第145話 龍魔斬せし輝明の光刃
「ハァアアアアアアアアアアアアッ!!」
『GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
瞬く間に〈勇者〉と深紅の龍人は激しく魔力を発露させて肉薄する。一瞬の静寂、しかして直後に空気を揺るがす衝撃と瓦礫が吹き荒れた。そこで少女────フリージア・グレイフロストは動き出す。
「行くわよ、レビィア!!」
「は、はい!!」
今まで物陰に隠れて、何とかここまでの戦闘の余波から身を守っていた暗殺貴族の少女もそれに続く。
いつまでもその場に呆然としていれば〈勇者〉達の戦闘に巻き込まれ、邪魔になるからと言う理由もあったが、それ以上に彼女たちにはまだやるべきことがあった。託された思いがあった。
それは彼がその身を投げ捨てでも助けようとした、守ろうとした一人の少女の安否を確かめ、救出することだった。
「とりあえずこの瓦礫を全部掘り出すわよ!!」
「わ、分かりました!!」
見て分かる通り、”血”の姫君が囚われていた帝城、そして地下空間は瓦礫の下敷きになり一見すれば彼女が生きている可能性は絶望的であった。それでもフリージア達は最後の魔力と力を振り絞り、微かな魔力の残滓だけを頼りに瓦礫の除去を開始した。
一つ一つ瓦礫を退けるでは効率が悪すぎる。だからフリージアは巨大な角錐状の氷塊を作り出し、それに回転運動を加えて一気に地面を削っていく。氷塊と瓦礫の互いを削り合う轟音に眉を顰めながら一心不乱に魔力を注ぎ告げる。するとその轟音に紛れて聞き覚えのある声がした。
「フリージア嬢!」
「クロノス殿下!シュビア!よかった、無事だったんですね!!」
振り返るとそこにはクロノスとシュビアの姿が映った。庭園で〈五天剣〉の相手を任せてからずっと安否を確認できていなかったが、ここで二人の安全が確認できたのは朗報だ。
「俺達も手伝う!」
「地面を、掘ればいいんだよ……ね?」
「うん!お願い!!」
既にこの二人も先の〈影龍〉とクレイムの戦闘の行方は承知していた。そうして、遠くから聞こえる剣戟と、ここに〈勇者〉の姿が無いことで大体の事を察した。
人出が増えたことで────何よりも【重力魔法】のお陰で格段に瓦礫の除去が早くなり、瞬く間に地面が掘り返されていく。瓦礫が掘り返されるのに比例して、地底の奥深くから感じ取れていた微弱な魔力反応も強くなっている。
────まだ、間に合う!!
そう確信したフリージア達は全身全霊で地面を掘り進める。
そうしてその時は遂に────
・
・
・
「ハァアアアアアアアアアアアアッ!!」
『GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
既に帝城内はもぬけの殻────と言うか崩壊し瓦礫の山となっている。その影響であれほど美しい景観を作り上げていた庭園や城門までもが瓦礫の下敷きとなり、見るも無残な姿へと、城周辺を警戒していた帝国兵達の気配も感じられなかった。フリージア達も撤退して、”血”の姫君の捜索に行動を移していた。
詰まるところ、今この周辺一帯にいるのは〈勇者〉と深紅の龍人のみであり、何も気にせず、思う存分に、本能のままに暴れまわっても何ら問題ないと言うことだ。
「ウ、ラァアアアアアアアアアッ!!」
『GRUAAAAAAAAAAAAAAA!!』
天色の勇者の剣と右腕と一体化した龍殺剣が剣風を巻き起こして鋭い軌跡を描く。両者が狙う先は首のみ。敵を確実に仕留めるために磨き上げられた剣技、そして同じ思想を共有して鍛え上げられた剣技ゆえに両者の動きは酷く似通って見えた。
「『ッ────!!』」
激しい撃鉄音。甲高い、嫌に耳にこびり付く音に眉根を潜めながら自然と二つの刃は引き合わされたかの様にぶつかり合い、鍔迫り合いの形と相成る。しかしそこで戦闘が停滞することは無く。更に加速していく。
『GRUAA!!』
龍人が吠え、周囲に無数の血の鎖を展開させる。それは攻防一体の高性能な龍人の外部
「クッ────消耗しててまだそれだけの魔法が発動できるのか!?」
上空から降り落ちるように無数の血鎖が〈勇者〉の身を拘束しようと迫る。反射的に〈勇者〉は剣を退き距離を取り、光の刃を無数に展開させて血鎖へと同時討ちさせた。しかし、龍人の魔法の威力は〈勇者〉のそれよりも上を行っており、全ての鎖を打ち落とすことは叶わなかった。
「なんのこれしき────ッ!!」
それを更に〈勇者〉は光の障壁で以て阻み防ぐ。砕け散る鎖を目の端に捕らえつつも、彼は間髪入れずに反撃へと転じる。
『GRUUGAAA!!?』
高密度の光によって剣の刃を拡張した〈勇者〉の一撃は確かに龍人へと届き、その肩に深く突き刺さった。
────やっぱり、もう限界が近いんだッ!!
本来の龍人────いや、彼ならば確実に躱していただろう一振りに、やはり疲れの兆しを見た。そうしてその勢いのまま〈勇者〉は龍人へと肉薄する。
「ウォオオオオオオオオオッ!!!!」
再び光の刃を無数に展開させて、四方八方、縦横無尽に〈勇者〉は龍人のその堅牢な鱗で覆われた身体に傷を付けていく。それでも、眼前の龍人もやられているばかりでは終わらない。
『GRUAAAAAAAAAAAA!!!!』
龍殺剣を揮い、噴き出た血液を忽ち凶器をへと変貌させて〈勇者〉の白い肌を容赦なく切り裂いていく。
思考は白熱していき、傷が見る見るうちに増えていき、許容できないほどの深い傷まででき始める。常に攻撃と防御によって魔力は尋常ではない速さで体内から抜け出て、傷から溢れ出る出血量も無視できなくなってきた。
────辛い、痛い、苦しい、怠い、恐い……!!
戦闘が激化していくに吊れてヴァイスの意識は朧気になっていく。もはや自分がどうしてこんな辛く、苦しく、死が理不尽に襲い掛かる凶器の連続の最中に身を投じているのかも、その意義さえも忘れかける。
────頼んだぞ、ヴァイス。お前だけが頼りだ────
「ッ────まだだッ!!」
それでも脳裏に彼との約束を思い出して〈勇者〉は自身を奮い立たせ、気合を入れ直す。ここまで来てしまえば技術や力量は二の次であり、何よりも重要視されるのは不屈の心で、強い意志の力で目の前の強者へと立ち向かう勇気だけだった。
迫りくる龍殺剣を薄皮一枚で回避し、〈勇者〉は渾身の一撃を見舞おうとする。
「〈|極光の白────」
『ゥグァ、ガァアッ!!?』
しかし、それは不意に大量の血を口から吐き出し、苦悶の声を上げる龍人によって躊躇われた。
「レイくんッ!!」
無意識に、〈勇者〉はもがき苦しむ龍人を心配する。視線を巡らせれば、青天井に激化した戦闘の中で龍人の身体は遂に限界を超えて、身に過ぎた強大な力に耐え切れず崩壊が始まっていた。
言い表すのならば風前の灯火。眼前の龍人は身の熟しも魔法の精細さも皆無となり、まともに〈勇者〉の攻撃も捌けなくなっていた。それは戦場に於いて、棒立ちの案山子同然であり、圧倒的な好機であった。〈勇者〉にこの瞬間を逃す道理は微塵もない。
「クッ…………!!?」
けれども苦しむ龍人の姿を見て〈勇者〉の脳裏にはここまで苦楽を共にした親友の姿が過り、最後の最後で躊躇ってしまう。その手に握られた天色の剣の煌めきは鈍り、心が揺れ動き、精細さを欠く。
そんな不甲斐ない彼を叱責したのは他の誰でもない────
『迷、ウ……ナ────』
「一撃デ屠レッ!!」
それは何ら可笑しくはない。実に彼らしく、彼ならば絶対にそう言うであろう、彼に一番最初に教わったことでもあった。
「ッ……分かったッ────!!」
だから
溢れ出る魔力の奔流。それは勇者の末裔の秘奥であり、古ぶるしき時代からずっと守り抜いてきた秘技であり、眼前に立ちはだかる敵を、魔物を、龍を、魔を……全てを打ち払う穢れ無き聖なる光の刃。
「
迸る七色の光の粒子、高密度の光の刃は確かに龍人の堅牢な鱗を突き破り、胸に大きな穴を穿った。
『ァ……ガ────』
迸る鮮血。絶叫も上げられずに龍人は為す術が無くなる。
「────悪いな」
力なく龍人が地面に倒れ伏せる間際、〈勇者〉はハッキリと尊敬する師匠であり、大切な親友の消え入りそうな懺悔を聞き逃さなかった。
「レイくんッ!!」
そうして見事に〈魔の王〉を打倒して見せた〈勇者〉は即座に「勇者」からただの「平凡で弱虫な少年」に戻り、血濡れに倒れた友を抱きかかえる。
龍人────クレイム・ブラッドレイの息はまだあった。今まで龍鱗に覆われていたその身体も半分以上が剥がれ落ちて人の身体にさえ戻っている。しかし、それでも穿たれた胸の傷は致命傷であり、現実を覆さぬようにその穴からは際限なく血が流れ、死ぬのも時間の問題であった。
「直ぐに霊薬を────!!」
ヴァイスは今まで使わずにとっていた最高位の回復薬を惜しみなくクレイムの身体に────その大きく開いた胸に振りかけた。
「なっ……どうして!?」
しかし、霊薬を振りかけた途端にクレイムの身体はソレを拒むように体内から異常な熱を発して霊薬を蒸発させる。その光景を目の当たりにしてヴァイスの気が動転する。
クレイムの身体に未だ流れ続ける龍の血が、〈魔〉へと落ち、バケモノへと成り果てた彼の身体は聖なる力を拒み、受け付けない体質へと変貌していた。そんな真実を知らないヴァイスはただただ困惑し、狼狽し、そうして世界に懇願した。
「嫌だ!ダメだよ!こんなところで死んじゃ絶対にダメだ!せっかくアリスちゃんの不幸の原因を倒して、これから彼女と一緒に幸せにならなきゃいけない君が死ぬなんて絶対にダメなんだ!例え世界が許しても、俺が、この〈勇者〉ヴァイス・ブライトネスが絶対に許さない!だからお願いだよ!死なないでよ!まだ生きてよッ!!」
泣き喚き、泣き叫び、悲痛な少年の声が殺風景な戦場に響き渡る。
傷を塞ぎ、回復させる手段は────無い。ヴァイスはこのまま親友の死にゆく姿を黙ってみていることしかできない。そんな無力な自分に辟易として、腹が立ってくる。どうして自分じゃないのかと、彼がこんな辛い目に遭わなければならなのかと、世界を僻み、恨み、呪う。
けれども現実は塗り替わることなく、残酷に事実だけを突き付けてくる。もう言葉も紡げず、血を垂れ流して身体の端々から罅割れた様に崩壊していくその光景をやはり、彼は見ていることしかできない。
「う、ぁああ……あああああああああああああああああああああッ!!?」
悔しさに、力及ばぬ不甲斐なさに涙を流しどうすることもできないヴァイスが遂に罪悪感から気が狂い始めたその瞬間であった。
「大丈夫!?レイ!ヴァイス!」
背後から聞き覚えのある声がして、ヴァイスは反射的に視線を縋るようにそちらへ向けた。
視界に映り込んだのはここまで一緒に戦ってきた彼らの仲間であり、その中にはこの大戦の最大の目的、クレイム・ブラッドレイがこの世で一番と言っていいほど大事にしていた少女────アリス・ブラッドレイの姿もあった。
「みん、な────」
彼が命を懸けて助けようとして少女の安否が無事だったことにヴァイスは一瞬だけ喜び、正気を取り戻すが状況は依然として最悪な事には変わりなかった。
「そん、な────」
ヴァイスが抱きかかえたクレイムの姿に駆け寄ったフリージア達は息を呑み、絶望する。だが、彼の妹だけは至って冷静でその瞳は微塵も諦念の色を宿してはいなかった。
「安心してください。お兄様は私が絶対に助けます」
そう言って真赤な決意の光を宿した緋色の瞳の少女はこの六年半、内に秘め続けていた力の塊を露にさせる。。
次の更新予定
調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜 EAT @syokujikun
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます