだった。


 彼らが残した名刺にはこう記されている。


 トリスメギストス・トランスレーション&トランスポーテーション

 代表取締役社長 ヘルメース

 トリスメギストス・トランスレーション&トランスポーテーション

 代表取締役副社長 トート


 神々の世界でコンビニがオープンする日は近いかもしれない。

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